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「FATE/IN THE DARK FOREST」
(第0部)[1/2]

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 去年の秋口に投稿した作品の再投稿です。
 オリキャラ有りの再構成。原作キャラのオリキャラ化、半オリキャラ化もあります。温かい目で見守っていただける寛大で暇な方向けです。
 ではどうぞ。


 満月を映し出した大河。
 身体は失っても、魂はそこに。
 夢は破れ。
 希望は砕け散っても。
 私は、ただ貴方と共にありましょう。
 二人は世界に嫌われて。
 あらゆる悪意をさ迷い歩く。
 そして、いつの日か、同じ虹の辺へ。
 そこで、共に笑いあいましょう。
 遠い記憶の貴方。
 私の愛しい貴方。

 epilogue2 老人の日記

 3月10日

 時計の針だけでは正確な時間が分からなくなって、何年の月日が流れたのだろうか。
 おそらく今は午後の七時のはずだ。開け放たれた窓から香る、庭の草木の匂いがそれを教えてくれる。
 視界が彩度と明度を極端に失ってから、午前と午後の判別が難しくなることが多くなった。
 しかし、それも今日で終わりだろう。
 おそらく、私は明日死ぬ。
 長年連れ添ってきた妻もこの時期に死んだ。
 彼女の妹と同じ名前の花が咲く時期、その直前に彼女は息を引き取った。眠るような、本当に穏やかな最期だった。
 先に逝った人と同じ季節に死ぬのは真に想い合っていた証拠。そんな馬鹿な話を聞いたことがある。
 その話を聞いたとき、妻は鼻で笑った。
 しかし、私はその話を聞いておいて良かったと思う。なぜなら、その話のおかげで、ほんの少しだけうきうきする気分で死出の旅路につけるのだ。それ以上の幸福など、そうはあるまい。

 今、私は本当に安らかだ。
 魔術師、いや、魔術使いになってから多くのものを得て同じ量の何かを失ったが、魂の不滅を知ったことと、自分の死期を正確に計ることができたことは、己が獲得した数少ない特権だと思う。おかげで、静かな気持ちで死と向かい合うことが出来た。
 思えば長い人生だった。
 魔術などという、たった一つの命をチップにしてわずかばかりの自己満足を得る、そんな世界に身を置いてこれだけの時間を生きることが出来たのは僥倖以外の何物でもないだろう。事実、数多くの知人が若くしてこの世を去った。死徒との戦いで、実験の失敗で、協会による制裁で。数え上げればキリがあるまい。
 そう考えてみると、私の人生は少々長すぎたのかもしれない。
 死徒になったわけでもないし、他者の魂を啜るような外道もしなかったが、それでも通常の人間よりもかなり長い時間を生きた。風の噂によると、高校時代の友人の曾孫が新たに住職として寺を継いだらしい。
 私は妻との間に子を成すことが出来た。そして、子供達はたくさんの孫の顔を私に見せてくれた。
 可笑しかったのは、その全てが何らかの形で人助けに関わる道を選んだことだ。医師になった子供、警官になった子供、難民救援ボランティアの設立に尽力した子供もいた。そんなところは衛宮の姓の為せる業かと思ってしまう。
 しかし、私の子供達は、一人として魔術師の道を選ばなかった。だから、妻が受け継いだ刻印は、妻の妹の子供達に受け継がれている。

 色々なことがあった。
 辛いことも、死にそうな目にあったこともたくさんあった。
 しかし、幸せだった。そう断言できる。
 一生を賭けて愛するに足る女性を娶り、自分と妻に忠誠を誓ってくれた最高の友人を得て、暖かい、本当に暖かい人生を送ることが出来た。もし叶うなら、もう一度同じ人生を送りたい、そう思う。
 だから、胸を張って言える。
 私は、私を救ってくれた数多くの人達に恥じない一生を送ったと。
 
 今日、これが最後ということで、今まで書き溜めた日記に目を通してみた。
 驚くのは、最近になってあの二週間に関する記述が富みに増えていることだ。
 聖杯戦争。
 本当の意味で妻と出会う切欠となり、たくさんのものを失った戦い。
 既に私の中で記録と成り果てた、遠い遠い過去の話。
 あの二週間が無ければ私の人生は全く違ったものになっていただろう。
 間違いなく私の人生の中で最も灼熱とした時間だった。
 生と死の狭間でありながら、どこかに愛すべき日常の空気を纏った日々。
 思い返せば、自分の精神の青さに歯噛みし、自分の覚悟の甘さに辟易とし、自分の理想の熱さに羨望してしまう。
 もっと他にやりようがあったのではないか。
 自分以外の誰かなら、遥かに上手く戦いを収めることができたのではないか。
 あまりの悔しさに枕を噛んだ事など一度や二度ではない。
 しかし、今はあれでよかったのだと思えている。
 もちろん、全てが最善の結果を得たわけではない。考えようによっては最悪を極めた結末を選んでしまったのかもしれない。
 だが、私にとってあれが精一杯だった。少なくとも、あの当時において取りうる最善の行動をしたはずだ。それなのに自分を責めるのは、自分を含めて、あの儀式に関わった全ての人たちを侮辱しているのではないか、最近はそう思うようになってきたのだ。

 そして、彼女のことを考えることが多くなった。
 今際の際に妻以外の女性のことを考えるのはあまりに不謹慎かもしれない。
 それでも、今、私の頭を支配するのは彼女のことだ。
 小さかった彼女。
 いつも笑っていた彼女。
 今も、死に続けている彼女。
 私はついに彼女が帰ってくるまで待つことが出来なかった。その事だけが、本当に悔やまれる。
 もし彼女が帰ってきても、彼女は一人ぼっちだ。それが哀れで仕方ない。

 ああ、ついに自分の持つペンの先が見えなくなってきた。鷹の目と言われた視力も老いさらばえたものだ。
 きっと誰かがこの日記を見つけたとしても、この字を解読することなど不可能だろう。何せ、書いた本人ですら何と書いてあるか分からないのだから。
 だから、最後に私の願いを書き綴ろうと思う。
 これは、誰に当てたものでもない。書いた当人ですら読めないのだ。
 いうなれば、これは神に対して当てた嘆願書だ。

 切に願う。
 どうか彼女に与えてやって欲しい。

 あの細い肩では。
 あの小さな背中では。
 絶対に背負いきれないほど。
 大きな、大きな幸せを。

 彼女が背負ってきた苦しみを。
 覆い尽くすほど広大な安らぎを。

 どうか、どうか。


 prologue  開戦。

 時は深夜。
 場所は地下。
 一連の戦いに始点というものを求めるとするならば、それはこの時、この場所に他ならない。
 古びた洋館。人はおろか、動物すら近寄らない、いや、近寄らせない魔境。
 地上ですらそうなのだ。その地下には微細な生命の気配すら無い。あるのは、静寂と、ただただ清廉な空気。
 魔術は秘するもの。
 その大原則に従うならば、これほど相応しい状況は他に無いだろう。
 閉ざされた空間に少女の声が響く。
 虚ろな声。
 自己の奥底を覗き込むかのようなその声は、彼女が魔術師である何よりの証明だろう。
 彼女が紡ぐのは、唯の文節ではない。
 その一言一言が言霊。一言一句にすら濃密な魔力の込められたそれは、呪文と呼ばれる。
「――――告げる。
 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
 彼女はきっと絶対だった。
 今の彼女は完璧だ。
 為し得ぬことなど、ある筈も無い。
 だから、二つの声が重なったのは、きっと気のせい。
 もしくは、気のいい糞ったれな神様のせい。
「誓いを此処に。
 我は常世総ての善と成る者、
 我は常世総ての悪を敷く者。
 汝三大の言霊を纏う七天、
 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
「姉さん、まだ一時―――!」
 だから、これは違う世界。
 存在の意味すらない、そんな世界の出来事。

 無人の学び舎。その一番空に近い場所。
 硯をひっくり返したみたいに重たい夜空。
 星々ですら、自らの存在を悟られぬように息を潜めているようだ。
 何に悟られてはいけないのか。
 決まっている、この地に息づく不安な何かだ。
「……まいったな。これ、わたしの手には負えない」
 少女が、コンクリートに刻まれた呪刻を睨み付けながら呟く。
 彼女は魔術師だ。故に、今ここにある危難が色と形を持って理解できてしまう。
 息づくように慟哭する赤紫の刻印。
 屋上の壁に刻まれたその毒々しい色は、自らの危険度を他者に知らせる警戒色だ。
 ―――近づくな。近づけば喰らうぞ。喰ろうてしまうぞ。
 身体の溶解。精神及び魂の吸収。この上ないくらいの、死。
 これが発動すれば、この学校は消滅する。たとい学び舎が無傷で存在したとしても、それを使う人間がいなくなれば、それは学校というコミュニティの消滅といって差し支えないだろう。
「アーチャー。キャスター。貴方達ってそういうモノ?」
 その声には隠し切れない侮蔑の響きがあった。
 しかし、それは彼女達の従者に向けられたものではない。
 この戦争の本質を理解しきれていなかった、己の浅薄な覚悟に向けられたものだ。
「そうね。私達の動力源は魔力。なら、それを補給するためには、第一要素を喰らうよりは第二、第三のほうが効率がいい。
 幸い私達は優れた霊脈を支配するマスターに巡り合えたからそこらへんの心配は無いけど、はずれくじを引いたサーヴァントにとって、これはなかなか優れた戦略ね」
 少女の従者ではない、しかし彼女の頼るべき戦友は、自らに関わりの無い命に対して酷く不感症だった。
「それ、癇に触るわ。二度と口にしないでキャスター」
 キャスターと呼ばれた貝紫の人影は、厚いフードの下で微笑んだ。あまりに人を知りすぎた彼女にとって、少女の苛烈なまでの率直さはむしろ好ましかったのだろう。同じように、アーチャーと呼ばれた赤い外套の人影も微笑んだ。その笑みには、キャスターの笑みには含まれない、どこか異質で、どこか切ない何かが存在した。
「同感だ。私も真似をするつもりはない」
「そうね、桜のもとにいる限り、そんな手間のかかることする必要が無いもの」
 二体のサーヴァントは、二人のマスターに向けてそう言った。
 若干の優越と隠し切れない誇りに満ちたそれらの声は、マスターへの信頼とそれ以上の何かを表すのに十分だった。
 少女は、いや、少女達はお互いを見合って頷いた。自らの引いたカードが、最優ではなくとも最良ではあったことを確信するかのように。
「姉さん、とりあえず」
 艶やかな黒髪をストレートに伸ばした少女は、もう一人の、髪をツーテールに纏めた少女に対して呟いた。
 なるほど、二人は姉妹なのだろう。カラスの羽のように深い髪の色も、生粋の日本人ではありえない瞳の色も同じだ。
「そうね、とりあえずこの見苦しい魔力を消し飛ばしましょう。嫌がらせにすぎないけどね。
 ああ、でも、嫌がらせってどうしてこんなにうきうきするのかしら」
 口の端をいっそ獰猛に持ち上げた少女は、自らの魔術刻印に魔力を通す。
 それは肉体に刻まれた魔術書。
 彼女達の、遠坂という魔道の探求に血道を捧げる一族の、悲願の結晶。
 そして、この姉妹を当主と眷属に隔てる大きな壁。
「Abzug Bedienung Mittelstnda」
 コンクリートの地面に触れた左手からは、十人並みの魔術師では考えられないほどの魔力が放たれている。
 やがて、呪刻は色を無くした。それは呪刻が一時の眠りについたことの証であり、再び目覚めんとする兆しでもある。
 『さ、じゃあ次を探しましょう』
 姉と呼ばれた少女がそう言おうとした時、彼女達の頭上から声が響いた。
「なんだよ。消しちまうのか、もったいねえ」
 その声を、なんと例えればいいだろうか。
 猛獣の唸り声。違う。
 では、気さくな友人の声か。とんでもない。
 この国の人間なら万人が知る童謡がある。暗い森の中で、少女が熊と出会う。熊はいかにも親しげに少女に話しかける。長年の友人のように。
 しかし、その口は少女の頭蓋を一噛みで砕くことの出来る凶器であり、その爪は少女の皮膚を剥ぎ、肉を骨からこそげとるのに最適だ。
 圧倒的な強者から、その間合いに入った獲物に投げかけられる無邪気な声。優越と嗜虐に満ちた声。
 彼の声は、そんな音色だった。

 給水塔の上に立つ、青身の人影。
 陽炎のように匂いたつ、濃厚な魔力。
 人の形をしたそれは、しかし人ではありえない。
「これ、貴方の仕業?」
 私の問いに、人影は嗤った。
「いいや。小細工を弄するのは魔術師の役割だ。オレ達はただ命じられたまま戦うのみ。だろう?」
 視線そのもので殺すかのように、彼は私達のサーヴァントを睨んだ。
 なるほど、こいつにはアーチャー、キャスターが見えている。
 つまり、
「はじめまして、あなた、何のクラスかは知らないけど、サーヴァントね」
「そうとも。で、それが判るお嬢ちゃんは、オレの敵ってコトでいいのかな?」
 刺すような殺気。
 全身の毛穴が開くような錯覚。
 ジワリと滲んだ冷や汗。
 しかし、ここは脅えるところじゃあない。
 にやり、と不敵な笑みを一つ。
 私に喧嘩を売るなんて、ナイス度胸。
 たっぷり後悔させてあげる。
「へえ、そっちのマスターはどちらも美人さんだねえ。こりゃあ殺すのが惜しいわ」
「そう?じゃあ今からでも私達のサーヴァントにならない?まだ席は空いてるわよ」
 くくっと、心底愉快そうに彼は笑う。
「ああ、こりゃあホントにいい女だ。
 まあ、嬉しい誘いではあるんだが遠慮しとく。
 糞みてえな奴だが、一応はマスターなんでな、そう簡単に裏切るわけにゃあいかねえし、何より」
 いつの間にか彼の手には短めの槍が握られていた。
 歩兵の持つ長大な、しかし貧弱なそれではない。
 長さは約2メートル程か。
 集団戦ではなく、個対個に適応した形状。
 これほどわかりやすいクラスも他にはありえない。
 ランサー。
 三騎士の一角。
 間違いなく、強敵。
「そこの奴らと戦えなくなっちまう」
 ふ、っとランサーの姿が掻き消えた。
 不味い。
 考えるよりも早く、横っ飛びに身をかわす。
 直後に聞こえた破壊音。引き裂かれた金属の断末魔。
 まるで障子に張られた和紙のように儚く切り裂かれたフェンス。そこは、さっきまで私が立っていた場所だ。
 全身のバネを使って跳ね起きる。
 ランサーは、既に油断無く槍を構えていた。
「いきなりマスター狙い?結構姑息ね、あんた」
「なに、ただの挨拶だ。気にするほどのことじゃあるまい?」
「多対一。卑怯とは言わせません」
 三騎士の対魔力。切り札を使うなら別段、私や桜の魔術では傷一つ付ける事は適うまい。
 だから、これは実質二対一。
 ゆらりと構えたアーチャー、キャスター。
 彼らの殺気を受けて、槍の英霊はなお哂った。
「心地いいな。さあ、始めようか」
 槍を下段に構えたランサーには一分の隙もありはしない。
 そんな難敵を見ながら、キャスターは涼しげに微笑んだ。
「そうね、でもここは相応しくないわ」
 彼女が何事かを呟くと、この身を大地に縛り付けていた重力が消失した。
 気付けば、私たちは屋上を眼下に、空を舞っていた。
 頼るべき地面を失った言葉では表せない喪失感と、それ以上の高揚感。
 神代の魔術師は伊達ではない、そう実感した。
「逃げるか、卑怯者!」
 獅子の咆哮のような声が聞こえる。魔術を嗜み、これ以上ないくらい心強い従者を引き連れた私ですら心が折れそうになる、そんな声。
 しかし、紫の魔術師と赤の弓兵の表情には露一つほどの綻びもない。
「悔しければ追ってきなさい。戦いを望んだのはあなた。それくらいの労力は惜しむものではなくてよ」
「言ったな、魔術師風情が」
 キャスターの挑発に、憎憎しげに答えたランサー。しかしその瞳は先に待つ闘争への期待に濡れていた。
「さて、桜。あそこなら私たちが少々暴れても問題はないわね?」
 キャスターが己の主に話しかける。その細い指が指し示していたのは学校のグラウンド。
 なるほど、広大に開けたフィールドは遠距離攻撃主体の二人にはもってこいだ。
「はい、あそこならかまいません」
 妹もその意図は察しているのだろう。一拍の躊躇もなく頷く。
「決まりね、口を閉じていなさい、舌を噛むわよ」
 その瞬間、視界が暗転した。
 身体に感じる強烈な横向きの重力。自分の空間座標を見失ってしまう。
 足が地面に付いたことで、やっと自分が直立していることに気付く。
 そこは見慣れたグラウンドだった。いつもと違うのは二点。人っ子一人の気配もないこと。頭の芯が痺れるほど濃密な魔力が渦巻いていること。
「―――」
 キャスターの呟きは私ですら聞き取ることが出来なかった。
 高速神言。
 神代の失われた技法にして、今代では彼女にのみ許されたスキル。
 しかし、その効果は明白だ。
 私と桜の周囲に出来た薄い膜。常人が見れば巨大なシャボン玉にしか見えないだろうそれには、信じられない程の魔力が込められている。
「『盾』の概念。古代の城壁並には堅牢よ。あなたたちはそこで待ってなさい」
 余裕すら感じられる口調で魔術師はそう言った。
「そうだな、下手に隠れたりするよりは安全だろう。君達はそこで従者の勝利を眺めていればいい」
 如何なる技法か、虚空から二振りの短剣を生み出した弓兵が笑う。
 なるほど、私如きの出る幕はないということか。
「ええ、ここであいつを倒します。アーチャー、あなたの実力を見せて頂戴」
「キャスター、死なないで」
 異なる台詞は、私達姉妹の差異を端的に示しているといっていいだろう。
 しかし、それでも意図することは同じはずだ。
 勝ってくれ。
 死なないでくれ。
 私たちに聖杯を。
 幾種類もの自己中心的な想いが渦巻く。
 そこには敵を思いやる心情など微塵もない。
 きっと、この想いこそがこの戦いを『戦争』足らしめる何よりの原因だ。古今東西を問わず、この想いこそがどんな悪意よりも多くの命を奪ってきた。
 でも、それでいい。
 この想いの強さこそが、私達魔術師の誇りだ。
 さあ、殺して、アーチャー、キャスター。
 勝って戦果を分かち合いましょう。勝利の美酒を乾かしましょう。
 でも、罪と、罰は分けてあげない。
 罪は、罰は私だけに許された特権だから。

 真紅の槍と、陰陽の剣がぶつかり合う。
 その剣戟音は、音であって音でなかった。
 音と呼べるほど単発のものではない。
 音というよりは音楽。それほどまでに間断無く、また美しい。
 しかし、その呼称にもまた違和感がある。音楽と呼ぶほど優雅ではなく、またひ弱でもない。
 例えるならば、滝壷のほとりだろうか。
 轟々と響く大質量の水音は、いつの間にか耳に同化し、耳はいつしかその音を当然のものとして享受し始める。
 それほどまでに自然。どこまでも勇壮。
 周囲を満たす金属音は、どこかそんな雰囲気があった。
 少女達は、自分の置かれた危難を忘れてその音に聞き入っていた。

「楽しいなあ、おい」
 槍兵の歓喜の声に、しかし弓兵は答えない。
 戦場においては本来ありえない軽口、そんな言葉を口にしながら、彼の槍は敵にとっての悪夢を具現化し続けている。
 戦いにおいて、射程距離やリーチといったものは限りなく重要なファクターである。たった数センチの差が勝負に明暗をつける、それも珍しいことではない。
 それを考えれば、槍兵と弓兵のリーチの差は絶望的といって差し支えない。
 弓兵が持つのは刃渡り50センチほどの短刀が二振り。
 対して、かの槍兵が持つのは、短めとはいえ、それでも2メートルには届かんとする長大な凶器。
 1メートルと50センチ。
 人一人の身長にも満たないであろうその距離はしかし、余程の実力差が無い限り勝負の趨勢を定める絶対的なアドバンテージとなる。
 ならば、実力差が無いなら。あるいは、槍を持つものが格上ならば。圧倒的な不利を背負った者はどうすればいいのか。
 決まっている。足りないものは補うしかない。刃が届かないなら、その分前進するしかないのだ。
 特攻。自らの命を危険に晒して、それでも相手の懐に飛び込む。愚行には違いない。だが、それ以外の選択肢はありえない。さもなくば、尻尾を巻いて逃げ出すかだろう。
 しかし、槍兵の突きの冴えはそんな愚行すらも許さない。
 本来、突きは最小限の動きで点を破壊するもの。故に速く、故に見切り辛い。
 彼の突きもそれと同様なのだろうか。
 違う。
 最小限の動き。それは違いない。どんな槍の名人よりも予備動作の少ないその動きは、単純な速さだけでなく、動きの先読みを妨げる上手さを兼ね備えている。

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