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「第二話」
(第1部)[1/1]

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 この世界が『とらいあんぐるハート3』の世界じゃないか、という疑惑を持って、つまり、入学式から一週間が過ぎた。この辺りになってくると、小学生といえども大小入り混じりながらもコミュニティーというものが出来てくる。つまり、いつも一緒に遊ぶメンバーだったり、いつも一緒に登下校するメンバーである。中学生とかにでもなれば、同じ部活の面々だったりするのだろうが、この身は小学生。必然的に家が近所だったりするメンバーが多い。しかも、まだ低学年のせいか、男女入り混じっているパターンが多々である。

 そんな中で僕は変則的にいくつかのコミュニティーに所属している。どこにでも所属しているが、どこにも所属していないというべきか。なぜ、そんなに変則的かというと、簡単に言えば話が合わないのだ。
 この身は小学生なれど、頭脳は大人。小学生相手に昨日の株価が〜、などと話をしてもまったく理解されないわけだ。彼らに通じる話といえば、カードゲームだったり、戦隊物の特撮だったり、アニメだったり、と僕にはあまり肌の合わない内容だったりすることが多々だ。まあ、クラスの中でまったく交流がないというのも日本人の気質からか、不安になるため、彼らに話を合わせるために嗜みながら交流しているわけだ。
 割と所属する時間が多いのは、サッカーや野球など人数がいるスポーツが好きなメンバーが所属するところだろう。後は、まあ、保育園時代にガキ大将のようなものをやっていたときの癖なのか、クラス内の状況を探るために色々なコミュニティーに顔を出すようにはしている。

 その過程で、何人か内気な性格の人間が初見の相手に何も言えずに孤立してしまうなんて事態が発生しかけていたので、気が合いそうなコミュニティーに無理矢理つっこんでやったりもした。大きなお世話かもしれないが、ここで孤立してしまうと辛い小学校時代を過ごしてしまうかもしれない、ということを考えるとやはり世話を焼きたくなるものである。なにより、孤立で弱いというは、最悪の場合、いじめを呼んでしまう場合があるのでやっかいだ。特に僕が世話を焼いた人間は、強くて孤立しているわけではなく、話しかけられなくて孤立しているという消極的な孤立だったわけだから、その可能性が高いと論じざるを得ない。何とかできないなら、放っておくしかないが、僕は割と顔が広いため何とか出来た。

 そして、一週間も経てば、大体、コミュニティーというのも安定してくる。僕が世話を焼いたため、コミュニティーに取り残されたという人間はいないように思える。ただし、二人の例外を除いて。

 一人は、月村すずかという女の子。しかしながら、彼女の場合は、消極的な孤立というわけではなく、望んでそうなったという感じだ。いつも小学一年生が読むとは思えない本を広げていることから考えるに、精神年齢がここのクラスメイトよりも高いのだろう。だからといって、バカにしているわけではなく、他の女の子に話しかければきちんと返答することから考えても孤立しているとは言いがたいのだが。まあ、言えば、一人が好きという人間なのだろう。これで、人の目に怯えているとかだったら、考えるが、どう見ても彼女はそんなタイプには見えないので僕としては心配はしていない。

 そして、もう一人が問題だった。

 もう一人の名前は、アリサ・バニングス。そう、僕がプレイしたゲームの中では、陵辱劇の被害者である。彼女の場合は、月村さんとはまた異なった背景を持って、孤立している。そう、月村さんのように孤立しているなら何も心配はしていないのだが。この世界に気づいた次の日、僕は彼女が心配になって同じ保育園だった女の子たちにバニングスさんを誘うように頼んだのだが、それは失敗した。バニングスさんは、どうやら僕や月村さんと同じく小学校一年生を相手にするには精神年齢が高いようだ。保育園仲間によると『バニングスさんは面白くない』だそうだ。しかし、クラスメイトは彼女たちだけではない。バニングスさんも月村さんのようにどこかで距離を保つか、気の合うコミュニティーを見つけるさ、と楽観視していた。

 しかし、その思いはあっさりと崩されてしまった。彼女はどうやら向こう気が強いようだ。入学式三日目にして女の子のコミュニティーの中でも最大規模のコミュニティーのリーダー格とやりあってしまったそうな。喧嘩というには可愛らしいものであるが、最大コミュのリーダーが彼女を嫌ってしまったという事実は実に痛い。僕は生前も男だったからよくわからないが、どうやら女の世界とは酷く醜いものらしい。特に学校などの閉鎖された空間の中では。僅か小学校一年生にしてその欠片を見ることになろうとは………。それだけでも痛手なのに、彼女の容姿もまた問題を引き起こしていた。つまり、子供特有の排他的思考である。彼女の流れるような金髪と日本人というには白すぎる肌から判断したのだろう。

 ―――自分たちはどこか違うと。

 子供は、素直であるが故に残酷である。どこか違うと判断されたバニングスさんは、皆から敬遠されていた。もしも、彼女の向こう気が強いだけならば、どこかの男の子が多いコミュニティーに入ることも可能だっただろうに。事実、そんな女の子は少ないながらもいる。

 しかし、参ったな。

 僕は一週間経ってからの現状にこっそりとため息をはいた。あれから思い出してきたのだが、彼女が襲われた理由はバニングスさんが一人だったからだ。常に一人。高すぎる精神年齢とその金髪という自分たちは違うという排他的心理により彼女は常に一人だった。だからこそ、狙われた。狙われたしまった。

 それを思い出したのは、つい昨日のこと。事態は既に最悪の事態まできていた。ここで、僕が仲介したとしても彼女がおとなしく従うとは到底思えず、逆もまた然りである。つまり、バニングスさんに限って言えばお手上げということである。しかし、このまま彼女が孤立していくのを見ているだけというのは実に拙い。彼女を取り巻く空気は今のところ、平穏になっているが、彼女の向こう気と徐々に上がっていく年齢を鑑みると実に危険だ。一触即発の空気になるのも近いはずだ。そうなれば、待っているのは、数の暴力という名の現実。ここが私立なだけに退学という事実がありうる事実を考えれば、公立よりも可能性は低いとは思うが………いやいや、そんなことを考慮しないが子供であり、それが一番恐ろしいところである。

 さて、このまま放っておくのはかなり拙い。最悪と言っていい事態だ。しかしながら、介入という手段は封じられた。ならば、その条件下で導かれる解はたった一つしかなかった。

 僕自身が近づいて彼女とコミュニティーを作ることである。
 いくら精神年齢が高くても二十歳までの精神年齢を持つ僕には適わないだろう。彼女の向こう気も僕なら受け流せる。ただ、一点気になるところがあるとすれば、せいぜい性差ぐらいだ。今はいい、だが、これが高学年になるまで続くと、今度は僕とコミュニティーを組んでいること自体が標的になり始める。しかしながら、ゲームとほぼ同じ状況下になりつつある現状ではこれがベターであると考えられる。

 もし、僕が僕だけのことを考えて、ほかを簡単に切り捨てられる人間であれば、アリサ・バニングスとすれ違うだけの人間であれば、彼女のことなど放っておいただろう。彼女がゲームの中で起きた出来事に巻き込まれたとして新聞の片隅に載ったとしても、その記事を読んだ一瞬だけ同情を覚え、一日もすれば忘れてしまえただろう。だが、出会ってしまった。クラスメイトになってしまった。交差してしまった。陳腐な言葉でこの出来事を飾るとすれば、『運命』とでも飾ればいいのだろうか?

 さすがに、なるかもしれない、と知っておきながら放っておくのは良心が咎める。もしも、まあ、大丈夫だろう、で放っておいて、ある日突然ゲームの内容のようなニュースが知らせられれば、きっと罪悪感で一杯になるだろう。後悔するだろう。

 だから、今からの行動はアリサ・バニングスがあの悲劇にあわないようにするためではない。彼女を救おうだなんて大それたことを考えてのことではない。ただ自分が後悔したくないから、胸を押しつぶされるような罪悪感を感じたくないからという自己満足であり、偽善である。

 行動するなら善は急げである。早速、今日の昼休みにでも声をかけてみることにしよう。



  ◇  ◇  ◇



 さて、バニングスさんは何所に行ったのだろうか。

 昼休み、弁当を食べ終わった僕は、バニングスさんを探して、校舎内をうろついていた。本当は始まってすぐに話しかければよかったのだが、その前に元保育園組みの女の子二人に捕まってしまったのだ。

 なにやら、自分でお弁当を作ってきたから味見をしてくれ、とのことらしい。もっとも、作ったのは数あるおかずの中で卵焼きだけだったが。しかも、ところどころ失敗したのか、黒く、砂糖の分量が多かったせいか、砂糖が塊となって残っており、食べれるといえば食べれるが、判定としては『もっと頑張りましょう』だ。もちろん、僕は素直にそんなことは言わなかったが。代わりにもう一人の同じ保育園仲間の連れが、素直に「まずい」と口を出して、作ってきた張本人を半泣きにさせ、もう一人から拳を貰っていた。

 そんなこんなで食べ終わってみれば、昼休みの残り時間は三十分程度。今日のところは、弁当をきっかけに話す機会を作れればいいか、という程度の考えだったので、とりあえず、見つけて適当に話をしよう、とバニングスさんを探していた。

 しかし、あれだけ目立つ容姿をしておきながら、中々見つからない。一体どこにいるのだろう? と思っていたら、あまり人気のない中庭に彼女は―――いや、彼女たちはいた。

 彼女たち、と複数形なのはそこにいたのはバニングスさんだけではなかったからだ。もう一人、追加でいたのは、もう一人の孤高の人である月村さんだった。
 これで、彼女たちがニコニコと穏やかに話しているなら、僕の出番はないな、と立ち去るのみであるが、困ったことにそんな雰囲気ではない。むしろベクトル的には真逆といっていいだろう。剣呑な雰囲気だ。
 具体的な状況としては、バニングスさんが、月村さんの髪の毛を引っ張っている、というどうしてこうなったのか、僕にはまったく理解できない状況だった。良心的な意味で、この状況をこのまま見過ごすことは出来ない。

 僕は、走って現場へと直行した。幸いなことに僕が彼女たちを見たところから現場までは、中庭を突っ切ればすぐに着く距離だ。もしも、規則を守って回り道していたらかなり遠くなるが。もちろん、この状況にそんな規則を守るなんて悠長なことをしている暇はなく、僕は、中庭を突っ切って走りながら彼女たちに近づいた。

 近づいてみて分かったが、状況は遠めで見ているよりも悪いことが分かる。髪の毛を引っ張られていたいのだろう。月村さんは半分涙目になりながら、頭の上のカチューシャを押さえている。一方のバニングスさんは、髪の毛を引っ張りながら、月村さんが逃げられないようにして、執拗に真っ白なカチューシャを取ろうと、いや、奪おうとしている。

「貸しなさいよっ!」
「嫌っ!」

 バニングスさんと月村さんの声からも僕の考えが正解であることは明白だ。

 何が原因でこの状況が始まったか、直感的に理解したが、今はそんなことはどうでもいい。とりあえず、バニングスさんをとめないと。

 髪の毛というのは、筋肉と違って鍛えられず、また、頭皮に直接埋まっているため引っ張られると非常に痛い。どれだけ屈強な男であっても髪の毛を引っ張られて怯まないという人はいないぐらいだ。それは、子供の力であっても同様で。今、月村さんは相当痛いに違いない。

 幸いにしてバニングスさんは白いカチューシャを奪うことに夢中で僕には気づかなかったようだ。月村さんをその痛みから解放するために僕は、月村さんの髪の毛を引っ張っている方のバニングスさんの手首を掴んで、強く握った。
 いたっ! という痛みを訴える声とともに月村さんの髪の毛は解放される。人は手首に何かしらの衝撃が走った際に反射的に手を広げてしまうものなのだ。カチューシャを追っていたほうの手は間髪なく動き回るので捕らえようと思っても不可能だったが、髪の毛を掴んでいるほうの手は、さほど動いていなかったので捕まえるのは非常に楽だった。掴んだ手首は細く、子供特有というか、女の子特有というか、その両方の特性とも言うべく、暖かく、柔らかかった。

 半ば名残惜しいと思いながらも僕は、その手首を離し、髪の毛を離したときに開いた月村さんとバニングスさんの間に滑り込むように身体を割り込ませた。そして、急に髪の毛を離されたことで思わずかがみこみ頭を押さえている月村さんに話しかける。

「月村さん、大丈夫?」

 返事はなかったが、コクリ、と頷いているような動作を見せてくれたことから考えてもおそらく大丈夫だろう。
 だが、問題は背後にいるバニングスさんだ。

「ちょっと! あんたっ!! なにするのよっ!」

 背後から鋭い声。僕は、月村さんの様子を見るためにかがんだ姿勢から、両膝を伸ばして立ち上がり、振り返って僕とあまり伸張の変わらない女の子―――バニングスさんを見た。

 彼女の目は雄弁に怒っています、と語っており、僕に向ける敵愾心で燃えていた。

「なにするのよ、というのは僕のほうだと思うけど。どうして月村さんの髪の毛を引っ張ってたの?」
「あたしがそのカチューシャ見せて、って言ったら嫌だって言ったからよっ!」

 なんとも予想通りな展開なんだろう。ここで、カチューシャぐらい見せてやれよ、というのは完全な部外者。だったら、諦めろよというのは、子供心を分かっていない。

 子供にだって譲れないものがある。それが、月村さんにとってはカチューシャだったというだけだろう。そして、子供というのは往々にしてダメといわれるとどうしても欲しくなるものである。別にどうでもいいものでも、後から捨てるということが分かっているものであっても。その刹那に欲しいと思ったものは、どうしても欲しくなるのだ。それが、他人が持っているものであれば、尚のこと。特にバニングスさんのように向こう気が強い少女であればさらにドンである。

 おそらく、バニングスさんは今まで手に入らなかったものはないのではないだろうか。だからこそ、欲しいと思ったものは何が何でも欲しくなる。たとえ、他人のものであっても。

 やれやれ、そういう躾は、是非とも家族でやって欲しいものである。

「あのね、人のものを力づくで奪ったら泥棒だよ? 月村さんは嫌って言ったんだから、だったら諦めないと」

 僕は、彼女に諭すように比較的柔らかい口調で言った。これがもしも、自分の娘だったら頭を軽く叩きながら怒るのだろうが、生憎ながらバニングスさんと僕の関係はクラスメイトだ。叩いて怒鳴ろうものなら、彼女の親が飛んできてもおかしくない。僕の生前の記憶から鑑みるにいつの時代にもモンスターペアレンツなんてのはいるのだから。せっかく取った特Aの特待生だ。こんなことで棒に振りたくない。授業等々の金額を知っている身としては。

 しかも、彼女は、そこら辺の悪ガキのように頭が悪いわけではない。むしろいいほうに入るだろう。つまり、言い聞かせることも可能であろう、と僕は考えたのだが―――

「別にカチューシャぐらいいいじゃないっ!!」

 返ってきた答えは、実に我侭なお嬢様そのものとも言うべき言葉だった。
 その言葉に僕は、はぁ、とため息を吐かざるを得ない。

 これは、相当甘やかされたのかな?

「それは、バニングスさんから見たら月村さんのカチューシャなんて、そこら辺で売ってるただのカチューシャかもしれないけど、月村さんからしてみれば、バニングスさんの価値は当てはまらないよ。もしかしたら、大切な人から貰った贈り物で、月村さんからしてみれば、とっても大切なものかもしれない。それこそ、バニングスさんに渡したくないほどにね。想像してみよ。もしも、バニングスさんが、お父さんから貰ったものを、例えば僕から無理矢理奪われたどんな気持ち?」

 バニングスさんは、僕が言った状況を想像しているのだろうか、少しだけ思案したような顔になって、すぐに先ほどと寸分違わない憤怒の感情を載せた表情を僕に向けた。

「とってもむかつくわっ!」

 とりあえず、その行動はバニングスさんの中だけの想像だから僕に怒っても仕方ないからね、と思いながら僕は言葉を続ける。

「そういうことだよ。バニングスさんはそのとってもむかつくことを月村さんにしたんだ。止めて当然だよね?」

 僕の問いに彼女は無言。だが、彼女は聡明だ。すぐに僕の意味を理解してくれるだろう。

 ちなみに、僕の諭しだが、残念なことに僕の同級生に同等のことを説いても無駄だろう。まず、価値観という言葉自体が伝わらないのだから。幸いなことにバニングスさんには伝わったみたいだけど。

 やがて、彼女はやや不満げな顔をしながらも、僕に向けていた憤怒の感情は成りを潜めていた。おそらく、頭では納得したが、心では納得できないというものだろう。今はそれでいいのではないか、と思う。こんなものはこれから十年以上続く学生時代の中では何度もあることなのだから。とりあえず、彼女にとらせる行動は一つだ。

「バニングスさん、自分が悪いことしたって分かった? 大体、髪の毛は女の命って格言があるぐらいなんだから、髪の毛を引っ張っちゃダメだよ」

 ついでにもう一つの暴力への自覚を促しながら、僕は振り返り、未だうずくまったままの月村さんに声をかけながら手を差し出した。

「大丈夫?」

「うん、ありがとう。蔵元くん」

 どうやら、僕がバニングスさんと話している間に泣き止んでくれたようだ。目を僅かに赤くしながら、月村さんは、僕の伸ばした手を掴んで立ち上がった。
 立ち上がった月村さんは、バニングスさんと目があうが、どうやら彼女も気恥ずかしいのだろう。月村さんと目が合うと、すぐさま視線を逸らした。

 次もお膳立てしなくちゃいけないのか? まあ、意地っ張りな女の子はそんなもんなのだろう。

 そんな風に納得しながら、僕は、バニングスさんに「ほらっ」と言って先を促した。次に何をすればいいか、彼女は理解しているはずだ。

「……うっ……カチューシャ無理矢理取ろうとしたり、髪の毛引っ張っちゃって悪かったわよ。ごめんなさい」

 途中までは視線を逸らしていたが、最後のごめんなさいは、目を合わせて頭を下げていた。

「うん、もういいよ」

 そんなバニングスさんの謝罪を月村さんは笑って受け入れていた。

「はい、喧嘩はおしまい。これで仲直り、二人は友達だね」

 僕は、両者の右手を取って、強制的に握手させた。もっとも、二人とも、え? と困惑気味だったが、気にしない。こういうことは、適当に強制させたほうが上手く行く場合もあるのだ。特に二人ともクラスメイトから明らかに浮いているから、上手くいくだろう。単なる勘でしかないけど。

「ほら、もう話せるよね? だったら、友達だよ。それに、バニングスさんは最初からそのつもりだったんでしょう?」

 たぶん、そうだ。そうでもなければ、バニングスさんがカチューシャなんかに興味を持つはずがない。単にあれは、話の種にするためのものだったのだろう。たぶん、バニングスさんも一人は寂しくて、でも今更、どこかのコミュニティーに入れてくれ、とはいえなくて、だから、一人だった月村さんに話しかけようと思ったのだろう。もっとも、話しかけたのはよかったが、その先が酷く失敗していたが。

「そ、そんなことはないわよっ!」

 だったら、どうしてこんな中庭に月村さんを追ってきたんだ? とは、聞かない。もう、すでに月村さんはバニングスさんの心情を読み取ってかクスクス笑っているから。

「こら〜っ! 笑うなっ!」
「ごめんなさ〜い」

 追いかけるバニングスさん、笑いながら逃げる月村さん。

 やれやれ、子供というのは実に簡単に友達になれるんだな。まあ、これで二人は大丈夫だろう。後は明日にでもなれば、友達になっているはずだ。雨降って地固まるじゃないけど、ハッピーエンドと打ってももいいのではないだろうか。
 なにより、僕がバニングスさんのコミュニティーにならなければならないということも避けられて万々歳だ。

 さてと、教室に帰るか、と久しぶりにいいことをした、と思いながらハッピー気分で教室に戻ろうと月村さんが逃げた方向とは逆方向から帰ろうと踵返したとき、その視線に気づいた。
 いつから、視線を向けていたのだろうか? まるで僕たちを隠れてみるように廊下の陰からこちらを見つめる瞳。僕と一度目が合うと、まるでその視線から逃げるように両手を振ってあたふたしながら、階段を登り、その姿を廊下へと消した。

「今のは……高町さん?」

 あの特徴的な変則的ツインテールを忘れられようはずもなく、僕は心当たりのあるクラスメートの名前を呟いた。
 彼女も僕と同じく、彼女たちの喧嘩を見て、それを止めるために顔を出したのだろうか。もっとも、廊下に姿を消した今となっては、確認しようがないが。

 まあ、いいか。と僕は半ば思考を放棄しながら教室へと戻った。


 続く

 あとがき

 彼は気づかない。自分が大きな、大きすぎるフラグを折ってしまったことに。

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