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「【習作】喫茶店?いいえ茶屋です」
(第0部)[1/1]

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 石畳を撫でる暖かい風が通りを吹き抜けると、風に誘われたのか、色とりどりの花弁が踊り始めた。花を追って目線をあげると、空には渡り鳥の編隊が春を告げる任務なのか、優雅な遊覧飛行をしている。

 空から通りに目を戻すと、道端のベンチに腰掛けて談笑するおばあさん、道行く人に今日のオススメと自慢の商品の説明をしている二本角の店主、家の手伝いなのか軒先を箒で掃いている猫耳の少年。その誰もが皆、大輪の笑顔を咲かせていた。



 技術大国、研究者の聖地、青海の立役者、最古と最新が融合する国、異端の最先端



 この国、シュラクトヤ=ルーベル王国を表す名は沢山あるけれど、僕の目に映るのはそんな記号で固定された灰色の国ではなく、移り行く季節を、春の訪れを、生を謳歌する彩りある国だった。

 獣耳を生やした女の子が、男の子の手を引いて広場に駆けていくのを微笑ましく思いながら腰を上げる。

 さて、そろそろ僕も店を開ける準備をしなくては。今日はこんなにいい天気なのだから、外にベンチと傘を出して野点風味というのも風流だろう。

 最も、この世界にとって僕のイメージする風流があるのか否かは、僕の与り知ることではない。

 何故ならそれは、僕にとってこの世界は異世界で、この世界にとって僕は異物なのだから。



 この世界に来た時の事は、正直な話、あまり覚えていない。

 机に向かっていたら、突然の浮遊感に襲われ、気付いたら石畳の上に倒れていた。しかも若返って。

 何を言っているかわからないと思うが、そんなことは僕だって同じだ。多分、この時の事をよく覚えていないのは、僕の脳の容量を超えたためだと思う。



 さて、そんなファンタジーな経験をした僕だけど、どうやら特別な力や、驚愕の出生の秘密なんてものは無いらしい。それは、ここにきてから誰も僕を訪ねてこない事や、秘められた力とかいうものが開眼しないことからも確かだろう。

 まぁ、そのことに不満はない。僕はこうして生きているのだから。



 特製の蛇口をひねり、水が出ることを確認しながら商品のチェックをする。商品の補充は昨日しておいたから不足は無いと思うが、どのくらい消費したか帳簿をつけることはお店を経営する上でとても大切なことだ。

 ベンチを出すのは日が頂点を越えてからでいいだろう。それまでは通行の邪魔になるかもしれないし、なにより僕しか店員のいないこの店では、一日中外の相手もするなんて無理なことだ。

 一度店内を見回して、壁に掛けられた絵に手を合わせてから帯を締めなおす。掃除よし、商品よし、僕の調子もよし。

「よし」

 一度拍手を打ってから扉にかかっているクローズの札をひっくり返す。

 茶屋「絢辻屋」、今日ものんびりと開店だ。




あとがき

コンセプトは珈琲もいいけどお茶もね。

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