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「[賢者の石編] 1話 深夜の来訪者」
(第1部)[1/1]

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「やぁ、落ち着いたかい?」



部屋に入ってきた男は、そう話しかけてきた。

声がした方向を向くが、何も見えない。当然だ。包帯が両目を塞ぐように巻かれているのだから、見えるわけがない。だが、人がいる気配はした。どこか作り物のような優しい声から察するに、昨日の医者が、そこにいるのだと思う。すぐに、浅い眠りに落ちてしまったから、よく覚えていないが、きっとそうに違いない。


「落ち着いた……っていうか、よく分からないですね。貴方は医者ですか?」


昨日の周囲の様子や、今も鼻に入ってくる病院独特の消毒液の匂いから、ここが病院だということが分かる。おそらく、いま私の横にいる人物が、私を受け持つことになった医者なのだろう。


「そうだね。君……セレネ・ゴーントさんを受け持っている医者です。セレネさんは知らないと思いますが、1年前に君が入院した時から、受け持っているんですよ」
「2年前…?」
「そう、2年前です。2年前、君は交通事故でトラックと接触したんです。覚えていませんか?」

「…まぁ、一応は」


覚えているといったら嘘になる。目覚める前の最後の記憶と思われるものには『トラック』なんて映っていない。映っているのは、悪臭のする灰色の髪をした男が襲い掛かってくるところ。そして、鋭い歯を持った男が、私に触れようとしたとたん、急に遠くまで飛ばされていったということ。そして、どこからともなく放たれた赤い閃光に当たったところで、記憶が途絶えている。

次の記憶は…



「セレネ、大丈夫かい?」


別の男の声がした。私は男の声の方を見る。


「僕だよ?クイール・ホワイトだよ」
「父さん?」


そう言うと、見えてなくても彼が喜んでいる顔が目の奥に浮かんだ。


彼の名前はクイール・ホワイト。私の養父だ。本当の父さんは私が生まれてすぐに死に、母さんも死んだ。詳しくは教えてくれないが、どうやら突然、死んでたらしい。家には鍵がかけられていたはずなのに、その日は何故か開いていたそうだ。警察は最初、病死の線も疑ったのだが、母さんには外傷がなく、だからといって病気の痕跡も見つからなかった。まさに、ミステリーって奴だ。私は、母さんが死ぬ前に、母さんの幼馴染のクイールに預けられたらしい。母さんは死ぬのをまるで予期していたかのように、私を彼に預けたそうだ。そして、彼は私を実の娘の様に育て、私も彼を実の父親の様に慕っていた。この世のものとは思えないくらい苦い丸薬を飲まされたことがあったが多々あったが、些細なことだ。



それが私、セレネ・ゴーント。

とはいっても、実感が全然わかない。2年も植物人間状態だったからだろうか?なんというか……まるで映画映像を見ているみたいに『セレネ・ゴーント』という人間の一生を見ているようで、その主人公である『セレネ』と自分が同一人物だということがイマイチ実感がわかないのだ。

それは2年という昏睡期間だけが影響しているのではないと思う。この2年の内に私が触れ…戦い続けた存在……いや、アレは概念と言うべきなのだろうか。


「セレネ?大丈夫かい?」


クイールの心配そうな声が耳に届いた。私は慌てて口を開いた。


「どうだろう?まだよく分からないや。身体は固いしね」


ゴキゴキいう身体を動かしてみせる。


「あと1週間もすれば目の包帯も取れるみたいだよ。そしたら外も見えるようになるね」

「外か…」


そう言って強張った顔の筋肉を動かし、笑ってみせると、ほんの少しだけ安心した雰囲気がクイールだけからでなく、医者からも伝わってきた。本音を言うと、外なんて見たくない。でも、そんなことを言うと、入院が長引くかもしれない。それが嫌だった。


「また来るからね」


っと言って遠ざかっていく人の気配。私はまた枕に頭をつけた。

それから私は『イイ子』を装った。薄っぺらい味のする病院食を黙って食べたし、診察も無抵抗で受けた。早く退院したいと思っていたから。
だが『退院して何をしたい?』と問われると答えに詰まる。特にしたいことは思いつかない。……ただ無性に、この異様な空間から逃れたかった。




就寝時間が過ぎたのだろう。煩かった外が静かになる。時折聞こえるのは看護師の巡回の足音だけ……のはずだった



「ほう、起きてすぐに『球血膜下出血』に陥るほどの眼球圧迫とは」


いる。誰かが自分の横に立っている。私は思わず『ナースコール』を押そうとしたが、手が固定されたように動かない。


「おっと、ちょっとだけ待ってくれないかの。君は知りたいのではないかね?その目に映るようになった『死の線』について」



ピタリと動くのを止める。こいつ……今なんて言った?


「誰だ?」



声から考えるに、横に立っているのは相当の歳を取っている男だ。私の知っている医者でもないし、クイールでもない。看護師でもなさそうだ。こんな夜更けに一体何の用なのだろうか?


「はじめまして、セレネ。ワシはダンブルドア教授と言うものじゃ」

「教授?えっと……それって、医者の類ですか?」


でも、そう口にしてから、その考えは少し違っているかもしれない…と思った。
もし、あの昼間の医者が私を調べるためによこした医者なのだとしたら、なんでこんな時間に現れるのだろうか?とうとう、私の頭は、おかしくなったのかもしれない。警戒心を私は強めた。


「いやいや、ホグワーツという名の学校に勤めている教師じゃ。近い未来に君が入学する予定の学校じゃよ」

「私は近隣の公立学校に入学する予定だと父さんから聞いています。そんな名前の学校じゃないです。……なにを企んでいるんですか?」


警戒心をむき出しにして話しかける。だが、彼の放つ雰囲気は穏やかなままだ。本当に何を考えているのか気味が悪くなってきた。


「うむ……実は本来の君の父君を捜していたら君にたどり着いたというわけじゃ。」

「本当の父さんの知り合いですか?」

「知り合いじゃの。まさかすでに死んでおるとは……いや、彼の家系から考えると仕方ないのかもしれないの」


なにやら独り言のように『教師』を名乗る男はしゃべる。本当の父親の知り合いなのだろうか。だとしたら、なんで、そんな人がなんで今更訪ねてくるのだろうか?しかも、こんな夜中に。まるで、人目を避けているみたいだ。


「仕事が忙しくて、この時間しか空けられなかったんじゃよ。苦情の吼えメールで部屋が黒焦げになってしまったり、理事会がうるさくてのぅ」


今、もしかしてこの男は私の考えを読んだのだろうか?しかも、何て言った?何メール?疑問符ばかりが、頭に浮かんでくる。


「最初に言った『死の線』ってなんですか?」
「それは君が一番よく分かっている事柄じゃ」


穏やかな口調でそう言う男。あぁ……ホントは分かっている。







そこは暗くて…底は昏かった。

光も音もない海の中に浮かんでいる。そこに果てなんてなかった。いや、初めから堕ちてなどいなかったのかもしれない。
何もない空間…光も闇もない……無という言葉すらそれには当てはまらないだろう。形容することが無意味に思える『』の中において唯一の異物…それがセレネ・ゴーントだった。


目を背けたくなるような毒毒しい色彩をした『』。
ずっと、遠くを見ても……ずっと何かを待っていても何もない。そうだ……これが『死』なんだと思った。死者しか到達しえない世界で、たった1人の生者が私だった。意識を失っていた1年間ずっと『』を観測し続けていた。









気が狂いそうになる中で、死という概念に触れていたということは、むしろ観測ではなく戦いの激しさに近かったのかもしれない。だから、目を潰そうとしたんだ。
この両目は、あのおぞましい世界につながっている。昏睡から目が覚めて初めて目にしたものは、線だった。人にも壁にも空気にも、禍々しくも清麗な線がついている。その線は常に動いていて一定していない。けれど、確実にそこにあって、今にもそこから『死』がしみ出しそうな強迫観念にとらわれた。あの線を斬ったら、そこからボロボロと崩れていくのが見えた気がした。


もう、あんな世界に行きたくない。



あんな世界に堕ちたくない!!


だから、目を潰そうとしたのだ。止めが入って失敗したけど。


「やはりそれは『直死の魔眼』じゃ」
「直死の…魔眼?」


こいつ、やっぱり人の心を読んでやがる。どんな手を使ってるのかは、知らないが。


「非常に珍しいものじゃ……わしも昔からの友人から聞いたことがあるくらいじゃよ。その友人でさえ、見たことがないと言っておったのじゃからの。
いや…実に…実に珍しいモノじゃ。あっ!これこれ、早まるでないわい。例えその眼を潰したところで、見えてしまうものは視えてしまうぞ?」


「そうか。珍しいなら、手術でもなんでもして売りさばこうと思ったところだったんですよ。残念ですね」


そう言って、眼に伸ばしかけた手を膝に戻す。


「セレネいいかね?」


穏やかな口調の中に真剣な色が混じっている……ここからが本題なのだろう。


「わしは、そっちの魔術については専門ではないのでの。いや、それは魔術というよりむしろ超能力というべきか。だが、忠告を授けることは出来る」

「忠告、ですか?」

「いかにも。よいか、セレネ
『死』を恐れることは大事な事じゃ。じゃが、『死』を避けることを考えてはいかんぞ」

「私は」


あんな世界に堕ちたくない…死にたくない。あれを見てないから、そう言えるのだ。ジィーーっと男が私を見透かすように見ている気がする。


「だが、それはおろかな事よ。特に、君は一歩間違えればより深い闇へと堕ちていく可能性が、他の誰よりも強いのじゃよ」


それはどういうこと、と問う前に、男は立ち上がった。まるで、話を遮るように。


「いかんいかん。そろそろ時間じゃ。続きの話はまた今度にしよう。では、また会おうセレネ」


そう言うと、パチンっという音と共に、男の気配がまるでなくなっ
てしまった。
夢……だったのだろうか?いや、違う……夢じゃない。いったい何者なのだろうか。私は、しばらくそれを考えていたが、いつの間にか浅い眠りへと堕ちていった………。









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読んでくださりありがとうございました。
これからも、寺町 朱穂をよろしくお願いします。


※この直死の魔眼は、遠野志貴以上両儀式以下の魔眼です。
若干ですが、型月の世界観がリンクしています。とはいっても、ハリポタ世界観の方が大きく、型月はあまり出てきません。




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