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「Muv-Luv Unlimited 〜終焉の銀河から〜」
(第0部)[1/1]

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Muv-Luv Unlimited 〜終焉の銀河から〜

プロローグ1

【2004年12月15日 国連横浜基地】

 白銀武の最愛の女性、御剣冥夜を乗せた恒星間移民船団がバーナード星系に旅立ち、すでに一年近くが過ぎようとしていた。決して会えない、最愛の人。寂しくないと言えば嘘になる。

 だが、愛する者との別れ方としては、最高の部類なのかもしれない。この世界で離別といえば、九割死別を意味するのだから。

 たとえ二度と会えなくても、星空の向こうで愛する者が生き続けている。そう思えば、この絶望的な状況でも、戦う勇気がわいて来るというものだ。

(冥夜、見ていてくれ。俺は生きる。BETAだかなんだか訳の分からないやつに、やられるもんか!)

 そう思い、武はこの一年、強い意志を持って生きてきた。体力作りや戦術機の訓練も繰り返し、戦術機の機動技量ならばすでに、熟練の衛士と比べても遜色ないレベルまで高まっている。
  
 だがしかし、そんなやる気に満ちた白銀武が今やっていることと言えば、毎夜毎夜、訳の分からない白い四角い棺桶の様な物の中で、強制的に眠りにつくことなのであった。




「先生〜、こんなことして本当に世界が救えるんですか?」

「いいから黙って寝る。どうせあんたに説明したって、理解できる頭もってないでしょ」

 横浜基地対BETA研究部部長、香月夕呼は冷然とした口調でそういうと、無造作に武を箱の中に押し込み、ハッチを閉じた。周りの声など歯牙にもかけない唯我独尊ぶりは、以前と全く変わらない。

 一年前、武が一番驚いたのがこの香月夕呼が、移民船に乗船していないということだった。

「人類の希望を託す各分野から選ばれたエリート」といううたい文句が正しいのなら、彼女が選ばれない理由はないと思うのだが。

「はん、私はオルタネイティヴ4の最高責任者よ。対立する5推進派が私を選ぶわけがないでしょう」

 という、夕呼の言葉に、一応その時の武は「なるほど」と頷いたが、その後に続く「大体にして、しっぽを巻いて逃げ出すなんて選択肢が、この私の辞書に存在すると思う?」と言う言葉こそが、真実では無いかとも思う。

 送られてきた地球脱出のチケットを握りつぶし、あえてこの地に残ったとしても不思議はない。三年前のクリスマスの夜、泣き崩れる彼女の姿を目の当たりにした武でさえそう思うのだから、横浜基地の大半の人間が、「香月博士は、BETA殲滅の腹案があり、あえてこの地に残ったのだ」と考えているのもある意味当たり前だろう。

 もっとも、そこには、年々規模を縮小される横浜基地に残された人間として、天才香月夕呼に最後の希望を見いだす、という思考があるのも間違いないだろうが。

「なによ、こんなかわいい女の子と一緒に寝るのが仕事なのよ。男なら涙流して喜ぶべきじゃないの? ねえ、社」

「……はい」

 明らかにからかうことを目的とした夕呼の声に、武の左腕にしがみつく小さな少女は平坦な声で返事を返した。

「霞〜、お前意味判って返事しているのかぁ〜?」

「はい」

 社霞。彼女も結局最後は、この地に残った。
 最後の駆逐艦が打ち上げられる直前、地下19階で脳髄シリンダーにしがみつき、乗船拒否を続ける彼女を武が必死に説得しているところに、夕呼が現れ、「なら、好きにしなさい」と言い放ったのだ。

 香月夕呼と社霞。オルタネイティヴ4の中核を担っていたはずの二人が地上に残り、果たして本当にオルタネイティヴ5は4の成果を引き継いでいるのか、という不安は残るが、武としては嬉しかった。

 そして、今夕呼が行っている『オルタネイティヴ6』。詳しい内容は知らされていないが、この計画では、夕呼、霞と並び、武自身が重要な役割を果たすのだという。

「これがうまくいけば戦況が一気にひっくり返るわ」

 という夕呼の言葉に勢いづき「わかりました。俺、なんでもやります!」と答えた武であったが、その役割というのが「霞と一緒に訳の分からない機械の箱の中で寝ること」というのは、さすがに予想外であった。

 まあ、夕呼の言動が、武の予想の範疇に収まったことの方が少ないのだから、当たり前といえば当たり前だが。

「良いから黙って寝なさい。出来るだけ、元の世界のことを思い出しながら、寝るのよ」

「……白銀さん」

「はあ、判りました」

 機械の蓋を閉じられた武は、そのまま素直に目を閉じた。同じことをすでに半年近く続けているのだ。さすがになれても来る。

 左腕にしがみつく霞の体温にドキマキするのは相変わらずだが、それでもしばらくすると眠りにつく。

「ふう、これでよし」

 機械の操作を終えた夕呼は、スチール製の椅子に腰をかけるとポットからコーヒーをカップに注ぎ、口を付ける。

「……ええと、私は何をやってるんだっっけ……? ……そうそう、オルタネイティヴ6ね。凧の名前が白銀武、糸の名前が社霞」

 ともすると脳裏から薄れそうになる二人の記憶を思い出すように、夕呼は右手の親指と中指で両こめかみを強く押す。

 武と霞が抱き合って入っているその箱は、夕呼が作った「物質を確率の雲の状態に戻す装置」である。

 本来、この世界の住人ではない白銀武を、白銀武としてこの世界に固定しているのは、白銀武を白銀武と認識する周囲の存在と、白銀武自身の意志だ。

 だから、周りの認識が薄れ、本人の意識が希薄になったとき、本来この世界の住人ではない白銀武は、元の世界に引き戻される。研究を進めれば、武を元の世界に返すことも不可能ではない。

 無論、夕呼が今やろうとしていることは、白銀武を元の世界に戻すことではない。それならば、社霞を一緒に入れる必要がない。
 
 そもそも、そう簡単にこの世界から向こうの世界に、人はたどり着けるものなのだろうか?

 いかに、世界に引っぱられるとはいえ、夕呼の唱える因果律量子論が正しければ、この世界は無数の平行世界が連なってできているのだ。この世界と、白銀武が元々居た世界が、隣り合っている保証がどこに有ろう。

 飛行機で北海道から九州に向かう際、本州の上空を通る必要があるように、異なる平行世界の『上』を通っている、と考えることができるのではないだろうか。そう考えたとき、香月夕呼はこの新たなる計画『オルタネイティヴ6』の発動を、日本国政府に打診したのだった。

 たとえて言うなら、無数の平行世界が「空」、武はそこに漂う「凧」、そして霞はその凧をこの世界につなぎ止める「糸」ということだ。「糸」である霞を装置の外に出せば、武は元の世界にまで戻ることが出来る。
 しかし、「糸」である霞を一緒に装置の中に入れることで、「糸」に縛られた武という「凧」は、この世界から飛び立ったは良いが、元の世界にたどり着くことができず、平行世界という「空」を漂い続ける。

 そして、この計画の目的は、その「糸」を通し、他の平行世界に「糸電話」の要領で『声』を伝えることにある。救援を求める『声』を。

(「……私たちの世界は今、宇宙人の侵略に晒され、滅亡の危機に瀕しています。……この声を聞いた人たちにお願いします……私たちを助けて下さい」)

 オルタネイティヴ6。それは平行世界に向けて放つSOS。

 あまりに荒唐無稽で、あまりに他力本願。そして、あまりに運の要素が強い計画だ。

 それは、香月夕呼自身が一番よく知っているだろう。

「運良く、社のプロジェクション能力を受け取る事の出来る力の持ち主がそこにいて、運良く、その持ち主が平行世界を越える手段を持っていて、運良く、そいつらがBETAに対抗できるだけの戦力を有している……一体どれだけの運が必要なのかしらね、この計画の成功には。まったく、天才が聞いてあきれるわ」

 夕呼は自嘲気味に笑う。

 夕呼もこのオルタネイティヴ6に全勢力を傾けているわけではない。むしろ、一度とん挫したオルタネイティヴ4の完遂こそが真の目的だ。

 そのために、危ない橋を渡り、帝国や国連、果てには米国とまで取引をして、この横浜基地の反応炉と『鑑純夏』をその手に取り戻したのだ。とはいえ、現在引っかかっている問題――半導体150億個からなる処理装置の小型化が、一朝一夕で成し遂げられるものではないことは、夕呼も認めざるを得ない。

 だから、オルタネイティヴ6なのだ。運任せの時間稼ぎでもあり、同時に切り札にもなりうる計画。

「これはこれはご謙遜を。いつも自信が服を着て歩いているような香月博士らしくもない」

 無人のはずの自室で、突如背後からかけられた声に、夕呼が驚きの声を上げることはなかった。代わりにため息をつき、振り返る。

「相変わらず、面会の予約もなく。帝国情報省の人間には、礼儀って言葉は存在してないのかしら?」

 嫌み満載の言葉を返し、振り返った先には、つかみ所無く笑う、帝国情報省外務二課課長――鎧衣左近の姿があった。いつも通り、帽子をかぶり、上等そうなスーツの上からロングコートを着込んでいる。

 警報も鳴らさず、この横浜基地最下層まで入ってきたことも、この男の場合、驚くには値しない。

 三年前、夕呼がオルタネイティヴ4の最高責任者だった頃から、この男は近所の公園に出向く様な気楽さで、ここに入ってきていたのだ。すっかり過疎化した、今の横浜基地のセキュリティなど、彼にとっては障子戸も同然だろう。

「違うと? では、まさか服を脱いで歩いているのですか? でしたら、散歩の時間を教えて下さいませんかな。ぜひ、エスコートをさせていただきますので」

「はいはい。低俗な冗談はいいから、本題に入りなさい」

 うんざりとした顔で、夕呼は椅子に腰をかけたまま、ヒラヒラと手を振った。

「わかりました。では、最近四川省の奥地では発見された新種の魚、モケケピロピロの生体について」

「用がないなら帰りなさい。私は忙しいのよ」

 冷たい夕呼の声にもまるで動じず、鎧衣左近はわざとらしく肩をすくめる。

「おや、興味ない? では、全く新しいアスパラガスの食べ方については?」

「忙しいって言ってるでしょ。これ以上下らないことを言うなら、本当につまみ出すわよ」

「近々『竹の花』が咲くようです」

 唐突に切り出した左近の言葉に、夕呼は一瞬で血の気を失い、沈黙した。

「…………」

「どうやら、我が国の軍部ももう後がない事を理解しているようですな」

『竹の花作戦』。

 それは、日本帝国が総力をあげて行う甲21ハイヴ――佐渡島ハイヴの攻略戦。

 ちなみに『竹の花作戦』という名称は、正式名称ではない。この作戦を聞いたとき、とある参謀将校が「この作戦が成功する確率は、竹の花が咲く確率に等しい」と言ったことに由来する。

「我が国にとっては、米軍の甲26ハイヴ攻略が、裏目にでましたな」

「…………」

 左近の言葉に、夕呼は唇を噛んだまま答えない。

 国連軍とは名ばかりの米軍は、G弾を用いての殲滅作戦により、これまで甲26、甲12、甲9の三つのハイヴの攻略に成功していた。無論、シベリア東部、フランス南西部、イラク西部を半永久的な不毛の地とする代償を払った上での成果だ。

 そのあおりを、一番食らったのが日本だった。

 甲26を落とされた残存BETA達の大半は、素直に最寄りの甲25ハイヴへと退却していったのだが、なぜかそのうちの二割ほどが、わざわざ海を渡って、佐渡島ハイヴを目指したのである。

 侵攻してきたBETAは、北海道に上陸した時点で、駐在の帝国軍が殲滅させたが、予期せぬ方向からの進軍は、帝国軍に少なくない被害をもたらした。北海道を放棄し、北の最前線を東北まで引き下げざるを得なくなるほどに。

 そして、縮小した軍事力は、今後の佐渡島ハイヴの間引き作戦にすら影響を与えるほどであった。

 オルタネイティヴ4を主導していた日本は、オルタネイティヴ5が発動した今、国際社会で孤立に近い状況にある。

 一応、国連軍に応援要請はしているのだが、「国連軍は現在重要な作戦の直中にある。誠に遺憾ながら、これ以上援軍に回せる余裕はない。現在、日本に駐在している国連軍は全て、日本の指揮下に組み込むことを了承する」というのが、国連の皮をかぶった米国の返答であった。

 白々しいことこの上ない。現在、日本に駐在している国連軍は、この横浜基地所属の軍のみであり、その大半は、日本帝国軍からの出向部隊なのだ。それは、事実上の「援助はしない」という宣告であった。

 現在も、国連事務次官、珠瀬玄丞斎が尽力しているが、その努力が徒労に終わることは本人も半ば承知の上だろう。

 間引き作戦とは、こちらの戦力の回復量が、ハイヴのBETA生産量を上回らない限り、いずれ破綻するものである。

 そして、現在の帝国軍の状況は、そのデッドラインを踏み越えていた。

 このまま、間引きと防衛を繰り返しても、待っているのは国家の緩やかな死。ならば、乾坤一擲、一か八か、ハイヴ攻略にかける、というわけだ。

 悪い判断ではないが、状況が悪すぎる。状況が悪ければ、最善の手を打っても、最悪の結果にしかならない。

「……正確な日時は?」

「12月20日、830開始とか。ちなみに総司令は紅蓮大将だそうです。やんごとなきお方直々のご命令だそうですな」

「ッ? 斯衛の総大将自ら!? 帝国も本気の本気というわけね」

 オルタネイティヴ5発動で、唯一プラスには働いたのが、将軍の権力強化と内政の安定だ。

 国内のオルタネイティヴ5推進派の中心人物たちが移民船団で旅立ち、残った者たちも大部分が、より安全なアメリカ本国へと亡命していったため、国内の風通しが非常に良くなったのである。

 無論、それでもまだ、私利私欲のために職権を乱用しようとする政治家や高官は絶えないのが現実だが、これ以上を望むのは非現実的というべきだろう。

「おっと、どうやら眠り王子と眠り姫が目を覚ましたようですな。では、私はこれで」

「ッ」

 装置のハッチが開く音に気を取られている隙に、鎧衣左近は姿を消していた。

「ったく、言いたいことだけ言って……あいつの礼儀知らずは一生直らないわね。ほら、白銀、起きた起きた」

「んー……。あれ?」

 夕呼は、まだ呑気に寝ぼけている白銀に、鬱憤をぶつけるようにして、乱暴にたたき起こす。

「はい、今日のあんたの仕事は終わり。ほら、起きたらとっとと帰る」

「ち、ちょっと、先生!?」

 起きたばかりで、まだ足下がふらふらしている武を、夕呼は容赦なく部屋の外に追い出し、ご丁寧に鍵までかけると、装置の中で上半身をもたげている霞に問いかけた。

「どう、社。なにか、手応えはあった?」

 装置が完成してから半年間、毎日のように行っている問いかけ。対する霞の反応もいつも一緒だ。すまなそうにうつむいたまま、小さく首を横に振る。

 だが、半ば確信して反応を待っていた夕呼の前で、霞は首を傾げると答えたのだった。

「……分かりません」

 いつもと違う反応に、夕呼はピクリと眉を跳ね上げる。

「分からない? つまり、何もなかったと断言できないと言うこと? なにか、あったのかも知れないと言うこと?」

 勢い込む夕呼の問いに、霞はゆっくりと思い出しながら、頷き返す。

「はい。なにか、私のSOSプロジェクションに、答える声を、リーディングした……気がします」

 なにせ、半ば夢の世界での話だ。確固たる確信はない。気のせいではないのか、と言われれば否定は出来ない。だが、「何かがあった気がする」のは、今日が初めてだ。
 
 霞の脳裏に浮かぶのは、金髪の女性が優しげに微笑むビジョン。両手を広げるその女性は、どう見ても成人しているはずなのに、なぜか自分より年下な気がした。

「そう。そうだと良いわね」

 珍しく夕呼は気遣うような口調でそう言うと、床に降りた霞の頭にポンと手を乗せる。

「はい」

 頷く霞の頭の動きにあわせ、黒いうさ耳が、ピョコリと揺れた。

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