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「真・恋姫†無双 一刀立身伝 (真・恋姫†無双)」
(第0部)[1/1]

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はじめまして、篠塚リッツと申します
遅ればせながら恋姫マイブームがやってきたのでSSを書いてみました
こういうところに投稿するのは初めてなので無作法あるか思いますが
どうかよろしくお願いします

一刀主人公の本編再構成物
一刀の周囲にオリキャラが出る予定です(まだ出てませんが……)

改訂版がハーメルン様に投稿されています。






 やってしまった……

 血糊のついた剣を呆然と見下ろしながら、北郷一刀は大きく息を漏らした。

 人を斬ったのだ。重い剣で肉を割いた感触は今でも一刀の手に残っている。自分が斬った人間の悲鳴は今も耳について離れない。

 殺していないと思われるのが、唯一の救いだろうか。無我夢中で振り回した剣が、たまたま相手の手の甲を割いた。びっくりするほどに血が流れたが、それは血を見慣れていない一刀を驚かせたのと同様に、相手も驚かせたようで、自らが流血していることに半狂乱になった男は子分と思われる二人に担がれて何処かに消えてしまった。

 逃げるという選択肢を相手が選んでくれなければ、報復を受けていたことは間違いない。その点では運が良かったのだろう。剣道を齧ってはいるが、真剣を手に大の男を三人も相手に出来るほどの腕前があるとは、お世辞にも言えない。

 相手が怪我をしただけで事が収束した。これは、考えうる限り最良の結果と言えるだろう。

 気分を落ち着かせるために、深く、深く呼吸をする。

 言い様のない興奮はまだ体の中に残っていたが、外の空気を取り込むことでようやく周囲を見渡せるだけの心の余裕が出来た。

 襲われたから身を守る、自衛のために剣を取った訳でも、狂気にかられて人を襲ったのでもない。北郷一刀はただ、人を助けたかったのだ。

「君、大丈夫かい?」

 剣を地面に放り、大木の脇に腰を下ろした少女に近寄る。年の頃は自分と同じくらいだろうか、小柄ではあるが釣り目で意思の強そうな瞳が印象的だった。凹凸のほとんどない体型と低い身長だけを見れば中学生か、下手をすれば小学生と言っても通じそうではあったが、腰を抜かして座り込んでいても隠しようのない知性的な雰囲気が、少女を見た目以上の年齢に見せていた。

 手足をすっぽり覆う丈の長い地味な衣服に、猫の耳を模したような頭巾も目を惹く。

 その猫耳少女は座りこんだまま、何故かこちらを親の仇を見るような目で見つめていた。視線で人を射殺せるなら、それだけで自分を殺すことが出来るだろう。鈍感と言われたことは何度もあるが、少女の視線が好意的な物でないというのは理解できる。

 何か不味いことをしたのだろうか。少女の厳しい視線を受けながら考えを巡らせるが、一刀には何が原因なのか解らなかった。感謝されるようなことはあっても、責められるようなことはないはずだ。

 少女の視線に憮然としたものを覚えないではないが、『この場所』が普通でないのは疑いようのないことだった。現代の日本は世界でも有数の安全な国である。間違っても頭に黄色の布を巻いて真剣で武装した男三人に、命を狙われるようなことはない。

 剣が偽物であればコスプレ、ドッキリということもまだ信じられたのだろうが、肝心の剣が本物で、かつ自分がそれで人を斬ったという事実が、この非現実的な状況を前に一刀を落ち着かせていた。

 自分の知らない場所であれば、そこには自分の知らない常識があっても可笑しくはない。無難に通したつもりであっても、座り込んだ少女にとっての常識では、何か無作法なことがあったのかもしれない。

 誠心誠意、相手を思って接すれば、例え言葉が通じなくても気持ちは伝わる、というのは敬愛する祖父の言葉だったが、果たしてそれはこの場合にも通用するのだろうか。

 自分のルール違反が致命的でないことを祈りながら、一刀は少女と視線を合わせるために膝を折った。迷惑そうに身動ぎする少女の瞳を、真っ直ぐに見つめる。

「俺は北郷一刀。見ての通り学生で聖フランチェスカ学園の二年生。特技は剣道」
「せいふらんせすか、って何よ」

 口調は棘々しいが、少女はようやく口を開いてくれた。想像していたよりもずっと甲高い声が、一刀の耳に残る。

 幸運なことに言葉は通じた。

 後は、気持ちだけであるが、少女の言葉には視線に込められたのと同様に、隠し様のない敵意が感じられた。

 思わずと言った風に、一刀の顔に苦笑が浮かぶ。少女は自分に向けられる感情には敏感だった。綺麗に整った眉をきっと逆八の字に吊り上げた。

 どうやら少女は気の長い性質ではないらしい。一刀は慌てて視線を逸らし、今思い出したというように口を開いた。

「何って、学校の名前だよ。まぁ確かにそうある名前じゃないけどさ」
「……あんたの言ってることは訳がわかんないわ」

 少女の言葉に、一刀はふむ、と頷いた。

 訳がわからないのはこっちなのだが、それを少女に当り散らしたところで良いことはなさそうだ。聞きたいことは山ほどあったが、現状唯一の情報源であるはずの少女はこちらに関しても気を払っていないどころか、明らかに邪険にしている。

 無理に聞くことは賢い選択とは言えないだろう。

 男と見れば野蛮で馬鹿で……という考えを持っている女子は一刀のクラスにもいたが、眼前の少女にはそれと通ずる雰囲気がある。間の悪いことに、気合の入りっぷりでは少女の方が上のようだ。

 八方塞な状況に一刀は溜息をつく。少女に何も聞けないとなると、一刀には出来ることが何もない。

 これからどうしたのものか、と一刀が一人で途方に暮れていると、少女はすっと立ち上がった。どこかに行くのか、と目で追うと、少女は足を引き摺るようにして三歩下がり、また腰を下ろした。

 逃げようとして失敗した訳ではなく、単純に距離を取っただけのようだ。少女の瞳はまだ、敵意を持って一刀を見つめている。

「……私、男は嫌いなの」

 何を今更……と言いかけた口を、一刀は慌てて閉じた。少女が自分から口を開いてくれたこの好機を、詰まらない失言で台無しにしてはいけない。

「でも、あんたは私を助けてくれた。助けてくれなかったら、きっと死ぬよりも辛い目に合ってたと思うわ。だから、その点は……その点『だけ』は感謝してる」

 心底悔しそうにしながらも、少女は地に膝をつき、はっきりと頭を下げた。

「……ありがとう」

 搾り出すような、本当に悔しそうな声だったが、少女は確かに礼の言葉を口にした。驚くのは一刀だ。今までの人生で一番体を張り命もかけたが、自分と同じ年くらいの少女に手をついて頭を下げさせるようなことは、間違ったってした覚えはない。

 土下座が少女にとって意に沿わないことだ、というのは猫耳頭巾に覆われた後頭部が嫌というほど物語っている。伏せられて見えない少女の顔は、屈辱の色に染まっていることだろう。

この状態を長引かせることは自分の命に直結しそうだ。

 早くやめさせなければ。

 一刀がそう思って声をかけようとすると、それよりも一息早く、少女は顔を上げた。頬をぴくぴくと揺らしながら、どうにか平静を保っている様子の少女は、再び立ち上がって服の土を叩くと、そっぽを向く。 

「これで貸し借りなし、ってことにしたいけど……本当にしたいんだけど、それが人道に悖るというのは賢い私は解ってるつもりよ。だから、あんたにはもっと別のお礼をしなきゃいけない。忌々しいけど、本当に忌々しいんだけど……」
「いや、別にお礼が欲しくて助けた訳じゃないし――」

 お礼をされて悪い気はしないが、嫌々やっていることが解っているのなら話は別だ。それで気分良くなれるほど、一刀の神経は太くない。普通の家庭で生まれた普通の高校生には、土下座だけで十分だった。これ以上何かをされたら、気分の上でこちらがマイナスになってしまう。

 右も左も解らない状態で、少女との関係を切ることは自殺行為だったが、そういう物を差し引いてまで相手のことを考えてしまうのが、一刀の長所であり短所だろう。先の言葉は間違いなく本心からの物だったのだが、一刀の言葉を受けて、少女は首を大きく横に振った。大仰な動きに合わせて、猫耳頭巾がひょこひょこと揺れる。

「あんたは良くでも私の気がすまないのよ! 命を救った人間を言葉一つで追い返したなんて荀家末代までの恥なのよ! 私は嫌だけど! 嫌なんだけど!!」

 あーっ!! と少女は頭を抱えて叫び声を上げた。嫌われたものだが、ここまで来るといっそ清々しさすら覚える。

 力の限り叫んだら落ち着いたのか、先ほどよりは少しだけ落ち着いた様子の少女は一刀の方に見向きもせずに歩き出した。

 置いていかれては叶わない。ついて来いとは言われなかったが、置いていかれるのはそれはそれで困る。一刀は少女の後を追って駆け出したが、手が届きそうな距離まで近付いたところで、少女は振り返った。視線には敵意を通り越して殺意が浮かんでいる。

 歩調を緩めて、少女から距離を取る。三歩下がって師の影を踏まず。少女は師でも何でもないが、怖い物は怖いのである。

 一刀が十分に距離を取ると、少女は安堵の溜息をもらして再び歩き出した。

「しばらく私の後についてきなさい。実家で歓待なんてしたくないけど、助けてもらった礼はきっちりするから」
「しばらくってどれくらい?」
「歩いて半日ってところかしら。馬でもあればすぐなのに……」

 馬ってお前……と呆れの言葉が口をついて出かける。少女なりのギャグなのかと疑ったが、自分相手に笑いを取りに来るような愛嬌があるとは欠片も思えない。

 つまりは移動の手段として、車よりも先に馬が出てくるのが少女にとって自然ということになるのだが……薄々と感じていたが、出来ることなら忘れていたかったことが、少しずつ現実味を帯びてくる。

「ちょっと聞いてもいいかな」
「なによ、話しかけないでくれる?」
「今、西暦何年?」
「また訳の解らない言葉が出てきたわね……なによ、セイレキって」
「キリストが生まれてから何年たったかって聞いたつもりだったんだけど……」

 聞いても無駄だ、というのは少女の顔を見れば解った。どうすれば理解してもらえるのか、と一刀は考えを巡らせる。

「質問を変えよう、ここは何処?」
「豫州潁川郡」

 少女の言葉は端的だった。早く話を終わらせてほしいという感じが嫌というほど伝わってくるが、ここで質問をやめる訳にはいかない。喋っていいる言葉は日本語として理解できるのに地名にはさっぱり覚えがないということは、

「もしかしてここは中国?」
「チュウゴクなんて場所は知らないわ。もういいから黙っててくれない? あんたの近くで呼吸してたら、妊娠するかもしれないし」
「俺はどういう生き物なのさ……じゃあさ、今、この辺の王様……あー、天子? は何処にいるの?」
「洛陽」

 言葉はどんどん短くなる。それでも答えてくれているだけ、少女なりに我慢しているのだろう。話しを聞いている感じ、おそらく後一度が限界だ。

 取り急ぎ知っておかなければならないことは何か。

 生きて少女の家とやらに辿り付くことが出来れば、世界の情勢を知ることは出来るだろう。少女の家族全員がこの調子でなければであるが、一人くらいは話の通じる人がいると自分の精神の安寧のためにも、信じておきたい。

 ならば、今聞かなければならないのは――

「君の名前は?」
「………………荀?よ」

 嫌そうに、本当に嫌そうに。それでも少女は名乗ってくれた。

 それきり貝のように口を閉ざした少女の背中を見ながら、一刀は密かに溜息をついた。一つの疑問は氷解したが、また別の、もっと強大な疑問が生まれてしまった。

 ここは何処だ? 何て問題ではない。


 一体ここは、何なのだ?



   




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