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「Fate/ZERO 〜 桜な日々 〜 第零話「プロローグ」」
(第0部)[1/1]

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 人生とはろくでも無い事の繰り返しだ。私がその事に気付いたのは中学生の時。
 最初の不幸は父が交通事故に巻き込まれた事。パパが死んでしまったから悲しい、などと感傷に浸る間も無く、収入が途絶えたという事実が私達の生活を歪めた。
 両親は共に天涯孤独という身の上で他に頼れる人も居なかった。私と妹はまだ義務教育すら終えていない状態。母は生活費や私達の学費を稼ぐために風俗で働き始めた。そして、二つ目の不幸が襲い掛かって来た。
 母が失踪したのだ。最初は事件にでも巻き込まれたのかと思って心配したけど、実は新しい男が出来て、私と妹を捨てたというだけの事だった。
 取り残された私はまだ小学生の妹と共に途方に暮れた。選択肢は無く、私達は施設に送られた。幸いというべきか、役所の人が親切だったおかげで妹と離される事も無く、キチンとした施設に入所する事が出来た。
 とは言え、私達の生活は一変してしまった。どこから漏れたのかは分からないけど、母が風俗で働いた挙句、男と逃げた。その事実が私と妹を虐めの標的にした。何度か危ない目にもあい、妹はすっかり不貞腐れてしまった。髪の毛を金髪に染め上げ、悪い方へ転がっていった。
 中学を卒業し、私は施設を出た。高校に通わせてもらう事も出来たけど、学校や施設での虐めや妹の変わり様に耐え切れなくなったのだ。安アパートを借り、日雇いのバイトをしながら惨めに歳を取った。時々、施設に残していった妹が気になり、はした金を手に施設に顔を出すが、妹はお金を受け取るだけで口をきいてくれない。
 いつしか風俗で働ける歳になり、自然とその道に沈み込んでいった。最初は真っ当な風俗で働いていた。お金もそこそこ稼げて、妹にもたくさんお金をあげられるようになった。でも、その頃になると妹は私に対してゴミを見るような目を向けるようになった。母と同じ道を辿っている私を彼女は責めた。それでも、お金を受け取ってくれただけマシだった。
 普通の風俗で働くには厳しい年齢となり、非合法風俗で働くようになると、妹は私に縁を切りたいと申し出てきた。妹は立派になっていた。高校に通い、大学に通い、人並みの生活を送れるようになっていた。友達もたくさん出来て、私は彼女にとっての唯一の汚点になっていたのだ。
 お金を送る相手も居なくなり、私は抜け殻のように時を過ごした。何度も流産し、子供を作れない体になっても、延々と男と肌を重ね合い、受け取って貰えないと知りながらお金を妹の通帳に振り込み続けた。減らない残高を見ながら泣きそうになるのを堪えて家に帰る毎日。
 昔はそれなりに愛嬌があった筈の顔も年月と共に劣化し、今や化け物のような醜悪さ。生きているのか死んでいるのかすら分からない。

「寂しいな……」

 妹の写真を見つめながら楽しかった頃を思い出す。それだけが唯一の癒やしの時間。
 恋人も無く、家族との繋がりも絶え、仕事を貰えなくなり、病気になった。稼ぎは全て妹の通帳に振り込んでいるから病院に行くお金も無い。
 刻一刻と死に向かっている。苦しくて、辛くて、寂しくて、悲しくて、布団の中で悶え苦しむ。早く連れて行ってくれと死神に乞う。
 そして……、

「……お姉ちゃん?」

 霞む意識の中、なんだかとても懐かしい声が聞こえた。
 今わの際に人は過去の記憶を追想すると聞く。まさか、本当だとは思っていなかった。お伽話だと思っていた。

「……なっちゃん」

 最後の最後に妹の声が聞こえた。それがこれ以上無く嬉しかった。
 たとえ、これが単なる私の妄想の産物だろうと構わない。可愛くて、愛おしくて……、置き捨ててしまった妹の声を再び聞けた。それだけで幸せだ。

「……ごめんね、なっちゃん」
「待ってよ……。なんで、こんな……」

 どうしたんだろう。折角なんだからなっちゃんの楽しそうな笑い声でも聞かせてくれればいいのに、私の妄想は私の希望を叶えてくれない。

「待ってよ、お姉ちゃん」

 笑い声が聞きたいのに、泣き声が聞こえる。嫌だ。最後くらい、なっちゃんの幸せそうな笑い声が聞きたい。

「……幸せになって、なっちゃん。いつも笑顔でいて……」

 絶縁を言い渡された時、なっちゃんには恋人が居た。優しくて、将来有望な青年だと聞いた。なっちゃん自身も早々に就職先を決めていて……。
 もう、幸せになれている筈だ。私のはした金も彼女の幸せの一端を担えている事を願いたい。

「……止めてよ」
「なっちゃん……?」
「わ、わたし……、謝ろうと思って来たのに……」
「なんで……?」

 わけがわからない。なっちゃんが謝る事なんて、何一つ無い筈だ。

「だって、私はお姉ちゃんのおかげで高校や大学に通えたのに……。なのに……、わたし……」
「それはなっちゃんが頑張ったから……」
「お姉ちゃんがお金を出してくれなきゃ、無理だったよ。奨学金を貰える程、頭良くなかったし……」
「でも……」
「お姉ちゃん……」

 困った妄想だ。どうやら、私はなっちゃんに感謝されたかったらしい。謝ってもらいたかったらしい。こんな醜悪な心の内を知りたくなんてなかった。
 顔も醜い。心も醜い。まったくもって、最低だ。

「一緒に暮らそう」

 ああ、本当に醜い。未だに諦めきれていなかったらしい。なっちゃんと一緒に暮らしたい。自分から逃げ出した癖にまだそんな自分勝手な願いを抱いているとは……。

「大丈夫だよ。庄吾さんも良いって言ってくれてるの。むしろ、そうするべきだって」
「庄吾……さん?」
「覚えてない?」
「……覚えてる。なっちゃんの……」
「そうよ。私は庄吾さんと結婚したの」
「結婚……。なっちゃんが……」

 ああ、どこまでも度し難い。なっちゃんが幸福になっている事を妄想し、頬を緩ませる。まったくもって、馬鹿みたいだ。だけど……、

「おめでとう、なっちゃん。ああ、これで……もう……おも……すこ……い」
「お、お姉ちゃん!?」

 全身を温かい幸福感が包み込んだ。ゆったりと暗闇に落ちていく。なっちゃんが幸せになった。私の人生の目的は達成された。嬉しくて仕方が無い。全て、私の妄想かもしれない。このぬくもりも偽物かもしれない。だけど、今だけは……。

第零話「プロローグ」

 最初に思った事は"やった! 青春を取り戻せる!”だった。正直言って、そんな自分にガッカリだ。
 こんな事が起こるとは驚きだが、私は死後、新たに生を得た。しかも、裕福な家庭の次女だ。新しい母と父は美男美女で、父は厳格なれど、母からは溢れんばかりの愛情を注がれている。
 明確に前世の記憶を取り戻したのはつい最近の事だけど、私の心を占めているのは歓喜だ。
 未だ、男を知らぬ無垢な体。無限に未来が広がっている五歳という年齢。美男美女な両親から受け継いだ端正な顔立ち。何不自由なく暮らして行けそうな私財の数々。
 
「……なっちゃん」

 なっちゃんは幸せになった。なら、私は罪を濯げたという事だ。なっちゃんを一人、施設に残して逃げ出した罪を私は濯げたのだ。だから、今度は自分の幸せを手にする為に生きようと思う。
 好きな物を食べて、好きな物を飲んで、好きな服を着て、好きな人と恋をして、素敵な人生を歩む。この環境ならそれが可能な筈だ。人間の人生なんて、生まれた瞬間からほぼ決っている。私の二度目の人生は勝ち組ルートだ。

「よーし、今日も遊びに行くよ!」

 嬉しい事はもう一つ。なんと、今の私には妹ではなく、姉がいる。愛らしくて、優しいお姉ちゃん。母に甘え、姉に甘える。こんな人生を送れるなんて、死んだ甲斐があったというものだ。
 理不尽な暴力を振るわれない毎日。性病に怯える必要の無い毎日。妹に謝る毎日。母を恨む毎日。全てが過去になった。
 お姉ちゃんの手を引っ張って、私は太陽の下を駆け回る。はしゃぎ回る。ブランコに乗り、シーソーに乗り、砂場で城を作り、泥まみれになってママに叱られ、お姉ちゃんに庇われ、パパに呆れられる。
 幸せだ。間違いなく断言出来る。だから、油断した。
 人生とはろくでも無い事の繰り返しだ。知っていた筈なのに、忘れた振りをしていた。前の人生でも子供の頃は幸せだった。だけど、不幸になった。今が幸せでも未来まで幸せとは限らない。
 数年後、私は養子に出された。その時になって、漸く自分の立場を理解した。
 昔、客の一人がアニメやゲームについてやたらと熱心に語ってくれたおかげで理解出来た。
 アニメや漫画にもなってる人気のゲームソフトに『私』は登場している。魔術とか、吸血鬼とかが登場する所謂伝奇ノベルというもので、深く読み込むと結構面白い。私はそのゲームのヒロインの一人であり、一番難儀な人生を送っている子だ。
 私にそのゲームを紹介してくれた彼は実に奇妙な人物だった。何度か自宅のアパートに呼ばれ、セックスもせずに延々とアニメ鑑賞するだけの奇妙な時間を過ごした。お金もキチンと支払ってくれたし、世間一般からの評価は芳しくない彼だったが私にとっては上客だった。何気に彼から教えられたオタク関連の知識が仕事上でも色々と役に立った。
 正直、彼との時間は結構楽しかった。私を楽しませようと必死に頑張っている姿が愛おしくさえ映った。とは言え、所詮は客と娼婦。いつの頃からか彼が私を指名する事も無くなった。
 何はともあれ、彼から教わった知識は生まれ変わった今になっても役に立っている。

「……まあ、逃げられなかったわけだけど」

 溜息が出た。現状をほぼ正確に把握する事が出来、私は全力で逃げ出した。そして、捕まった。私の新しい父はなんと魔術師なのだ。私がどう足掻いても父に屋敷へ連れ戻され、最終的に養子に出されてしまった。そして、新しい家に着くなり、その家の秘密の地下室に連れて行かれ、ペニスの形をした無数の蟲に集られ、二度目の処女を失った。しかも、前と後ろ両方を同時にだ。
 さすがに痛くて、初日はそれなりに泣き叫んだりもした。折角生まれ変わったのに、またこういう人生を送るのかと悲観もした。けど、一夜明けると冷静になれた。なにせ、前の人生でも中学で既に処女を捨てて、お金のために色々やってたから、今更初心を気取るつもりもない。
 蟲も最初はゾッとしたけど、あまりにもペニスにそっくり過ぎて、逆に平気だった。問題なのは蟲よりそれを操ってる方。彼らも父と同じく魔術師なのだけど、中々に気性が荒い。鍛錬と主張しながら激しいSMプレイを強要してくる。

「……はぁ」

 でも、生前も似たような――蟲は居なかったけど――生活を送っていた時期があったし、少なくとも食事はちゃんとした物が貰えた。ベッドもふかふか――ちょっとパリパリしてる所もあるけど――で快適だし、欲しい物があると言えば、大抵揃えて貰えた。
 体を売って、欲しい物を手に入れる。生前と全く同じライフスタイルだ。まあ、体はまだ小学生の身なのだけど……。

「お姉ちゃんは元気かな」

 新しく出来た姉。こう言うと果てしなく矛盾を感じるけど、とにかく彼女は可愛い。昔のなっちゃんを思い出す。まあ、なっちゃんはずっと可愛かったけど……。
 彼女を思うと溜息が出る。今度こそ、嫌われずに仲の良い姉妹として共に大人になりたかったのに、また大事な姉妹を置いて出て行き、娼婦みたいな事をしている。まあ、今回は私の意思と関係なく強制だったけど、やっぱり溜息が出る。
 
「……桜よ。時間だ」

 新しく出来たお爺ちゃんが呼びに来た。

「はいはーい! 今行きまーす!」

 とりあえず、今は大人しくしていよう。どっちにしても、今の私に出来る事なんて何も無い。
 でも、幸せになりたい気持ちは失ってない。計画は練ってある。彼から教えてもらった知識を総動員して、この生前と同じ道を突き進んでいる現状を打破する方法を考えている。
 とりあえず、令呪とやらが浮かぶよう、毎日必死にお祈りしておこう。望む者の下に令呪は現れるらしいから、願ってればきっと貰える筈だ。貰えなかったら……、十年後に出会う予定の正義の味方な男の子に期待するとしよう。

――――聖杯さん、聖杯さん、私に令呪を下さいな。

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