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「Re:ライダーの慎二観察日記 〜解答編〜」
(第1部)[1/1]

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***


 数時間後。
 やはり一抹の不安を覚えたのでしょう、ゾウケンという老人に呼び止められ、クラス名やら真名やら今後の作戦やらについてあれから色々と語り合った私達は、二人で住宅街の長い坂道を下っていました。
「マスター。…いくつか、確認しておきたい事があるのですが」
「何だいライダー」
 前を歩く背中はご機嫌そのものといった様子です。これならば何を聞いても怒らないかも知れません。
「先程の、“僕は魔法使いなんだ”という発言ですが――」
「うん? 何だよライダー、まだ信じられないのか?」
「――精神病院に行く気はありませんか?」
「ないよっ!!」
 肩を怒らせて足を速めるマスター。…ああ、しくじりました。ある種の病では、自分の事を病人と認める病人は存在しないんでしたね。
 私は苦労して柔らかい笑みを浮かべ、優しく語りかけます。
「マスター。貴方はちょっと、心が疲れているだけなんです」
「健康だよ!これっぽっちも疲れてなんかないよ!」
「ちょっと長椅子に横になって、軽いお薬を飲めばそれだけで――」
「ああもう、うるさいライダー!僕を信じろ!令呪使うぞ!?」
 霊体化した私が見えないためでしょう、落ち着きなく周囲に視線を走らせながら偽臣の書を抱き締めるシンジ。
 そんな情けない事に令呪を消費するマスターは聖杯戦争の歴史中にも存在しないでしょう。
 軽く頭を振って、私は譲歩する事にしました。
「…落ち着いて下さい。私は貴方の味方です、マスター」
 その一言で、シンジはようやく精神的な症状から回復しました。
「…貴方の言う事を信じます。ですから、マスター。その魔法とやらを使ってみてください」
 的確に矛盾を突いた私の言葉に、シンジは明るい笑い声を響かせます。
「今はまだ無理だよ、ライダー」
 ……。
 今日はMPが足りないのでしょうか。
 私は軽く頭を押さえました。
「マスター。ひょっとしてその魔法とは、敵全体に百以上のダメージを与えるというものですか? イオナズンですか?」
「…はあ? 一体何の話だいライダー?」
「――いえ。忘れて下さい」
 私はそっと奥歯を噛み締めました。
「…?」
 不思議そうな顔のシンジ。これではまるで私の方が馬鹿みたいです。
「――まあ、そんなに知りたいって言うんなら教えてあげるよ」
 仰々しく手を広げ、シンジは勝手に語り始めました。


「――ライダー。
 僕の魔法はね、“聖杯を手に入れる”という事なんだ」


 坂道を駆け下りた風が、海草めいた前髪を揺らしていきました。
 その磯臭い笑顔を見つめて、私は考えます。 
 …聖杯を手にすれば、どのような願いも叶うでしょう。
 …それは魔法とも呼べる万能の力。シンジとて例外ではありません。
 …しかし、聖杯を手に入れる事こそが“魔法”とは、一体…?
 ――ああ。
 ――そうか。
 納得し、私は愛すべき我が主人に向かって、優しく微笑みました。


「…ええ。
 その通りですねシンジ。
 貴方が聖杯を手にする可能性自体が、確かに“魔法”――奇跡のようなものですね」 


 シンジはそれから約20分間に渡って大変怒りました。
 霊体化した私に喚き散らすその様は傍から見ればただの危ない少年ですが、私はこれを機にシンジが精神病院へと連れ去られれば好都合と考えたため黙って見守っておきました。
 散々怒鳴り散らした挙句(少なくない通行人からの冷ややかな眼差しを浴びまくった挙句)、呼吸困難に陥った慎二はようやく落ち着きを取り戻しました。
「ハア…ハア……もう…いい。ライダー…とにかくお前は、黙って僕についてくりゃいいんだよ…! 来い!」
 軽くチアノーゼの出た顔を背けて、シンジは坂を下ってゆきます。
 住宅地でこれだけ騒いだのに精神病院の車が迎えに来なかった事に軽い失望を覚えつつも、私はその背中を追う事にしました。


 * * *


 広い車道に出、行く手に山の見える方向へと坂を登ってゆきます。
 ゾウケンに指示された作戦目標とは正反対の方角です。
 肩を怒らせたまま、ずんずんと進んでゆくシンジ。
 足音もなくついてゆく私。
 ――正直、別にこのままの関係でも問題ないとは思うのですが、怒らせたまま放置しておくというのも大人げない行為です。
 加えて、道が違う事も気になります。
 私はほんの少しだけ歩み寄りを見せる事にしました。
「マスター。ゾウケンの指示とは異なる方角に進んでいるようですが」
「こっちでいいんだよ」
 振り返りもせずに答えるシンジ。まだ怒っているのでしょうか。正直大人げないです。
「…マスター。ゾウケンの指示は“サクラとシンジの通う学校に結界を張れ”でした。学校は正反対の方向ではないかと思うのですが」
「その前に少しやっておかなきゃいけない事があるんだよ」
 やっておかなきゃいけない事。今この状況下で、聖杯戦争以上に優先しなければならない事なんて果たして本当にあるのでしょうか?
「ああもう!だからさライダー、マスター狩りだよ!」
 シンジは傍らの電柱に向かってキレました。(私が見えないので)
「…はい? マスター、ですか? 魔術師でもないシンジが見つけたのですか? …本当に?」
「何だよその疑いの眼差しは!?」
 見えてもいないのに敏感に察知されました。器用な事です。
 ここで本当だ本当だと喚いても全く信じてもらえず先程の焼き直しになると解ったのでしょう。シンジはいかにも不平そうに事の顛末を話し始めます。
「――今日さ。学校で後藤って奴が僕に言ってきたんだよ。
 “てえへんだ間桐の兄貴ー。昨日、お山まで遠征して新しいランニングコース開発してたら山奥にある廃屋から声が聞こえたんすよー。もうすっげえ怖かったけど勇気とかあと色々な気を出して覗いてみたら、なんとそこには外人のカップルが(以下略)してたんすよー。もう許せねー。兄貴ぃー。穂群原三大仏敵を総動員してあんな外人きっちりシメて下さいよー”…ってね」
 シンジは何やら得意そうに指をくるくると回します。
「さてライダー。この情報から読み取れることは何だ?」
「…はあ。そんな会話を交わす貴方達が馬鹿だ、という事ですか?」
「違うよっ!」
 シンジは通行人の奇異の視線を浴び、コホンと咳払いを一つ。
「いいかいライダー。この街ではあまり外人の姿を見る事はないんだ。この時期に見かけるとしたら、それはつまり他所からやってきた魔術師だと考えた方がいい」
 …何だかえらく短絡的な発想のようにも思えますが。ただの外国からの旅行者の廃屋マニアかも知れませんし。
「…。そんな奴いるかよ。それに、柳洞寺の近くって話だしね。家の書庫でちょっと知った事なんだけど、あの寺にはサーヴァントの侵入を拒む結界があるらしくて、入り口も限られてる。中に入りさえすれば要塞として使うにはもってこいだろうね」
 …はあ。つまり。廃屋にいたその外人のカップルというのは、リュードージとかいうその結界を何らかの理由で窺っている、マスターとサーヴァントである、と。
「まず間違いないだろう」
 シンジはニヤリと笑いました。
 私は(透明であるのをいい事に)頭を抱えます。
「…マスター…。サーヴァントがそのゴトウとかいう人間の接近に全く気付かない上、生かして返す…なんて事が本当にあると思いますか?」
「そりゃ、幾らでもあるんじゃないの?」
 さも平然そうにそう言ってくれやがりましたシンジは、何やら指を折りながら数え始めます。
「可能性としては…
 1.サーヴァントの能力が低い。
 2.サーヴァントが戦闘向きではない。
 3.全くの一般人に対しては反応しないような防護を張っていた。
 4.色々な事情でそれどころではなかった。
 …まあ、あの辺りは人気がないからね。対一般人の警戒は本来あまり必要ない」
 いや、そうじゃなくて。
 目撃者を恐れるというのは魔術師の原則のはずなんですが…。
「うん。穂群原の広告塔みたいな後藤に見つかるなんて、馬鹿なマスターもあったもんだよね」
 いえ、馬鹿は貴方です。シンジ。
「…それで。その外国人がマスターだと仮定しところで、貴方は一体何をするつもりですか?」
 私の問いに、慎二は不思議そうに眉を寄せました。
「何って。決まってるだろ?」
 ずっと脇に抱えていた、カーボン製の弓を軽く揺らします。
 どうやら“これで撃ってやる”と言いたいようです。
 私は両手で頭を抱えました。






 * * *






 樹齢を重ねた針葉樹林。そこでせっせと作業に励む私がいました。


“マスター。英霊は巨大な魔力を有し、また令呪は共鳴すると聞きます。一般人ならともかく、サーヴァントやマスターが接近すればすぐに感づかれると思いますが”
“だからこそ一般人の僕が近づくって言ってるんじゃないか。ライダーはついてこなくていいよ”


 大樹の幹を一撫ですると呪刻が現れ、満たされた魔力に脈動します。


“…ついてこなくていい、と言われましても。まさか一人でマスターを倒しにいくつもりですか?”
“だからそうだって。偽臣の書もここに置いていくしね。ライダーがついてきたらばれるだろ”


 次の基点目掛けて、私は高々と跳躍します。


“私が言いたいのはそういう事ではありません。…私は、魔術師でもない貴方が、魔術師とサーヴァントに対して、その何の変哲もない競技用弓で戦いを挑むのが自殺行為だと言っているのです”
“いやあ、そんな事はないんじゃない? だって後藤の奴は現に生きて帰ってきたしさ。近づくだけならどうとでもなりそうだし、どのみち遠くから窺うだけだから、戦うにしても逃げるにしても考える時間はありそうだし”


 斜面の中腹に立ち、私は最後の基点に魔力を注ぎ込みました。


“…。そう簡単に行くとは思えませんが。そもそも、今取り付けているその矢尻は何ですか。とても殺傷力があるようには思えないのですが”
“ああこれ? 確かにこれには殺傷力はないね。ないけどマスターを仕留めるくらいの事はできるよ”


 イエスマイマスター、とても信じられません、と私は一人呟きました。
 あんな弓では飛距離は50mが関の山でしょうし、加えて、きちんと標的に命中させるとなると30mが限界でしょう。一般的な魔術戦の間合いより遥かに短いと言えます。
(そんな至近距離から攻撃を仕掛けて…本当に勝てると思っているんですか? シンジ?)
 作戦は信用できないし破綻し放題だし失敗確実だとは思いますが、それでもマスターの命に従うのが良く訓練されたサーヴァントです。
 私は斜面を蹴り、適当な大樹の梢に着地しました。目を凝らします。
 この高さからだと標的の廃屋がよく見えます。加えて、少し離れた藪の影を恐る恐る移動する慎二の姿も。
 …バレバレじゃないですか。
 内心ハラハラしながら見守る内に、ちょっとした高台へと辿りついた慎二は狙撃ポイントを見つけたのか、さきほどのしょぼい矢を弓につがえ、引き絞ります。
 廃屋の窓の辺りを見据えたまま動きを止め、何かを待つシンジ。
(攻撃するのですか――マスターと確認した、という事ですね)
 私も傍らの木の幹にそっと手を走らせました。
 浮き出るのは起動の呪刻。
 瞬時にして、廃屋を中心とする針葉樹林一帯はは真っ赤な大気に包まれました。
 重くむせ返るような匂いのソレは、私の血液であり胃酸でもあります。
 生気を失ってゆく木立の中、私一人だけが失われゆく生命力の全てを搾取し、存在基盤たる魔力へと換算してゆきます。
 体内に流れ込む力に濃厚な魔力が混ざり、確かに廃屋の中には魔術師が存在する事を私は理解しました。
 …視線の先に二つの気配が現れます。ひとつは、廃屋の内側に発した動揺の気配。そしてもうひとつは…廃屋めがけて赤い大気を裂く矢唸り。
(本当にうまく行くんでしょうね…)
 ――シンジの言葉を思い出します。


“魔術師が何らかの防衛手段を講じてる事くらい考えてるさ。いいかいライダー。
 1.僕が狙撃可能ポイントまで接近し、敵マスターを確認する。
 2.ライダーは敵サーヴァントに気付かれない距離、廃屋を遠巻きにした円状の一帯に例の結界…鮮血神殿を敷設し、起動させる。
 3.敵マスターの魔術的な護りが溶解消失したところで、僕が弓で仕留める。
 ほら、これなら完璧だろう?”


 いえ、全然完璧じゃないですマスター。と私は心の中で呟きました。
 私の鮮血神殿は魔力持つものを溶解させて魔力に変換しますから、確かに魔術師が帯びているだろう様々な魔術的加護を無効化する事は可能でしょう。魔術師も人間、動揺しているところに矢がうまく中りさえすれば、敵マスターを倒す事も可能でしょう。
 しかし。
(その後、現場には敵マスターを倒したシンジと、マスターを失ってキレたサーヴァントだけが残される気がするのですが…)
 全殺し確定ではないでしょうか。
 まあそもそも、あの鈍い円錐形の矢で人を殺せるとも思えません。
 私のあまり期待してない視線の先で、矢はまっすぐに廃屋の窓に飛び込み、そして、




 爆発しました。




「は、あ……?」
 吹き飛んだ廃屋の扉を見つめ、私は絶句しました。
 ――慎二は一体何をしたのでしょうか。
 ――まさか、本当にイオナズンを!?
 私が呆然とする内に、慎二はのろのろと二の矢をつがえ、放ちます。
 その矢音に我に返った私は、素早く足元の枝を蹴りました。
 矢の到達よりも速く。赤い大気を突っ切り、廃屋の庭であったらしい場所に着地します。
(…サーヴァントの気配)
 流れる視界の中、私は屋内に二人の人影を確認しました。紫のローブを纏った女が、血を流しながら起き上がろうとしている半裸の異国人に、何らかの魔術――衝撃反射の魔術を僅か一詠唱で掛け、そして――振り返った先には迫り来る二の矢。
 再度、轟音と震動とに包まれる廃屋。扉から窓から黒煙が噴き出します。
 煙の去った後には、もはや原型を留めぬ廃屋の姿がありました。
 突入すべきかどうか一瞬迷ったのですが、異国人のいた辺りの屋根は完全に落ちています。魔術師にかけた衝撃反射の魔術が逆に裏目に出て、周囲の構造物の破壊を促進してしまったのでしょう。あれではとても助かりません。
 …残る窓枠を吹き飛ばし、傷一つないローブを纏った女が飛び出してきました。
 女は物凄い一瞥を私にくれると、あっさり背を向け、高速飛行の魔術で鮮血神殿の範囲内から離脱してゆきます。
 やはり敵マスターは倒されたようです。
(さっきの魔術行使といい、あの姿といい、戦場慣れしていない。恐らくクラスはキャスター。…勝てる)
 あの敵サーヴァントも、この鮮血神殿から逃れぬ内に仕留めてしまいたいところです。
 私は勝利を確信し、追撃の指示を得ようと慎二のいる高台を振り向きました。
 …慎二の姿はどこにもありません。


 ――そういえば、どうしてこの好機に、慎二は私に何も命令してこないのでしょう?
 ――まさか。


「…シンジ!」
 結界が解かれ、大気は空色へと戻ります。私が慎二のいた高台へと跳躍すると、果たしてそこには倒れている慎二の姿がありました。
 見事なまでに全身が溶けかけています。
「…うふふふ…やあライダー。マスターである僕まで溶かして魔力にしちゃおうなんて、いい度胸してんじゃねえかよ…」
「すみません、つい…」
 うっかりしてました。
 私は慎二、というかもはやよく解らないドロドロに誠心誠意謝りました。
「まあいいさ…敵マスターは倒したしね…ぐふっ」
 慎二は眠るように瞳を閉じました。
「シンジぃぃ!!」




                           <つづく>

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