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「アスカのアスカによるアスカのための補完 第壱話」
(第1部)[1/1]

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シンジとミサトのやりとりを聞いている限りでは、二人は今日が初対面みたい。
 
第3使徒が居たことを考えると、シンジが初めてエヴァに乗った日ってことかしら。
 
…過去…、よね?
 
殺された怨みを晴らすために、時間を遡って相手に憑りついた…ってトコロ?
 
…やっぱり趣味じゃないなぁ。
 
確かに首は絞められたけど、殺されたって実感はないし。首を絞められたことだって、なんだかどうでもよかった。ワタシのココロは、あの時点でもうほとんど死んでたんじゃないかって思うもの。
 
自分しかいないと思っていた世界にいきなりシンジが現れて、のしかかるや首を絞めたもんだから生理的嫌悪を覚えたってだけ。
 
それに、将来自分が殺す相手に憑りつかれるなんて、いくらバカシンジでも憐れだわ。法律だって不遡及が原則なんだもの、まだ殺してない相手に祟られるなんて理不尽よ。
 
…って、憑りついた本人が言ってもしょうがないか。
 
 
いずれにしても、現状確認が最優先ね。どうするかは、それからでも遅くはないわ。
 
 
それにしてもシンジ、アンタ落ち着きないわね。背後やら頭上やら、いったいナニ探してんのよ?
 
また酔いそうになったから文句のひとつでも言ってやろうとしたんだけど、ミサトがブレーキ踏んだ。
 
「ちょ〜っち、失礼〜♪」
 
運転席から身を乗り出して、グローブボックスから双眼鏡を取り出す。そのまま助手席側から使徒を観察し始めたみたい。
 
なんでシンジの首っ玉を抱えて胸元に引き寄せるのか、良く解かんないケド。
 
それに、…サングラス、外したら?
 
「ちょっと、まさかN2地雷を使うわけぇ〜!?」
 
ええっ!? どこどこ?
 
『バカシンジ!ドコ見てんのよ!アンタが見ないとワタシにも見えないじゃない』
 
「伏せてっ!」
 

 
転がりに転がったミサトのクーペが、やっと止まった。クァドラプルにトリプルサルコゥを加えて4分の1足りないってトコ。シートベルトを締めるよう忠告しとくべきだったかしらね? あちこち体が痛いわ。
 
バランス感覚に優れたワタシにはどってことのない事態だったけど、シンジにはキツかったみたい。視界がなんだか渦、巻いてるわ。そっちのほうで酔いそうよ。
 
『シンジ、シンジ、ちょっと大丈夫? しっかりしなさい』
 
視界がしっかりしてきた。
 
『大丈夫?』
 
「…大丈夫ですけど、…あの、誰ですか?」
 
『ワタシ? ワタシはア…』
 
ちょっと待って。ここが過去だとして、ワタシはどうしているのかしら? つまり、ドイツに居るはずの、この時点のワタシは? って意味だけど。
 
「…あ?」
 
ここでワタシがアスカだって名乗っちゃったら、あとでワタシが来た時にややこしくなるような気がするわ。
 
それに、自分がワタシを殺したなんて知ったらバカシンジのことだもの、うじうじうじうじと悩むに違いない。
 
『ア〜』
 
アスカって名乗るわけには行かないけど、かといってナンて名乗ったらいいのかしら?
 
ア、ア…、ア…ねぇ?
 
「あ…何?」
 
『ア〜、アンジェ!』
 
「あんじぇ?」
 
なんとなく思い浮かんだ単語だったけど、これ、いいんじゃない? フランス語ってのはちょっと気に喰わないケド、天使なんてワタシにピッタリだもの。
 
『そう、アンジェ』
 
「…その、アンジェ…さん? は、どこに居るんですか? それに、どうして頭の中で声がするんですか?」
 
なによシンジったら、えらく畏まっちゃって。…って、ワタシだってコト知らないんだから当然。…なのかしら?
 
「さっき街に居た女の子…ですか?」
 
『ファーストなんかと一緒にすんじゃないわよっ!』
 
ひっ。とシンジがすくみあがった。さっきの口ぶりからするとワタシの声(?)はシンジの頭の中に直接聞こえるみたいだから、ちょっとキツかったかも。
 
エント…。と、ついドイツ語で謝りそうになって、慌てて口を塞ぐ。…もちろん気持ちの上で、だけれど。
 
『ごめんごめん、怒鳴りつけるつもりじゃなかったんだケド…』
 
「う…うん…」
 
シンジの歯切れが悪い。怖がらせちゃったのかしら?
 
まあ気を取り直して…。と思った途端、ミサトが覗き込んできた。妙に顔の距離が近いのは、横倒しになった車内で、シンジがミサトに抱きかかえられているから、みたい。
 
「…シンジ君、大丈夫? まさか今ので頭打ったんじゃ…?」
 
見てはいけないものでも見たかのような顔して、恐る恐る額に手を伸ばしてくる。
 
ワタシの声がシンジにしか聞こえてないんなら、アブナイ人に見えるわよね。
 
「だっ大丈夫です!」
 
「…そう?」
 
半信半疑。って顔に出てるわよ、ミサト。
 
 
なんとかシンジが体を起こして、いまやサンルーフと化した運転席側のサイドウインドウから頭を出す。一拍遅れて、ミサト。
 
見やる先に、終息間際らしいN2地雷の爆炎。
 
よっ!と体を持ち上げたミサトが、一旦窓枠に腰かける。その体勢から爪先を持ち上げて、反動をつけて地面に降り立った。
 
そのミサトの手助けを借りながら、シンジがちょっともたもたと。ホント、冴えないわねぇ。
 
シンジはやっぱり周囲を気にしてる。…もしかして、ワタシを探してんの?
 
話しかけたいトコだけど、また変な目で見られるのもねぇ…
 
 
横倒しになったミサトのクーペを、二人がかりで押し倒す。
 

 
「あらら?」
 
運転席に上半身を突っ込んでたミサトがすぐに出てきて、ボンネットを開けた。どっかイカレたみたい。
 
ちょ〜っち、待っててねん♪と、どこへやら…
 
 
『…ねぇ、声に出さないで、話しかけれない?』
 
さっきの様子からして、やはりワタシの声はシンジにしか届いてないんだろう。身体を乗っ取ったりも無理っぽいし、何か具体的に祟れている実感もない。
 
それしか出来ないって云うんだから、せめてシンジとのコミュニケーションくらい確立しておいた方がいいわよね。
 

 
 ……
 
ワタシの方は、口に出して喋ろうと思ったことが伝わっているみたいだから労はないんだケド、なまじ肉体がある分、シンジの方は苦労しているみたい。シンジが悪戦苦闘しているさまが、喋らないように努力する唇の動きで解かった。
 
 ……
 

 
『こう…かな?』
 
『そうそう!やればできるじゃない♪これからワタシに話しかけるときはそうするのよ。ヘンな目で見られたくないでしょ?』
 
こくんと頷いたシンジの、視線が定まらない。どこ見たらいいか判んない、ってカンジ?
 
『それで…、貴方はいったい何者なんですか?』
 
何者…ねぇ? ワタシが訊きたいくらいよ。
 
まあ、それはそれとして。
 
シンジとしか会話が成立しないこの状況で、シンジを敵に廻してもしょうがないとは思うワケ。だから、とりあえず…ね?
 
『強いて言えば、アンタの味方。…かしらね?』
 
『味方? …僕の?』
 
それはどういう…? というシンジの疑問は、ヒールが踏みつけた砂利の音に邪魔された。
 
おっ待ったせ〜♪ってミサト、アンタなによソのバッテリーの山は?
 
 
****
 
 
「父さん…なぜ呼んだの?」
 
シンジが見上げるのはケィジのコントロールルーム。そこに映る人影。
 
こうして総司令の姿を見ていて気付いたのは、かつてワタシは、この人とロクに顔を合わせたことがなかった。って事実。言葉を交わしたことに至っては、1度もない。
 
だから、この人がネルフの総司令だっていう実感が湧かない。
 
 
≪おまえの考えている通りだ≫
 
あまりに畳みかけるようなコトのなりゆきに口を差し挟む暇もなかったけど、シンジってこんな唐突にエヴァに乗せられたの?
 
「じゃあ僕がこれに乗ってさっきのと戦えって言うの?」
 
≪そうだ≫
 
さっき見た手紙だってそう。なによあれ【来い】って一言だけ。しかも便箋じゃなくて、何かプリントアウトしたヤツの余白によ。肝心の印字内容だって、検閲でもあるのか真っ黒に塗りつぶされてたし。
 
「ヤだよそんなの、何を今更なんだよ、父さんは僕がいらないんじゃなかったの?」
 
≪必要だから呼んだまでだ≫
 
訓練もなしにいきなり実戦だったって、聞いてはいたケド…
 
「なぜ、僕なの?」
 
≪ほかの人間には無理だからな≫
 
ちょっと!ファーストはどうしたのよ? 動かせないって、どういう意味?
 
「無理だよそんなの…見たことも聞いたこともないのに、できるわけないよ!」
 
≪説明を受けろ≫
 
訓練どころか事情も知らない中学生捕まえて、今から受けれるようなレクチャーだけで使徒の前に放っぽりだそっての!
 
「そんな、できっこないよ…こんなの乗れるわけないよ!」
 
≪乗るなら早くしろ。でなければ帰れ!≫
 
途端、ケィジが揺れた。使徒が間近みたいね。
 
≪奴め、ここに気付いたか≫
 
「シンジ君、時間がないわ!」
 
「乗りなさい」
 
リツコはともかく、ミサトまで…。ううん、当然よね。ネルフの人間だもの。
 
「いやだよ、せっかく来たのに…こんなのないよ!」
 
「シンジ君、何のためにここに来たの? だめよ、逃げちゃ。お父さんから、何よりも自分から!」
 
少なくともこんなモノに乗せられて、バケモノと戦うためじゃナイでしょ。逃げちゃダメ、ですって? 自分から? 事情も知らない中学生にかける言葉がそれ? アンタがナニ言ってるか解かんないわよ!
 
「分かってるよ…でも、できるわけないよ!」
 
シンジの悲痛な叫びを呑み込んで、なにやらケィジに動きが生まれる。
 
 
「初号機のシステムをレイに書き直して、再起動!」
 
 ≪ 了解。現作業中断。再起動に入ります ≫
 
『やっぱり僕は、いらない人間なんだ…』
 
シンジ…
 
10年も前からエヴァに乗るために訓練してきたワタシには、アンタの気持ちは解からないわ。
 
でも、こんな扱いは酷いと思う。
 
ワタシ、アンタのこと誤解してた。
 
…ううん、理解しようと、してなかった。
 
アンタがこんな目にあってたなんて知っていたら、あんなにバカにしたりしなかったわ。チルドレンとしての自覚が足りないなんて、思ったりしなかったわ。そのくせシンクロ率だけぐんぐん伸びて生意気だなんて、妬んだりしなかったわ。
 
ホントよ、それだけは信じて欲しい…
 
 
ストレッチャーに載せられて運ばれてきたのは、ファースト?
 
なに? すごく重傷っぽいケド…。そう云えば、零号機の実験で事故があったって聞いたことがあるような…
 
この身体で出撃させようって云うの? シンジがアレで、ファーストはコレ? ネルフってナニ考えてんのよ。
 
なにか言ってやろうとした途端、立ってらんないほどの揺れがケィジを襲う。案の定シンジはこけて、ファーストもストレッチャーから投げ出されてる。
 
「危ない!」
 
ミサトの言葉に見上げた視界には、落下してくる照明器具が大写しで…!
 
「うわぁっ!」
 
反射的に閉ざされたまぶたの裏で、ワタシはシンジとともに最期の瞬間を待ち構えてた。あんなモノが当たったら確実に死ぬ。せまいブリッジの上では逃げ場もなくて、避けろと言う気にもなんない。
 
なにより、不思議と死ぬのが怖くなかった。…やっぱり、幽霊だからかしらね?
 

 
 …?
 
いつまで経っても襲って来ない衝撃に不審を覚えたか、シンジの視界が恐る恐る開かれる。
 
覆いかぶさるように、そそり立つのは… 
 
 ≪ エヴァが動いた!どういうことだ!? ≫
 
…初号機の、手?
 
 ≪ 右腕の拘束具を、引きちぎっています! ≫
 
「まさか、ありえないわ!エントリープラグも挿入していないのよ。動くはずないわ!」
 
…そう、初号機に居るのね。シンジの、ママが…
 
 
ファーストに駆け寄ったシンジが、その身体を抱き起こした。…ってダメじゃない、傷病人をそんなに手荒に扱っちゃ。ほら、ファーストがヒキツケ起こしちゃったじゃないのよ。
 
何を思ったか振り返ったシンジの視界の中で、その輝きを失ってたはずの初号機のメインカメラが明度を上げていった。
 
腕の中で震えてる存在に視線を引き戻されると、痛みに苛まされたファーストが苦しげに喘ぐ。手のひらの違和感を確かめようとしたシンジが、べっとりと付いた血に息を呑んだ。
 
 
『…逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ!』
 
シンジ…、アンタ…こんなに震えてるじゃない。鼓動でいまにも心臓が破裂しそうじゃない。
 
『逃げたってイイわよ、誰も非難できないわ。逃げなさいよ。だってアンタ、こんなに…こんなにっ!』
 
なのに、シンジの視界は決然と上げられて、
 
「やります、僕が乗ります!」
 
 
****
 
 

 
いいわ、シンジ。アンタが戦うことを選択したってんなら、ワタシはそれを手伝ったげる。
 
 ≪ エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ! ≫
 
って、ナンでこんなに近いのよ。素人が乗ってるって解かってんの!?
 
≪シンジ君、今は歩くことだけ、考えて≫
 
『ダメっ!シンジ、歩いちゃダメ』
 
こんな距離で一歩踏み出しちゃったら、確実に使徒の目を惹く。リツコはそのコトを解かってない。まずは武装の確認を、っと思ったんだけど、遅かった。
 
それどころか、ワタシの声に驚いたらしいシンジが初号機をつまづかせちゃって…
 
 …
 
あ痛たた…
 
≪シンジ君、しっかりして!早く…早く起き上がるのよ!≫
 
むりやり体を持ち上げられる感覚。初号機の頭部装甲越しだから判りづらいけど、頭を鷲掴みにされてるみたい。
 
視界いっぱいに、使徒の掌?
 
左の手首を掴まれた感触。マズいっ!
 
『シンジ、ワタシの言うとおりに腕を…』
 
万力のような握力で掴まれ捻り上げられる痛みに、シンジがうめいた。もちろんワタシだって痛い。だけど、そんなことはどうでもいい、このままじゃ…
 
≪シンジ君、落ち着いて!あなたの腕じゃないのよ!≫
 
何を潰せばこんな音になんだろ。って云うような嫌な音がして手首が握り潰される。…そっか、手首を握り潰せばこんな音になんのね。って、冷静に分析しているようでワタシも充分混乱してるわね。…つまり、痛いのよ!
 
『…シンジ、大丈夫? しっかりして』
 
ああ、ダメ。痛みのせいで考えがまとまらないから、ロクな助言も出来やしない。なにか言ってやんなきゃなんないのにっ!
 
握り潰された装甲板が、いつまでも傷口を苛んでる。中途半端な痛みがなまじ続いてるもんだから、意識を失うことも許されないんだわ。
 
≪シンジ君、よけて!≫
 
ミサトの声は、きっとシンジに届いてない。
 
シンジの視界の隅に意識を集中すると、使徒の掌のレンズみたいなのが光り輝いてた。
 
…!
 
何度も、何度も光の奔流が打ちつけられる。シンジは痛みを堪えるのに精一杯で、逃げることすら出来そうにない。
 
  ≪ 頭蓋前部に、亀裂発生! ≫
 
  ≪ 装甲が、もう保たない! ≫
 
ついに装甲を貫いて、光の奔流が眼窩から後頭部へと突き抜けた。
 
…ワタシは、この痛みを知っている。
 
エヴァシリーズのロンギヌスの槍に、同じように貫かれたから…
 
そう、アンタ…。初っ端からこんな苦しみの中で戦っていたのね。
 
アンタに斃せるような使徒だから、弱っちいヤツだと決め付けていたけど、攻撃力だけなら充分じゃない。訓練されたワタシと弐号機なら、楽に斃せる相手だと判る。だけど、単なる中学生がいきなり戦わされる相手としては、強すぎるわ。
 
…シンジは?
 
目の焦点が合ってない。今ので気絶したみたいね。そのほうがシアワセかも。
 

 
シンジの意識のない今なら、シンジの身体を使えるかも。と思ったんだけど、どうやらそれも叶わないみたい。
 
そうこうしてるうちに、シンジの体に過重。…初号機が、動いてるの?
 
これが、…暴走?
 

 
瞳孔が散大しきって焦点の合わない視界では、何が起こってるか判然としない。
 
なにもできないまま、ただ待つだけ。
 

 
あれ? 左腕の痛みが…
 
 …
 
 ……
 
  ≪ …グラフ正常位置 ≫
 
システムが復旧しだしたらしく、水中スピーカーから発令所の音声。
 
 ≪ パイロットの生存を確認 ≫
 
被っていたヘルメットが、ずり落ちるような感覚。頭部装甲も限界だったみたい。
 
視界がクリアになってく、シンジ、アンタ気がついたの?
 
 ≪ 機体回収班、急いで。パイロット保護を最優先に! ≫
 
右に振られた視線の先に、ビルの外壁。鏡のように初号機を映してる。剥き出しになった素体の頭部には、右目に大きな傷痕。
 

 
あっという間に修復して、ぎょろりとこっちを見た。そんなわけはないのに、プラグを透かしてジカに見つめられてるような…キモチワルサがある。
 
途端にあがった絶叫は、ワタシの意識を直撃した。物理的な音声としてではなく、ナマの恐怖の塊としてワタシの心を震わせてるんじゃないかってぐらいに…
 
しまった。ワタシが一緒になって驚いててどうするってのよ。見るなとひと言、言ってやってれば…
 
『シンジっ!シンジ』
 
耐え切れずに、シンジがまた気絶したのが判った。
 

 
ただ、うるさく口出しするだけで、結局、シンジのために何もしてやれないままか…
 

 
ワタシは…っ!
 
 『ワタシはいったい、なんのためにココに居るのよぉーっ!!』
 
 
                                         つづく

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