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「第一話 「最悪の出会い」」
(第1部)[1/1]

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突然だが愚痴らせてほしい。


いや、本当に突然なのだが愚痴らせてほしい。誰も聞いていなくてもいい。聞き流してくれてもいい。もうこの際、俺の独り言だということにしてくれて構わない。というか独り言に違いないのだがこうして誰かに話しかけなければやっていけないような事態が俺自身の身に降りかかってきたのだから仕方ない。


俺の名前は……分からない。うん、まずここから既におかしい。名前が分からないとかどこの記憶喪失だっつーの……ははは……うん、認めよう、俺は間違いなく記憶喪失になってしまっている。だが全て思い出せないわけではない。一般的な知識や何やらは思い出せる。だが俺自身の素性が定かではない。性別は男。これは間違いない。それと何となく学生だったような気はするのだがはっきりしない。最近していたゲームや読んでいた漫画のことは思い出せるのだが自分のことになるとさっぱりだ。何か作為的なものを感じてしまう。だがそれは大した問題ではない。本当なら驚き騒ぎたてなければいけない事態なのだろうがあいにく今の俺はそれどころではない状況にあったのだから。


真っ暗だった。


もうそれ以外の言葉では表現できない程真っ暗だった。夜の暗さとかそういうレベルではない。本当に何も見えない。まるで密閉された、完全な密室にでも閉じ込められたのではないかと思えるような暗さだった……っていうかおい! 一体どうなってんだ!? 目が覚めたかと思ったら記憶喪失(一部)でしかも目の前が真っ暗とか一体何のドッキリだっ!? 冗談にしても程があるぞこんちくしょうっ! 責任者出てこいコラっ! 事と次第によっちゃタダじゃおかねえぞ! 


「おい! だれかいないのかー! でてきやがれー!」


ありったけの声で、なりふり構わず叫びを上げてみた。それはまるで音楽ホールに響き渡るように反響するも、誰一人それに返事をする者はいない。それどころかこの場所が恐ろしく広いであろうことがその声によって分かる。本当にホールの様な場所のようだ。だがその瞬間、気づく。それは先程の声。そう、間違いなく先程の声は俺が上げたもののはず。なのに全く聞き覚えのない声だったような……


「あー……あー……」


何度か発声練習をしてみる。ただいまマイクのテスト中。うん、調子は悪くない。まるで小さな子供の様な声。実にすばらしい天使の声だった。


「ってちょっとまて――――っ!?!?」


ちょっと待て、ちょっと待って!? 落ち着いてる場合じゃないってっ!? 何っ!? 何で俺、こんな声だしてんの!? 声変わりしてない少年のような声を出してんのっ!? 明らかにおかしいだろっ!? 記憶がはっきりしない俺でもこれがあり得ないことだって分かるぞ!? 一体どうなってんだっ!? おーい、誰か、誰か―――っ!?


それから何度も声をあげてみても結果は同じ。聞いたことのない、聞き慣れない少年、というか子供の声が聞こえてくるだけ。間違いなく俺自身の口から。それから俺は何とか落ち着きを取り戻しながら一つ一つ確かめてみる。まずは自分の体から。暗闇によって自分の姿を見ることができないため手探りで、自分の手で自らの体を何度も触ってみる。ぺたぺたと。間違いなく手足はある。幸いにもどこも怪我はしていないようだ。怪我はしていないのだが……なんだろう、違和感がある。心なしか手足が記憶と比べて短いような……ははっ、う、嘘だよね……そんなどっかの漫画で見たような、あり得ないような展開が起こるはずが……


恐る恐る俺はそこに触れてみる。男にとってもっとも大切な部分。男が男である証。ある。間違いなくある。もしなかった日には俺はそのまま死んでしまっただろう。主に精神的な意味で。だからこれは喜ぶべきこと。ただ一つ、問題があるとするならば


それが間違いなく、お子様サイズ、いや、お子様のものだったということ。


そう、俺は間違いなく子供になってしまっていたのだった。


「な、なんじゃこりゃああああっ!?」


どういうことっ!? どういうことこれっ!? 何で俺、子供の体になっちまってんの!? ま、間違いない……何度触っても変わらない……短い手足も、お子様サイズの俺の分身も……紛れもなく俺の体なのに明らかにこれは俺自身の物じゃない! な、なんか訳分からんことを言ってるような気がするが、とにかくこの体は間違いなく子供の体だ! 俺、何で小さくなっちまってんだ!? 暗くて直接見ることができないけど明らかにおかしい! と、とにかくここから移動したほうがいい! どっか灯りがあるところに行けばもっとちゃんと確かめられるはず! 


俺はそのまま何とか立ち上がり、歩き始める。その際、何度か転んでしまった。上手く身体が動かせなかったせいで。怪我も何もしていないのに、まるで力の加減を、身体の動かし方を間違えてしまったように。もはや子供の体であることは疑いようもなかった。だがここでじっとしていても仕方がない。何よりもこのままじっとしている方が逆に怖かった。目が覚めてからずっと暗闇だけ。自分の姿も見えない程の闇だけが視界を覆い尽くしている。何よりも光があるところに行きたかった。


「ハアッ……ハアッ……!」


おっかしいなあ……もうかなり走ってるはずなんだけど全然灯りが見えてこない。とうか人の気配を全く感じない。後、今気づいたんだけど、何で俺、裸足なの? しかも床もなんかこれ、コンクリートっぽいような気がするんですけど……何か、明らかに普通じゃないよね……子供の姿のはずの俺が、裸足でこんな訳の分からに所に一人だけって一体どういう


「へぶっ!?」


瞬間、俺は壁の様なものにぶつかってしまう。全速力で。暗闇のためそこに壁があることに全く気付くことができなかった。間違いなく鼻血ものの事故を起こしながらも俺は何とか倒れずに耐え忍ぶ。


た、確かに凄まじいダメージを負ってしまったが……この程度でへこたれるほど俺はヘタレではない! それにこれは収穫だ! 少なくとも壁、つまりこの空間の端まで辿りつくことができたんだから! よし、ここまでは計画通りだ! あとはこのまま壁伝いに移動していけば出口に辿り着けるはず! 迷路で迷った時と同じ原理だ! 流石俺……こんな状況でも冷静にいられる自分が怖くなりそうだ……っと、いかんいかん、余計なことを考えている時間はない、さっさとここを脱出することにしよう、では!


俺はそのままぶつかってしまった壁伝いに歩き始める。その片手を壁に付けながら。そのひんやりとした感触が手を襲う。うん、間違いなくこれは鉄か何かでできた壁だな。しかもかなり分厚そうだ。何度か押してみたがびくともしない。まるで何かを閉じ込めるための檻のよう。しかし一体何だってこんなもんを……っていうか何で俺、こんなところにいんの? 何で記憶喪失? 何で子供の体? そんな今更の疑問を抱きながらも今はただ歩き続けることしかできない。だが何も見えない、そして終わりの見えないそれは一気に俺の精神を、体力を疲労させていく。目が見えない人の気分をこんな形で味わうなんて思ってもいなかった。もしかしたら自分は目が見えなくなってしまったのかしれない。その事実に気づき、動悸が激しくなり、冷や汗が流れる。それを確かめる術もない。目を開けていても閉じていても何も変わらない。どこまでも続く闇があるだけ。その恐怖を振り払うかのように俺はただ歩き続ける。いや、歩き続けるしかなかった。そしてそれは終わりを告げた。


「はあ………」


溜息と共にその場に、コンクリートの様な物でできた床に座り込む。もう既に身体は限界だった。いったいどれだけの時間を歩き続けたのか分からない。時間の感覚も全く分からない。ただ分かることはこの空間が恐ろしく広いということ。大声をあげた時点でうすうす気づいていたことではあったがまさかここまでとは。もしかしたら壁は円状に繋がっていて同じところをぐるぐる回っているのかもしれない。だがそれはそれである意味絶望的だ。それはつまりこの部屋は完全に閉ざされた密室だということになるのだから。どちらにせよこれ以上やみくもに動き回るのはやめた方がいい。


そういえば起きてから何も口にしていない。今やっと気づいたが空腹でしかたない。あれだけ歩き続けたのだから当たり前かもしれない。同時にその事実に戦慄する。このまま何も食べれなければどうなるか。そんな当たり前のことを、俺は忘れてしまっていた。そうなってしまうほどの混乱の中にあったということ。だが一体どうすれば。そう考えた瞬間、


「………え?」


光が俺の目に飛び込んできた。


その眩しさに目がくらみそうになる。だがそれは間違いなく光、灯りだった。自分とそう離れていない場所から細い、だが確かな一筋の光が差し込んでくる。今の自分にとってはまさに救いの光だった。


「お―――いっ!! ここだ―――っ!! たすけてくれ―――!!」


助かった! マジで死ぬかと思ったぜ……誰もいないかと思ったが流石にそんなことはなかったらしい。まあ当たり前だよな。明らかにここって人工の場所だし、そんなところに人を置き去りにするなんてあり得ないよな! ったく……おかげで走馬灯をみるところだった……ぜ……?


ふと、その光に向かって歩き出した足が止まる。何故ならその細い光が瞬く間に消えて行ってしまったのだから。まるで何かが閉まって行くかのように。


「お、おいっ!? ちょ、ちょっと待て――――っ!?」


一気に狭まっていく、消え去って行く光に向かって戦力疾走するもこの距離からは間に合わない。だがいくら大声をあげてもそれは止まらない。だが疲労困憊になってしまっていた俺はそのまま倒れ込んでしまう。だがその瞬間気づく。それは自分の髪。倒れ込んだ際、残されていたわずかな光がそれを照らし出した。それは金。間違いなく金髪だった。だがおかしい。自分は金髪ではなかったはず。おぼろげではあるがそれぐらいは覚えている。自分は日本人だったはずなのだから。知らぬ間に染めてしまったのだろうか? だがこの訳が分からない現状ではそんな程度気にしてはいられない。


そのまま俺は一直線に光が消えてしまった場所へと向かって走り出す。もう光は無くなり、何も見えなくなってしまっている。それでも先程の光の方向を確かにただやみくもに進み続ける。そしてようやくそこに辿り着いたと思った瞬間、


「ん?」


何かに足が当たってしまう。同時に何かがこすれるような音が聞こえる。驚きながらも手探りでそれを手に入れる。その感触で悟る。


それはパンと何かの飲み物だった。


その手の感触と匂いが間違いなくそれがパンだという証明だった。そしてそれに添えるようにガラスのコップの様な物がある。恐る恐るそれを口にしてみる。牛乳だ! 間違いない! それが食事なのだと気づき、まるでむさぼるようにそれらを口にする。どれだけ起きてから時間が経ったのかは分からないがそれでも喉もカラカラ、空腹に耐えるのも限界だったため無心にそれを食することしかできない。ようやくその状況の不可解さ、異常さに気づいたのはそれを全て平らげ、床に座り込んだ後だった。


先程の光。それは間違いなく外の光。そして自分以外の誰かが外に入る証だった。この食事がその何よりの証明。なのにどうしてすぐに去って行ってしまったのか。あれだけ大声を出したのに。まるで聞こえていないかのようにその光、恐らくは何かの扉の様な物を閉じてしまった。


まるでそう、猛獣に餌を与えるかのように。囚人に食事を与えるかのように。


どうして自分がそんな扱いを受けなければならないのか。というかこの状況は何なのか。様々な疑問が頭の中を駆け巡る。だが次第にその思考がある一点へと集束していく。空腹と渇きが満たされたことでその現実へと、遠ざけてきた最悪の事態へと。


もしかしたら俺……このまま死んじゃうんじゃねえ……? だって、これって明らかに普通じゃない。真っ暗な空間に、子供の体、記憶喪失にしまいには助けもない。外に人がいた筈なのに全く反応もしてくれなかった、っていうか無視されたし……食事だけは何故かくれたけどそれも今回だけかもしれない。なんで食事をくれたのかも分からなければ、どうしてここから出してもらえないのかも分からない。完璧に詰んでませんか……俺……? 


い、い、嫌だああああっ!? こんなところで死ぬなんて死んでも御免だ! ん? なんかおかしいこと言ったような気がするがとにかく死ぬのは嫌だああああ!? このまま何も分からないまま一人で野たれ死ぬなんて!? まだやりたいこといっぱいあったのに!? あんなことやこんなことや、とにかく何でもいい、誰でもいい、神様じゃなくてもいい、悪魔でもなんでもいいから俺を助けてくれええええ!?


そんな心からの助けを、叫びを叫んだ瞬間、それまで何も見えなかったはずの闇の中に一つの光が生まれる。まるで俺の叫びに応えるかのように。まるでずっと前からそこにあったかのように。


だがその光は先程の光とは全く違う。まばゆい光ではなく、まるで闇その物だった。確かに輝いているはずなのに、その周りの暗闇を遥かに超える闇がそこにはあった。俺はまるで導かれるようにその光へと、その妖しい光を放っているモノへと近づいて行く。


そして俺はそれを、その石を拾い上げる。手のひらに収まるほどに小さな小石のようなもの。それが何であるかを知らないまま。


もし今、この場に未来の俺がいたとしたらこの時の俺に間違いなくこう叫んだだろう。


それに絶対に関わるんじゃない―――と。


それが俺と『マザー』の出会い。かつてこの世界を滅ぼしかけたシンクレアと呼ばれるダークブリング、邪石との、最悪の出会いだった―――――

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