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「a prologue」
(第1部)[1/1]

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 セイバーが宙に舞う。
 光の奔流に巻き込まれ、そして地面に叩きつけられた。
 血の塊を吐き出すセイバー。
 地面との衝撃によって鎧が砕け、左肩が露出している。

 俺は、そんな彼女を呆然と見つめ続けることしか出来なかった。

「セイ、バー?」

「――――ふん。
 我の一撃を相殺することも出来んとはな。拍子抜けだぞ、セイバー」

 その声に顔がそちらに向かう。
 俺の視線の先には金色の甲冑に身を包んだ英雄王――ギルガメッシュがいる。





       Fate/stay night  
              -Imitation Saber-





 ……なんで。
 なんで俺はセイバーを止めなかったんだ。

「セイバー! セイバー! セイバァーッ!!」

 必死にセイバーに呼びかけるが、口がからからに渇いて声が出てこない。

「……シロ、ウ……? そこに、いるのですか…?」

「――――セイバー!?」

 セイバーは目を開けている。だというのにその瞳は俺を捉えていない。
 もしかして、目が……?

 俺の声に反応して視線がこちらに向くが、俺に焦点が合っていないのが一目でわかってしまった。
 セイバーの視線は宙を彷徨ったまま、不安げに俺を探そうとしている。

 俺が……俺が本気でセイバーを止めていれば……。
 令呪でもなんでも使ってセイバーを止めていればっ!

 ギルガメッシュに会った時、その時から嫌な予感を俺は感じていた。
 いくらセイバーでもアイツだけには敵わないのではないかという漠然とした予感。
 それに、セイバーは先のバーサーカー戦で魔力を消費してしまっていて、万全ではなかった。

 ……全部俺の所為だ。
 魔力の供給ができないのも、セイバーがこんなに傷だらけになっているのも!
 全部、俺の所為で!

「ふん。雑種、貴様ごときに獅子を任せることは出来んな」

「――っ!!」

 悠然とセイバーに歩み寄っていくギルガメッシュ。



「ぬっ?」

 突然ギルガメッシュが足を止める。
 その視線を辿っていくともちろんそこにはセイバーの姿。

 そこで俺もようやく気づいた。
 セイバーの存在が不安定に揺らいでいる。
 色が薄れ、俺の感覚が目に見えているセイバーを無いものとして感じ始めてしまっている。

「加減を違えたか。
 …………だがこの程度も耐えられんとはな。少しばかり買いかぶり過ぎたようだ。
 充分すぎるほど手加減をしたつもりだったのだがな」

「…………」

 先ほどまで俺のいる方に向かって開かれていた瞳もいつの間にか閉じられている。
 俺やギルガメッシュの言葉に対しての答えも既にない。
 このままでは、セイバーが消えてしまう。

「そんなこと、させてたまるかっ……!」

 セイバーを助ける!
 俺の命に代えてでも、目の前のセイバーを助けてやる!!

 身体に残った魔力を回し、無理矢理立ち上がった。
 同時に頭にガツンッ、と撃鉄を下ろす。
 傷ついた身体を無理やりに奮い立たせ、持てる最高の速度でセイバーとギルガメッシュの間に立ち塞がった。

 残った魔力を全て魔術回路に回す。
 どうにも……これが最後の投影になりそうだ。
 脳が焼けていく感覚。
 遠坂が言っていた体の保障がきかないというのはきっとこれのことだろう。
 ――だがそんなことを言っている場合じゃない!
 この俺の身体がどうなろうと……セイバーをっ!!

「――――投影、開始」

 早く! より早く!!

 ――不意に、気に食わないアイツの顔が浮かぶ。
 次々と宝具と呼ばれる武具を作り出し、ランサーと闘っていた赤い男を。
 バーサーカーを足止めする前のアイツの言葉が脳裏で蘇る。

 ――――お前は闘う者ではなく、生み出す者にすぎん

 今ならアイツの言葉の意味が、分かる気がする。
 アイツに出来て、俺に出来ない筈はない。
 きっとあいつは■■の俺なんだから――――!

 アーチャーのように。
 そう、アイツのように作り出せ!


 俺の左手に握られるセイバーの、有り得ないはずの剣、「勝利すべき黄金の剣(カリバーン) 」 。
 剣に込められた様々な経験。それごと投影し、顕現させる。
 カリバーンを両手で構え、ギルガメッシュを迎え撃った。

「……退け、雑種。我は機嫌が悪い」
「セイバーを守る。俺はセイバーを迎えに来たんだっ!」

 ギルガメッシュの言葉に答えを返さず、鼓舞するように自分に言い聞かす。

 カスカスになった魔力を体に回し、左足で大きく踏み込んだ。
 その勢いのまま、俺を見下ろしているアイツの腹部に向かって大きく横に払う。

 金属同士がぶつかる甲高い音が空に響いた。

 ギルガメッシュはいつの間にか宝具であろう剣――装飾こそ簡素であるが膨大な魔力を秘めている――を右手に持ち、俺が振るったカリバーンを容易く弾き返したのだ。
 宝具戦ならばともかく接近戦に持ち込めばと思っていたが、あいつも常人と比べられないほどの剣術を持っているようだ。
 だが、それでもセイバーほどじゃない!

 俺だって剣の名を冠す英霊に鍛えられたんだ!
 簡単にやられるわけにはいかない!

 攻める攻める攻める――――!
 全力で目の前の相手に向かって剣を振るう。
 それは全てギルガメッシュの鎧へ届く前に防がれてしまっている。けれど、この気持ちだけは負けちゃいない!

 大きく弾かれた所でギルガメッシュが後ろへと退いた。
 それはたった一足。だというのに、ヤツは優に五メートル程の距離を跳躍した。

 ようやく生まれた空白に、荒く息を吐き出す。
 軽く痺れている右手でしっかりとカリバーンの柄を握りなおし、ギルガメッシュを睨みつける。

 セイバーに鍛えられた剣術と、剣に投影した経験からか拮抗状態まで持っていけた。
 ギルガメッシュも表情こそ変わらないが明らかに身体から怒りを滲ませている。
 思い通りにいかない事が何よりも気に喰わないのだろう。

「―――殺すか」

 ギルガメッシュが一言呟くと右手を真横に伸ばす。
 背後の空間が歪み、一本の剣が現れてその右手に収まった。

「なっ!?」

 それは……見覚えのある剣。
 細部こそ違うが俺が左手で握っている剣と根底を同じくしている。
 だが目に映るその剣は余分な装飾などなく、その作りに作り手の意思や、担い手の経験が感じられない。

「まさか……!?」

「ふん、いかな雑種といえどわかるだろう。
 魔剣、グラム。其の原型である原罪(メロダック)」

 言うや否や俺に向かって振り下ろされる魔剣。
 持ち主の危機を察知し、守るように返す剣――カリバーン――。

  砕かれる。

 ガラスの割れるような音が公園に響き、その一撃でこの手の幻想は粉砕かれてしまった。


 手に握っていたカリバーンは折れた。自然とその存在は靄となって消えていく。
 襲い来る衝撃を全く殺せず、身体が浮遊感で包まれた。
 ゆっくり、ゆっくりと視界が回る。

 体が地面に当たり、ギシギシと嫌な音を立てて軋むのがわかる。
 異様に軽くなった身体は地面に削られながらスピードを落としていった。


 ようやく、体が止まった。
 もう、あちこちが痛くて、体の何処が無事なのかもわからない。
 痛みを堪えて目を開けると、直ぐ横にはセイバーがいた。

 セイバーは動かない。
 直ぐ横なら俺が地面を滑っていた音も聞こえるだろうに、何も反応がない。その顔からは生気というものが感じられない。
 横たわり、意識もないのだろう。 体は透き通って今にも消えてしまいそうに見える。


 守りたい。
 望むことはひとつだけ。
 だけど、俺の体はもう駄目だ。

 立ち上がれない――――なにせ、下半身がない。
 遠くに落ちている俺の半身が見える。
 立ち上がってヤツの前に立ちふさがることも、もう出来なくなってしまった。


 セイバーに手を伸ばす。


 ―――彼女を守りたい。

 俺の剣となり、奔走してくれた彼女を。
 俺の盾となり、多くの危険から守ってくれた彼女を。
 俺を鍛え、共に闘ってくれた彼女を。

 ―――俺の全てを懸けても、守りたい。

 ただ、ただそれだけを願う。

 願うだけでは、駄目だ。
 なんとかなれ、ではなく、なんとかしなければならない。
 この体が動いてくれないのなら、何か――――

 だが、既に体に魔力は残ってない。


 ――――魔力がないのなら……!

 ギチギチと体が音を立てる。
 投影で作り出したまともなものは剣しかなかった。
 だけど、俺の中にあるものならば、きっと。

 体の、心の、衛宮士郎の中にあるものに手をかける。

 この世は全て等価交換。
 魔術にも代替するものが必要だ。
 簡易魔術なら魔力。
 大きな魔術には工程、時間、触媒、知識とどんどん増えていく。
 魔力も残っていない俺に残されたものは――――。


「なんだ? 雑種が。今更何を足掻こうと……」

 衛宮士郎の体が光を発し、作り換わっていく。
 形成すものは――――鞘。『全て遠き理想郷(アヴァロン)』。
 鞘は光り輝き、セイバーの中に埋もれていく。
 途端にセイバーは実体を取り戻し、傷は消え、体を包む鎧が修復されていく。


 そして……彼女は静かに目を開く。






「これは……何が起こった?」

 ギルガメッシュにも事態がどうなっているのかわからない。

 わかったことは衛宮士郎が消え、倒れていたセイバーの中に取り込まれたこと。
 そしてその死に体だった筈のセイバーがゆっくりと起き上がったこと。……結果、セイバーを包む衣服が”紅く”なったこと。


「ふん。まぁ、いい。このままではセイバーが消滅してしまうところだったからな。
 雑種もこうして王に報いることが出来たとあれば本望だろう」


 自然と口が笑いを象る。

 嬉しい誤算、といったところか。
 セイバーの「約束された勝利の剣(エクスカリバー)」の出力が想定していたよりも1ランク弱かった。
 それ故に危うく葬ってしまうところだったが、我としてもセイバーが消滅するのは本意ではない。

 見たところ目の前のセイバーにはマスターとの”ライン”が繋がっていない。
 さっさとセイバーを捕らえ、クーフーリンとかいう輩を聖杯に吸収させなくては。

 それには……

 セイバーに一直線に向かう。

 ……やはり弱らせなくてはなっ!!

 手に持つは竜殺しの魔剣。
 竜の因子を持つセイバーにとっては天敵といってもいい剣。
 体を斜に構え、右手で握ったその剣を大きく巻き込み、射程距離に入ると同時に斜めに大きく薙ぎ払う。

「ぬっ?! 打ち返す体力が戻っていたか」

 甲高い音が耳に障る。グラムは、振り切る前に何かによって止められた。
 見るとそれは「エクスカリバー」。
 グラムと逆の軌道を描き、打ち返してきたのだ。
 そして刃を合わせたままそのまま力比べになる。
 がりがりと嫌な音が耳に残るが、それも長くは続かなかった。

「なんだとっ!!」

 拮抗していたかに思われた鍔迫り合いはセイバーが押し始めた。
 先ほどまでとは違い、数十倍もの大きな魔力がエクスカリバーから放たれている。
 セイバー自身の魔力量も充分あるのだろう。でなければ傷や鎧を一瞬で修復するなど出来るはずもない。

「チィッ!」

 後ろに下がり間を取る。
 自然と眉間に皺が寄るのがわかる。

 まさか、日に二度これを使う羽目なるとはな。

 グラムを「王の財宝(ゲートオブバビロン)」に放り込み、乖離剣・エアを取り出す。
 魔力を流すと剣の上下が回転し、持ち主であるギルガメッシュの怒りを表すように辺りに魔力の渦が迸る。
 そして、エアに呼応するように輝き始める、セイバーの握るエクスカリバー。


天地乖離す(エヌマ) ――――
    「約束された(エクス) ――――

――――開闢の星(エリシュ) !!
    「――――勝利の剣(カリバー) !!


 強大な光が押しては引き、引いては押す。
 すっかり暗くなっていた周囲を真っ白な光が照らす。
 周囲には衝撃波が起こり、周りの木々が軒並倒されていった。

 時間にしては数秒。
 せめぎあっていたエネルギーは相殺され、霧散していった。

「――なん、だと?」

 我のエヌマ・エリシュを相殺させたとでもいうのか?
 信じられぬ。
 相手が彼の英雄、アーサー王だとしても、たとえ万全の状態だったとしても。
 我のエヌマ・エリシュを打ち消せる道理などはない。


――――■■、■■


 ズ……と静かに体を何かが通り過ぎて行った。左肩から右わき腹に熱を感じる。

 切られた、のか。

「それは……砕いた、はず――――」

 セイバーの手に握られている剣はカリバーン。
 もう既に、彼女の所有物ではないその剣――――永遠に失われた筈の剣。
 そしてそれは、衛宮士郎がいなくては存在し得ない幻。

 光がギルガメッシュの体を塗りつぶし、消滅させた。






「っ、はぁっ!」

 脱力し、思わずに片膝をつく。 魔力不足による脱力感、にしては度を越えている。
 どちらにせよ、体に残る魔力が一切合財なくなっていた。

「それにしても―――この体は……?」

 身体能力が先ほどまでとは段違いだ。

 手を見ると手甲。
 服こそ紅いが紛れも無くこの体はきっと――――

「セイバー、なのか」

 なんで衛宮士郎がセイバーになっているのかはわからない。
 だけど

「考えている暇も無い、ってか」

 魔力を使い切った所為だろう。
 体が段々と透き通っている。



 助けたくて、出来ることをしたのに。
 結局、身近にいるセイバーを助けることさえ、俺には出来なかった。
 共に参加した聖杯戦争、決断を誤った衛宮士郎はここまでだろう。
 …………いや、聖杯戦争だけでなく。この命も。

 意識が朦朧としてきた。
 まぶたが勝手に下がってくる。
 俺の体となっているセイバーの手は、向こう側が透けて見えていた。



 ただ、助けたかった……。
 一緒に闘ってくれた彼女を。
 守りたかった……。
 自分の持てる全てで。

 出来なかった。
 ただ、そのことが悔やまれる。



 目を閉じると目の前に広がるのは丘。
 空は一面夕焼けのように赤く、雲は千切れてながらも目に見える速度で流れていく。

 そして、どこまでも果てしなく、起伏の無い地面が広がっている。
 何も無いわけではない。
 無数の武器が地面に突き刺さっていて、抜かれるのを今か今かと待っている。
 誰かの声が赤い空に微かに響き、消えていった。


 その真ん中で俺は安心する。
 何故だかこの味気ない世界が俺にとって、とても居心地がよかった。



「セイ、バー…………」

 そして世界は暗転する。


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