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「【チラ裏より】Fate / to the beginning【Fate / zero】」
(第0部)[1/2]

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 とある英雄の話をしよう……

 彼女は死の直前にて聖杯を求め、セカイと契約を交わした――『生きてこの手に聖杯を掴む代償として、我が死後を譲り渡す』と……
 結果――極めて稀なことではあるが――彼女は時間の一点に留まり続けることとなる。
 その願いが成就するまで、繰り返し繰り返し、聖杯を手に入れる可能性のある場所へと召喚され続けるのだ。

 さて、仮に今、時間軸におけるこの地点をA地点としよう。
 このA地点は事象の特異点となり、ここから様々な可能性の未来へと分岐することになる。

 数多ある可能性の未来の一つに、召喚先においてその時代の英雄と邂逅することもあり得るだろう。
 また、得難き友人やその英雄と共に、召喚先の時代を共に生きることで、彼女自身の答えを得ることもあるかもしれない。
 そんな彼女が、聖杯の入手を諦めるという物語もまた当然存在し得るだろう。
 この場合、彼女はその時代での現界を終えた後、A地点へと帰還し、その直後に人生を全うすることになるのだが……

 ここで一つ、大きな問題が発生する。
 つまり――彼女が聖杯入手の願望を諦め、セカイとの契約を破棄するタイミングが、時間軸的にA地点よりもわずかに後だということだ。
 この地点をB地点とした時、重要なのは、B地点が分岐後であるということである。
 当然ながら、この分岐以外の未来へと召喚された彼女は、聖杯入手が叶うまでA地点へと帰還し、再召喚され続けることになるだろう。
 そして――

 「問おう――貴方が、私のマスターか」

 今……彼女は聖杯入手の可能性がある未来へと召喚されていた。





Fate / to the beginning ―奇跡の召喚―





 ―― 一年と少し前 ―― 極東の国、日本の地方都市である冬木市新都の片隅にて……

 夜の闇に沈む街には、ネオンの光が生み出す極彩色の輝きがある。もちろん、その輝きの裏側には、深い深い闇が広がっているのだが。
 しかし、今この街の路地を荒い息で駆けていく少女の目には、ネオンの光も街灯の輝きも映ってはいない。
 今止まれば追いつかれてしまうという焦りと恐怖に苛まれながらも、絶対に諦めないという強い気持ちで頭の中をいっぱいにしながら走り続けている。
 普段ならば、既に温かなベッドの中で夢を見ている時間である。
 小学一年生の彼女――遠坂凛にとっては十分に深夜と言って差し支えないこの夜更けに、何故こんな場所を――しかも、一歳年下の妹である桜の手を取って走っているのか。
 事の起こりは数日前へと遡る。





 その日、いつもの様に学校から帰宅した凛が自宅の居間へと足を踏み入れた瞬間、尊敬してやまない父親や大好きな母親の雰囲気が、尋常ではないことに気付いた。
 元々、年齢にそぐわぬほど聡い少女である。
 両親が纏う重々しい空気の矛先が、居間のソファーに座したまま、顔を蒼白にしている妹にあることを見抜いていた。

 「お父様、お母様、ただ今帰りました……桜、どうかしたの?」

 両親への挨拶と同時に、じっと黙して俯いたまま動かない妹に問いかけた凛は、足早にかけより桜の横に腰掛けた。

 「おかえりなさい、凛……あのね、お父様から桜のことで、大切なお話があるのよ」

 返事もできぬ程表情を失ったままの桜に代わり、キッチンから居間へと入ってきた母親の葵が沈痛な面持ちで凛に答える。
 いつものように優しくて穏やかな母親の声色が、わずかに震えている……その事実が、凛の緊張を一気に最大限まで引き上げた。
 対面するソファーに座したまま、静かに目をふせている父親――魔導の名門遠坂の当主でもある時臣へとまっすぐに目を向けた凛は、膝の上の小さな両手を握りしめ、ごくりと唾を飲み込んだ。

 「凛……私からお前に、遠坂五代目当主として決を下した事柄を告げる。心して聞きなさい」

 ゆっくりと目を開きながら、厳かに告げる父親の貌は、魔術師遠坂時臣としてのものだった。

 「古き盟友である間桐からの、養子を貰い受けたいという要請を受けることとした。三日後、間桐から迎えの使者が来訪した時点で、桜を間桐の養女とする」

 時臣の言葉が終わると同時に、一瞬、凛の隣に座る桜の体がビクッと震えた。
 かたや、父親の言葉を聞き終えた凛は、その幼い顔から完全に表情を落としていた。
 あまりにも予想外の内容に理解が追いつかない時、子供は表情を無くす。
 まさに今の凛がその状況だろう……そんな娘達の様子を見かねた葵は、居たたまれずに再びキッチンへと身を隠した。

 「よって、凛……以後、お前は正式に次代遠坂当主の継承者として、その業の全てを漏らさず過たず受け継がなければならない。より一層の精進を心がけなさい」

 魔導の当主が下した決断が、どれ程の重さを持っているか――幼いとはいえ、凛にも十分に理解は出来ていた。
 ただ……その理解よりも可愛い妹を失う恐怖と言う名の本能のほうが、一瞬早く凛に行動を起こさせていた。

 「お父様! お願いです、桜を他所にやらないでください!」

 思わず立ち上がり、尊敬する父親に対して否を口にしたのだ。
 それは、凛にとって恐らく生まれて初めての反抗だった。
 必死の懇願と縋るような想いを載せたその言葉は、しかし……

 「座りなさい、凛。よく聞くんだ――魔導の家は代を重ねる毎に、その業と血を濃くしていかねばならいことは、既に教えたね」

 「はい……」

 思いがけない娘の反抗に対しても、落ち着いた所作で娘を制しながら話しだした時臣の言葉に、凛はその気勢をくじかれ、ソファーに腰を下ろす。

 「我が家門においてもそれは例外ではない。継承者候補が二人居るならば伝承は一人のみとし、更なる高みへと到達する可能性を次代に託す事は、当然のことなのだよ」

 「で、でもっ!」

 娘の反論を片手で制しながら、時臣は言葉を続けていく。

 「だがしかし、桜は類稀な素質をもっている。あまりにも希少なこの素質は、魔導の家門による加護を必要とするほどのものだ。だからこそ、古き盟友にして同じく魔導の家門である間桐に入ることは、桜の将来にとって最良の選択だと理解しなさい」

 その言葉が――父親が娘を諭すものではなく、魔導の当主が弟子に下す命令だったことに、凛は絶望した。
 この決定は、自分がいかに足掻こうと覆すことなどできはしないのだと……





 そして――いよいよ明日、桜がこの家を出ていくという夜、凛はいつものように自分の部屋でベッドに入ろうとしていた。
 月のないこの夜、部屋の照明を落としてしまえば、闇がこの部屋を支配する。
 その闇の中に、扉の開く小さな音と、か細い声が響いた。

 「姉さん……」

 聞き慣れた自分を呼ぶ声に振り返ると、部屋の入口には、パジャマ姿で枕を抱えた妹の姿があった。

 「あの……ね、一緒に寝てもいい?」

 扉を開けたものの、遠慮して部屋の中へは入れずにいる妹が、姉妹としての最後の夜に、恐らくありったけの勇気を振り絞って自分の所へと来たのだろう。
 それを思うと、この二日間、妹より先に自分が泣くことだけは許されないと、耐えてきた涙があふれそうになった。

 「うん……おいで、桜」

 持ち前の気概で涙を堪えた凛は、笑顔で妹を呼び寄せる。
 そんな姉の優しさに、桜は哀しみをいっぱいに含んだ笑顔で凛の側へと駆け寄っていった。
 きっと、そこが幼い姉妹にとっての限界点だったのだろう――どちらからともなく、ベッドのうえで抱き合った姉妹は、声を殺して泣きだした。
 本来、彼女達にとって絶対の庇護者であるはずの両親が決めた姉妹の離別なのだ。
 この悲しい運命を変えてくれる味方など、他に望むべくもないことを、聡明な凛は理解していた。
 理解した上で、自問自答の言葉が頭に浮かぶ――この決断が遠坂凛の限界なのか――と……
 父は口癖のように言っていた――魔術師とは、ただ一途にひたすらに、根源を目指すものだ――と……
 ならば、遠坂凛という魔術師は、妹一人がいるだけで、根源を目指す魔術師足り得ない程器の小さな存在なのか――と、断じて否である。
 それを認めることは、遠坂凛としての矜持が許さなかった。
 父親の望む通り、わたしは次代の遠坂として、必ず根源を目指してみせる。でも……
 自分たちの味方がいないというのなら、これから先わたしがわたしと桜を守ってみせる!

 「桜、泣くのやめなさい。あんた、このまま間桐にいってもいいの? わたしと離ればなれになってもいいの?」

 その名の通り、いっそ清々しいほどの矜持と気概を持って立ち直った凛は、妹の目を見つめ問いかける。

 「で、でも……おとうさんが……」

 いきなり姉に問いかけられた桜は、その内容の真意がわからないまま、しどろもどろに答える。

 「わたしはお父様じゃなくて、桜、あんたに聞いてるの。ねえ、答えて。桜はどうしたいの?」

 自分との別離を惜しみ、涙を流してくれた大好きな姉が、何故か今、どうにもならないことを問いかけてきている。
 この家で、父親の決定が絶対であることは、桜もよくわかっているのだ。
 だがそれでも、今この時だけ、本当の自分の想いを口にしてもよいというのなら……

 「……ないです……離れたく、ないです……姉さんと、一緒にいたいっ!!」

 嗚咽混じりに、告げられた妹の願望――それが、姉である自分と共に在りたいというのなら、もう迷うことは何もない。

 「わかったわ、桜。いまからわたしの言う事をよく聞きなさい。まずは……」

 ゆっくりと一つ一つこれからの行動を桜に指示した凛は、妹が大きく頷いて自室へと戻っていった姿を見届け、自分自身も準備にとりかかる。
 そして、これより小さな姉妹の逃避行劇が始まるのであった――





 妹の手を取り、共に遠坂邸を脱走した凛は、一路新都を目指した。
 もちろん彼女には、彼女なりの計画があったのだ。
 遠坂邸には父の手による結界が張られているため、自分たちが外へ出たことはすぐさま露見するだろう。
 当然、追手がかかるわけだが……恐らくその役目は、内弟子として数年前から我が家に入り込んできた、あのいけ好かない教会の代行者(エクスキューター)が引き受けるのではないかと、凛は予想していた。
 それなら、自分たちが目指す先は、あの代行者(エクスキューター)が知らないであろう場所――そう、お母様の実家である禅城のお家がベストだろう。
 新都から電車で禅城へと行き着けば、今夜一晩はかくまってくれるだろうし、明日さえ乗り切れば後はなんとかなるかもしれない……
 如何せん、あなだらけの計画ではあるのだが……妹にお小遣いの貯金を持ち出させているあたり、間違った方向にしっかりしていた。
 ともかく、その決断と行動の速さ故か、二人は追手に捕まること無く、新都へと到着したのだが……時刻は夜の十時を過ぎている。
 幼い姉妹が二人だけでうろついていては、あまりに目に止まりやすい。
 また、間の悪いことに、冬木に隣接する街では、最近連続殺人事件が頻発しているため、この新都でも警察による巡回頻度が高まっている。
 ここで警察に補導されるわけにはいかないと、凛は可能な限り人目につかないよう、路地裏を選んで新都の駅を目指したのだ。
 そして――幼い姉妹は、決して出会ってはならないモノに出会ってしまう……





 街には死角が存在する――煤けた雑居ビルが乱立するその狭間に、普段から人の目の向かない空間が出来上がる。
 それが夜の闇に紛れると、一種異様な様相を帯び始める。
 そんな場所で、背後から声を掛けてきたその男は、どこにでもいそうな今風の容姿をしていた。

 「ねえ、きみたち」

 突然の呼びかけと、あまりに気安いその言葉に、ほんの一瞬凛は対処に戸惑いを覚えた。
 その僅かな隙に、その男――雨生龍之介は、足音もなく軽やかに距離を詰めていた。

 「ああ、そう、きみたち! 大したことじゃないんだけどさぁ、ちょっと……」

 さらに気安く薄っすらと笑みまで浮かべた龍之介に、眼前まで距離を詰められてから、凛は臍を噛み、内心己に激怒した。
 まだ幼い魔術師見習いであるとはいえ、早くから父に手ほどきを受けているのだ。
 魔術師としての本能が、目の前の男に対して、自分たちの生命を脅かすほど危険な存在だと、警鐘を鳴らし続けている。
 そんな相手に無防備なまま接近を許してしまった。

 「俺の芸術(アート)の素材になって欲しいんだよなぁ〜」

 だから今、恐ろしげな言葉を吐くこの男に、捕縛されかけているという危機的な状況に陥っているのも当然のことだと、凛を自身を叱咤する。

 「桜! 走るわよっ!!」

 失態はそれを上回る結果で贖えば良い! 幼い魔術師は、しっかりと妹の手を取り暗い路地裏を駆け出した。
 歳相応の恐怖もある、正体不明の男に追われる焦りもある、今この時に限っては、自分たちを助けてくれる庇護者に縋ることも出来ない不安もある。
 だが、それらを上回る精神力に支えられた、絶対に逃げ切ってみせるという心は折れない。
 薄暗い路地裏を、右に左に駆ける凛には、もはや方向すらわからなくなっていた。
 それでも止まることは出来ない。
 あの不気味な男が今もなお、自分たちを追い続けていることだけは、わかっているのだから。
 手を引く妹の息が荒い。自分だって、かなり息が上がっている。
 それがどうした! わたしはわたしと桜を守るって決めたんだから! と気力を振り絞り、次の路地を曲がった凛の目に、唐突な逃走劇の終焉が映った。
 行き止まり、袋小路……慌てて振り返った先には、しっかりと出口を塞ぐように立つ男の姿。
 ああ――要するに自分たちは、これ以上どこにもにげられないのかと、凛は自分を取り巻く状況の全てを理解した。

 「ね、姉さん……」

 荒い息遣いのまま震えながら縋る妹を背にかばうようにして、凛は終着点へと後退る。
 自分たちの状況を理解した上で、なお絶対最後まで諦めてなるものかと、その目に気概を込め、ゆっくりと近づいてくる龍之介を睨みつける。
 そして――終に背中が壁を押してしまった……

 「ああ……そんなに怖がらなくても大丈夫さぁ。お? きみたち結構イケてるじゃん。こりゃ、とびっきりクールな芸術(アート)に仕立ててあげなくちゃねぇ。瑞々しいピンクと、滴るような赤の共演……ん〜〜っ! 最高だぁっ!!」

 自らの妄想に溺れるような恍惚の表情で、龍之介がその手を姉妹へと伸ばしていく。
 そんな絶体絶命の状況下、お互いがお互いをかばい合うように抱き合って目を瞑った姉妹は、同時に全く同じ事を切望した。

 ――誰か、わたしたちを助けてっ!!

 瞬間、まるで幼い姉妹を守るかのように第五架空元素(エーテル)の奔流が凛と桜を包み込み、龍之介にたたらを踏ませ、その視界を奪い去った……

 「どこの誰かは知らんが……私のマスターに指一本でも触れてみろ。その腕、根本から斬り飛ばす!」

 突如巻起こった第五架空元素(エーテル)の奔流に、思わず閉じたまぶたをゆっくりと開けると……凛の目の前には、紅い外套を翻らせて立つ、大きな背中があった。
 徐々に正常に戻りつつある視界には、父親よりも背の高い白銀のような頭髪の男性が、その両手に白と黒の双剣を握りしめ、まるで自分たちを守るかのように立つ姿が映り込んできた。
 と同時に、凛の右腕と桜の左腕に一瞬焼けるような痛みが走る。

 「フンッ……これ以上の関わりを持たないというのなら、この場は見逃してやっても良いが……さて、どうするのだ?」

 突如光の奔流から現れ、双剣を握って威嚇する男の尋常ではない殺気に、龍之介は小さく悲鳴にも似た声を上げながら、走り去っていった。
 その後姿を見届けた後、紅い外套を纏った男は、凛と桜に背を向けたまま言葉を紡ぎだす。

 「まったく……とんでもない場面へ召喚してくれるマスターがいたものだ。いったい、何を考えて……」

 ヤレヤレと肩を竦めるようなポーズを取りながら、外套の男は振り向くも、その視線の先にいる幼い姉妹の姿を目にした途端、石のように固まってしまった。

 「あんた……なにもの?」

 魂レベルの衝撃を受け、動けなくなっている相手に対し、容赦無く浴びせられる幼い少女の言葉と、遠慮のない不審者への視線は、外套の男にとある記憶を思い起こさせた。
 ああ、そうだ……こういう物言いだったよな、アイツも……ん? 軽くウェーブのかかった黒髪のツインテールだと?
 馬鹿な、この少女がアイツだというのか?! だとしたら、隣の娘は……
 いや、いやいやいや……今、問題にすべきはソコではないだろう。
 オレが受けた召喚は聖杯戦争のものだ、つまり……この幼い少女たちが、オレのマスターだとでもいうのかっ?!

 「ちょっと……人の話はちゃんと聞きなさいよ! あんた、なにものなのって聞いてるのよ!」

 「ね、姉さん……」

 誰が見ても困惑の極地にある人物に対して、更に容赦のない言葉で追い打ちをかけていく凛に、桜が困ったようにして嗜める。
 そんな情景すらもまた、この男に懐かしい過去の記憶を思い出させた。
 ほんとに、アイツをそのまま小さくしたようだなと……だがしかし……
 熾烈極まりない聖杯戦争において、自身のマスターが年端もいかぬ子供であるという事実に打ちのめされているのだ、少しばかりのフリーズは大目にみてもらいたい。
 その一方で、このまま放置しておくと、そう時を経ずしてこのツインテールの少女が、がぁ――っと吠え出すことをこの紅い外套の男――エミヤシロウはよく知っていた。

 「他人に何者かと問いかけるのなら……まず、自分が名乗りを上げるのが当然ではないかな? 我がマスターよ」

 それまで驚愕に打ちのめされていた男は、一転、不遜な笑みを零しながら、少女の無礼を窘めた。
 もっとも、現実逃避などせずに自身の直感を信じれば、彼には少女の名前が何であるかなど予想はついているし、先程の会話から、その隣りの少女の名前にもあてがあった。

 「そっ、それもそうね……いいわ、それじゃあ、わたしから名乗ってあげるわよ。わたしは遠坂、遠坂凛よ! で、こっちがわたしの妹の桜」

 小さな体をまっすぐに起こし、その名の通り凛とした声で名乗るその姿に、男は不覚にも涙しそうになった。
 かつて、彼が生前にただ一人愛し、また、こんな自分を愛し導いてくれた最愛の女性が、幼き日の姿で今、眼前に存在しているのだ。
 神仏の類にはとことん相性の悪い自分ではあるが、この邂逅を実現してくれた奇跡だけには感謝しよう。

 「さあ、こんどはあんたが名乗る番よ!」

 びしっと小さな指を指し、早く名乗りやがれと言わんばかりに詰め寄る凛に、シロウは内心の想いを隠したまま答える。

 「ああ、私の名を名乗る前に、とても大切なことを君達に訊かねばならん。どうか、その無礼をゆるしてほしいのだが?」

 「え? ええ、まあ、いいけど……」

 片膝を折り、臣下の礼を持って自分たちに相対する男の雰囲気に幾分気圧されながらも凛は是を返す。

 「感謝する……それでは早速だが、察するに君達はこの冬木のセカンドオーナー、遠坂家の息女だな? ならば……この言葉に聞き覚えはないかね? そうだな、例えば、"聖杯戦争"もしくは、"サーヴァント"」

 臣下の礼をとったまま、男が口にした言葉に、凛はビクリと体を揺らす。

 「なっ! ど、どうしてあんたがそんな事、知ってるのよっ?!」

 思わず叫んだ凛の言葉に、男はその顔をゆっくりと上げ、少女たちを見つめながら静かに答えた。

 「なに、簡単なことだ。私がその"サーヴァント"なのだからな……」

 小さく微笑みながら答えた男を、ぽかんと見つめながら、凛は呆然と立ち尽くしていた。





 新都の路地裏、そのとある一箇所で行われた一連の出来事を、一定の距離を置いて見つめていた人影があった。
 つい先程まで、このところの連続殺人を引き起こしている狂人と思しき男が、師の息女に迫ろうかと言う時、この人物は深い溜息を落としながら、責務故に彼女達を救出するべく、飛び出そうとしていたのだ。
 まさに、身を潜めていた場所から踏み出そうとしたその刹那、彼の視界には、あり得べからざる光景が展開されたのである。
 およそ二年ほど前から、魔術の師として仕えている遠坂時臣と同じく、彼――言峰綺礼もまた、早くから令呪をその身に宿していた。
 つまり、彼も時臣も、この冬木において来たるべく近い未来に行われる第四次聖杯戦争に、マスターとして参加することが約束されている。
 その時臣の実の娘が、今まさに、マスターとしてサーヴァントを召喚したのである。
 しかも、あろうことか呼び出されたサーヴァントはマスターを窮地から救い出し、臣下の礼をとっている。
 いくら魔導の名門、遠坂の次代当主候補といえど、まだまだ幼な過ぎる少女たちが、サーヴァントを完全に御しきっているのだ。
 その様子に、飛び出しかけた体を押しとどめ、もう少し様子を伺い続けようと決断した矢先、静かに立ち上がったサーヴァントが、鷹のように鋭い視線に殺気をのせて綺礼を一瞥した。

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