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「一話(改)」
(第1部)[1/1]

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 ――まだ暑さが残る九月の終わり。


 私、岸谷 伊織(きしたに いおり)はその強大な暴力に成す術もなく死亡した。――享年19歳、早過ぎる死だった。

 大学からの帰り道で、凶悪なまでの質量を持った物体に跳ね飛ばされたのだ。

 俗にいう、10tトラックの事である。

 昔から運がない方だと思っていたけどこんな最後を迎えるとは予想出来なかった。本当に。
 トラックに撥ねられるとか漫画以外で許されちゃ駄目だろ普通。あの運転手の野郎顔を覚えてたら、末代まで祟ってやったのに。


 無論、こちらに向かってきたトラックを見て暫し呆然としてしまったが、すぐに我に返りトラックを避けようとした。でも避けようとした先にも人がいて、避けるに避けられずそのままグシャリ。とてもじゃないが子供には見せられない状況になりましたとさ。

 多分その人も事故に巻き込まれたんだろうなぁ。私が言えた義理じゃないが運の無い人だ。



 でも即死だったからよかったものの、下手に生き残って全身不随とかになっていたら、それこそ死ぬより辛い筈だ。
 思うように身動きできないというのはそれだけで苦痛らしいし。以前手首を骨折したことがあったがそれだけでも十分にストレスを味わった。……うん、怖いから深く考えない事にしよう。

 どうでもいい話だが、人は死ぬ前に走馬灯を見るっていうけどそんなの全然見なかったなぁ。走馬灯を見るほど、価値がある人生を送ってきたつもりは無いが、すこし寂しいものがある。何となくだけれど。


 ……いや、でも今思い起こすと碌な人生じゃなかったなぁ。正直悲しいくらいに友達少なかったし。

 片手で足りる人数って悲しすぎやしないか? しかもその大半が性格が悪いときたものだ……。唯一の癒しは一つ上の先輩くらいだった。まぁあの人もかなりの際物だったけど。

 まぁ人付き合いが下手なのは自分の性格の所為だし、改善できなかった私が全部悪い。でも、分かってはいるけどやりきれない。

 ――人を前にすると過剰に緊張してしまう。上手く話せなくなり、表情すら乏しくなる。……そう、立派なコミュ障だ。

 それに数少ない友人でさえ『閣下』とか『歌姫』とか絶対後ろに(笑)が付いてる中二病全開なあだ名で私の事呼ぶし、これなんてイジメ? って感じの扱いをしてくるような奴らだったしなぁ……。私別に弄られキャラじゃないはずなのに。対人関係に至るまでハードモードとか本当にシャレにならないんだけど。


 まぁ別に性格だけが問題というわけでも無い。 

 別に容姿が心底酷いと言うわけでも無く、性格が死ぬほど悪いというわけでも無い。ただ何というか、その、私の『目』はどうやら人に威圧感を与えてしまうそうだ。

 ……昔からずっと不思議に思っていた。初めて人と会う時に、目線を合わせて挨拶をしようとすると、誰しもが不自然に硬直し挙動不審になるのだ。解せぬ。

 自分で鏡を見る分には、別に目力が凄いってわけでもないんだけど、何故か他人からだとそうは見えないらしい。何故だ。

 みんな碌に視線をあわせてくれないし、あっても直ぐに逸らされるし、親にすら死んだ魚みたいな眼だとか殺し屋の眼だとかボロクソに言われてたしね!

 ……我が親とはいえ一切の容赦がないな。しかも悪気がなく本気で言っているから余計に性質が悪い。

 正直これじゃ、私がコミュ障になるのは必然だったのかもしれない。
 だって目があった瞬間、「あ、やべっ」って感じに顔を背かれるのは結構辛いものがある。心が折れて引きこもりにならなかっただけマシかもしれない。

 まぁ家族仲が悪いってわけじゃないんだけどね。あれがあの人たちなりのコミュニケーションの取り方なんだと思う。そう思いたい。
 でもよくあんな親から私の様な品行方正な子供が生まれたものだ。グレなかったのが奇跡だな。


 そういえば高校の時に廊下で不良。そう、地元で名を馳せていた、不良の中の不良と言っても過言ではないような人がいたのだ。
 その人と学校の廊下で目があったときも、何故だか不良の方が、頭を下げて無言で道を譲ってきた。……意味が分からない。初対面だったのに。

 そのとき周りにいた生徒たちも何故か「ああやっぱり」とでも言いたげにこちらを見てきたのを今でもよく覚えている。ひどい誤解だ。


 ……それからだ、私が影の番長だなんて噂が学校中に広まったのは。
 影ってなんだよ影って。私は影も表もなく何時だって清廉潔白だよ! ゴキブリだって殺せないくらいに真っ白だよ!

 全く、私はどこからどう見ても非力な少女じゃないか、心外だ。

 因みにこの事を友人に話したら思いっきり鼻で笑われた。……私だったら何をしてもいいってわけじゃないんだぞ? 普通に傷つくわ。


 名誉の為に言っておくけど私は別にあの不良さんに何もしていない。チキンな私が不良をどうこうする度胸なんてあるわけないし、関わる理由もない。


 それなのに学校の廊下や街で別の不良達と遭遇すると、怯えた様に逃げられるようになった。私は猛獣か何かなのか?

 ……ていうかガセねただよ? ただの噂だよ? なんで君等そんな簡単に信じちゃうの? 君たちの頭の中に詰まってんのはプリンか何かなの? ―――という言葉が喉元まで出かかったけど、言う前にみんな目の前から消えてしまうので口に出す機会が無かった。

 そんなに私の何が怖いのだろうか。体型は普通の女の子で非力そうだし、彼らが恐れる要素無い気がする。そんなに私の目がヤバいのだろうか。自分じゃ分からないから何とも言えない。

 それに、まだ目だけならば欠点の一つくらい誰にでもあると納得できていたのかもしれない。


 だが神様という奴は私が考えているよりも存外おちゃめな性格をしているらしく、ダメ押しに厄介な性質を私に押し付けていった。





 私は、――――歌が下手なのだ。


 それも下手と言うレベルではない。むしろあれは公害と言っても過言ではない。

 なので私は周りの人々から『歌唱』という行為を全面的に禁止されている。学校行事の合唱すら先生公認で免除されている。これは酷い。


 ――そう、受難の始まりは幼稚園の合唱の練習の時だった。



 練習の最中、大勢の前で歌うのが恥ずかしくて声が出せなかった私に、痺れをきらした若い先生が、みんなの前で一人で歌うように言ったのだ。ある意味イジメである。

 私はもちろん精一杯拒否したけど先生は聞き入れてくれなかった。

 練習を中断させられ、苛立ち始めたみんなからの《さっさと歌え》という無言の重圧に耐えられず、私は震える唇を開いた。




 ――――そこからの先は、断片的にしか思い出せない。



 上がる悲鳴、クラスメイトの泣き叫ぶ声、ひたすら私に謝り続ける先生。




 ……地獄絵図ってああいう事を指すのかもなぁ。



 友人曰く、「上手いとか下手とかそんなんじゃなくて、なんか吐き気がする」らしい。
 その時の友人の顔はいまだかつてないくらいに真顔だった。普通に凹む。

 ……自分では結構うまく音程をとれてると思うんだけどなぁ。声自体がいけないのかもしれない。それともビブラートか何か? 解明したらさぞ協力な音響兵器になるかもしれない。……あ、自分で言っててへこむな、これ。







 ……ゴホン、話が逸れた。

 思い出せるのが黒歴史しかないってどういう事なの。むなしすぎる。





 つまり何が言いたいかっていうと、私はちょっと特殊だったかもしれないけど、平凡な一般人な訳です。
 ええ、平凡な。ここ重要。テストには出ないけど。


 ――それなのに何故、私はこうして自我を保っているのだろうか?


 普通に考えれば、死んで幽霊になったとか実は生きていたというオチなんだと思う。





 だが、何故か感覚のある自分の手を目の前にかざしてみると、白くて小さな子供特有のぷにぷにした手が目に入った。


 その事実が嫌でも現実を私につきつける。

 ……これは明らかに実体だ。

 ちゃんと動くのかどうか一人ジャンケンをしてみたが、問題なく私の意思で動く。

 という事はつまり、この小さな手は私のものというわけで……。




 えー、気を取り直して現状再確認、いきます。



 私、岸谷伊織(故)はどうやら幼女に転生をした模様です。




 ……。



 ………………。



 ………………………。



 ……え、夢落ちじゃないの?








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