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「DQD   1話」
(第1部)[1/1]

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何が起こったか分からなかった。
目覚めてみれば見知らぬ部屋で少年は一人寝ていた。
六畳ほどの広さの中、あるのは自分が寝ているベッドと小振りのテーブルとイス。そのテーブルの上は陶器の水差しとコップがあった。
ベッドは硬めで、そのせいなのか身体が凝りでギシギシいっているような気がするが、目立った異常は感じられない。
床、壁、天井、すべてが板張りで壁紙を貼ってもいなければ、畳も絨毯もない。
窓から差し込む光が今は昼間だと教えていた。

「……何だ……ここ?」

上半身だけ起こして周りを見渡しながら呆然と呟いた。
突然の状況に頭がうまく働かない。
始めは夢でも見ているのだと思った。ただそれにしては何時まで経っても目が覚めない。
たまに奇妙な夢を見る事はあるが、大抵は夢の中でこれが夢だと自覚してしまえば目が覚めていた。それなのに今は一向に目覚めない。
いや、これは現実逃避なのだろう。うすうすは気がついている。ただ認めたくなかっただけだ。
自分に何かとんでもない事が起こっただろうことを。

視界に入るもの、肌に感じる空気、あまりにも現実感がありすぎた。
心臓の鼓動が早鐘のように打つが、大きく深呼吸をして何とか落ち着こうとする。
身体を拘束されているわけでない。ということは、自分をここに寝かせた者は、自分に対して何か害を与える気がないのではなかろうかと思う。少なくとも今の時点では、だが。
これは勝手な思い込みなのだが、そう思い込まなければ思考が先に進みそうになかった。
とりあえず、何が起こってここにいるのか、記憶を辿ることにした。

名前は鳴海徹。歳は15。友人には物事を深く考えすぎだ、と言われる事があるが、『石橋を叩いて渡る』のがモットーだ。
これは幼少の頃、何も考えずむちゃをしたせいで二度ほど大怪我をした性でもある。その内一度は死にかけた。
そのせいか、何かするときには、まず考える事が癖になっている。
もっともまだ少年で社会の事も良く知らない身であるため、失敗する事も多々あるし、全く違う方向へ考えが行ってしまう事もあるが、とりあえず考える事が癖ではあった。

一番新しい記憶が確かなら、あの日徹は友人達とキャンプに行く予定だった。
中学を卒業し高校に入るまでの春休みで、高校進学で学校が分かれる者も出るため、記念の卒業旅行のようなつもりだった。
隣町のキャンプ場まで自転車で行って、そこでの二泊三日。特に問題はないはずだった。
朝、荷物を自転車に載せ、待ち合わせ場所に向かったところまではよく覚えている。
ただそれからが問題だ。
何か地響きのようなものを聞いた様な気がする。不審に思い自転車を止めた瞬間、地面から跳ね上げられるような感覚が襲った。立っていられなくなって、その場で地面にうずくまったところまでは覚えている。それが多分最後の記憶だろう。

「……地震……か?」

酷く地面が揺れていたのを微かに覚えている。だがそれでは今ここにいる理由にはならない。
これが瓦礫の中ならば、自分の記憶に納得が出来る。病院の中でもそうだ。
だがこの部屋は、どう見ても病室には見えない。掃除はされているようだが、病室ほど清潔には見えないし、何より古ぼけて見えた。
現代ではない一昔前の時代のもののように感じた。
自身を見てみれば、服も変わっている事に気が付いた。無地の布の服にズボン。少し古めかしくごわつく様な感じがした。

徹の思考はここで一旦止まる。
今の状況を判断できるものがこれ以上ここにあるとは思えなかったからだ。
となれば、後はこの部屋から出るしかない。
ただ、なんとなくこの部屋から出るのが躊躇われた。この部屋から出た瞬間、何かが終わってしまう。又は変わってしまう。そんな予感がした。
ただ今のままではどうしようもない事は、徹にも分かっていた。
そんな徹の悩みも実際にはあまり意味がなかった。何故なら徹の見ている前で、扉はゆっくりと開いたのだから。


入ってきたのは妙齢の女性。歳は二十台の半ばといったところか。どう見ても日本人には見えない。ただ、何処かで見たことがあるような気もした。
長い薄紫色の髪を後ろでリボンで束ね、赤いドレスを着ている。胸が強調されるような造りになっており、本人の容姿とスタイルの良さも合わさって見る者を引き付ける。
徹にしてもそうだ。
先ほどまで緊張して悩んでおきながら、今はついつい女性の胸に目がいってしまっている。十代の青少年にはしょうがないことだろう。

「あら、起きたのね」

女性も徹の目が何処を向いているか分かっているが、特に気にした様子もなく話しかけた。彼女にとっては良くあることだからだ。

「……あっ、ひゃい」

日本語で話しかけられるとは思っていなかった。それに見とれていたせいもあり返事も遅れ、ついでに舌も噛んだ。顔が一気に赤くなるが、女性の方は大人の貫禄でスルーしてくれた。

「一日中ほど寝たままだったから、どうしようかと思ったんだけど、見た感じ大丈夫そうね」

「はい、何とか」

とりあえず正直に答えておく。ここが何処かも分からない現状では、とりあえず話を聞くしかないと思ったからだ。

「それは良かったわ。なら、まずは自己紹介ね。わたしはルイーダ、この酒場の店主よ。」

「ルイーダさん、ですか。僕は鳴海徹です」

「ナルミトール、長いわね」

「あっ、鳴海が苗字で、徹が名前です。徹・鳴海といったほうが良いのかなあ」

「トール・ナルミ?」

 少し発音が可笑しく感じるが、今の状況で態々指摘する事でもないだろう。

「そうです」

「そう。それよりあなた、苗字もちなの?」

 ルイーダは少し驚いたように言う。

「そうですけど」

「……そうね。そうかもしれないわね」

 少しだけ徹を見つめた後、何か納得したようにルイーダは頷く。

「とりあえず立てるようなら下に行きましょう。聞きたいことがあるわ。それはあなたもでしょう」

言われて徹は頷く。
何も分からぬ現状を抜け出せるなら文句はなかった。聞きたい事は山ほどあるのだ。不安はあるが、選択肢が他にあるとは思えなかった。
部屋から出て行くルイーダに、徹は付いて行った。

*****

酒場は5人が座れるほどのカウンターと、テーブルとイス4脚のセットが、10セットほどある広さだ。
酒場の規模としてこれがどの程度なのか徹には分からなかったが、掃除の手が届いている事は分かった。
今は酒場としては休憩時間らしく、他の従業員の姿はなかった。
酒場には、徹とルイーダの二人だけだった。
カウンターに座った徹にルイーダはシチューと水を持ってきた。

「これはおごりよ」

ルイーダはウインクをしながら微笑む。
訳の分からぬ現状で一瞬警戒したが、ルイーダの好意を無視するわけにもいかない。意を決してシチューを口にする。
はっきりいえば美味しかった。何の肉を使っているか、何の野菜を使っているか、詳しくは分からないが、何処かで食べた事があるような感じはした。
一口食べて胃が動き出したのか、空腹感が湧き上がってきた。
あっという間に平らげたが、ルイーダが言った事が本当なら、丸一日何も食べずに寝ていたことになる。育ち盛りの十代、腹が減っているのも当たり前だろう。

とりあえず腹も膨れてようやく安堵のため息をもれた。
ルイーダもそれを見て微笑んでいる。
徹が緊張しているのは、ルイーダにも見て取れた。そのまま話をしてもうまくいくとは思えなかった。だからまずは食事にした。美味しいものを食べれば幸せになり、気も緩む。そのことを知っていたからだ。

「じゃあ、話をして良いかしら」

ルイーダはニコリと笑った。

*****

ルイーダの話を簡潔にまとめるとこうなる。

街壁の外で倒れていた徹を巡回警備中の門番が見つける。
奇妙な格好をした少年の行き倒れだが、行き倒れ自体は決して珍しいことではなく、その場合の対処法は二つ。『ルイーダの酒場』か、教会のどちらかに連れて行く事。
そこからは『ルイーダの酒場』の方が近かったため徹はここにいる、ということだ。
無鉄砲な若者が冒険者になるために、この街を訪ねるのは良くあることらしい。徹もそんな若者の一人だろうと、ルイーダに思われていた。
普段ならその後に教会へ引き渡すことの方が多いのだが、今回は興味を引くことがあった。見た事がない服を着た少年、どう考えても普通には見えない。要するにルイーダの好奇心が徹をこの酒場に引き止めたのだ。

「見つけたのがレイルズで良かったわね。そうでなければ荷物を盗まれたかもしれないし、そもそもそのまま放っておかれたかもしれないわ」

見捨てても罪にはならないから……、そう呟くと、ルイーダは酒場の奥から、一抱えの荷物を持ってきた。
見覚えのあるナップサックと服、それは確かに徹のものだった。

「後、あの荷車に似たようなのは外にあるわ」

そう言われて始めは思い浮かばなかったが、自転車の事を指しているのに気が付いた。

「あ、すいません。ありがとうございます」

徹としては礼を言う以外に何も出来ない。

とにかく分かった事はあまりない。何故ここにいるのかは分かったが、それがどうしてなのかまでは分からない。
話の中で冒険者と言う言葉が頻繁に出てきた。つまり使うのが珍しくない言葉だということだ。
少なくとも現代ならこんな言葉を使う事はないだろう。そしてこの酒場しか見ていないが、電化製品の類は見当たらない。
頭が痛くなるような事態しか思い浮かばない。
そして極め付けが今いる場所、冒険者のための酒場で名は『ルイーダの酒場』。店主は目の前にいるルイーダという女性。

(ルイーダの酒場って、ドラクエかよっ!ファンタジー世界かよっ!)

軽く心の中でツッコミをしたが、次の瞬間、それが必ずしも否定できない事に気がついた。
目の前のルイーダという女性、よくよく見ればDQ?のルイーダと似ている。勿論DSのポリゴンと現実の人間では違いがあるが、もしも人として実際にいたならと考えて見ると、目の前のルイーダに違和感はなかった。

それを認識した時、一気に身体中が震えに襲われた。思考がうまく纏まらなくなる。
精神がこの異常事態に悲鳴を上げ始めた。徹はこのとき初めて本当の意味で自分の身にとんでもない事が降りかかってきた事を実感したのだ。
頭の片隅にあった、夢かもしれない、何かの冗談かもしれないという思いはこの瞬間どこかにとんでいった。

「どうしたの、大丈夫。もう一度休む?」

突然の事にルイーダも慌てる。普通にしていたと思っていたら、突然顔が青ざめて震えだしたのだ。何事かと思っても仕方がない。

「……いえ、大丈夫です」

徹は何とかそう答える。本当ならこのまま気絶でもしてしまいたいが、今の良く分からない身の上のまま意識を失う方が不安だった。
大きく深呼吸をする。一度、二度、三度……。
身体に倦怠感はあるが、頭の混乱はなりを潜め始めた。もっとも一時的なものにすぎないだろうが、これはしょうがないことだろう。

とりあえず徹は酒場を見渡す。目の前の女性がDQ?のルイーダなら、当然ここにはリッカとロクサーヌもいるはずだと思ったからだ。だが良く思い出してみればこの酒場の形状は、ゲームで見たものとは随分と違う気がする。

(ドラクエ?の世界ってわけでもないのか?それともルイーダが二人に会う前、もしくは二人と別れた後なのか?)

答えは出ない。そもそも似たような人間と場所だけで判断するのは、流石に強引かもしれない。

「本当に大丈夫なのね」

ルイーダは確認するように尋ね、徹は黙って頷いた。

「なら、少し君の事を知りたいわ。こういう言い方は嫌だけど、引き取って世話してあげたんだから、少しくらい話してくれても罰は当たらないと思うわ。そもそも君が冒険者を目指してここに着たのなら、わたしにはそれを聞く権利もある」

そう言われて徹は考え込む。
そもそも今の自分の身の上は、他人に話して良いことなのだろうか。信じてもらえるのだろうか。
もし自分が元の世界で他人から『他の世界から来た』というような事を言われたら、まずは相手が正気かどうかを疑うだろう。

話した場合のメリットとデメリットを考える。
そもそも目の前のルイーダは信用できる人なのか。悪い人ではないように思える。だが会ってまだ一時間ほどだ。人柄など分かるはずもない。
ゲームの時に感じたことなど当てにならない。そもそも同一人物かどうかも分からないのだ。
答えは出ない。出るはずがない。正解などないのだから。
つまりは自分の心の内だけだ。

「……そうですね。じゃあまず僕の話を聞いてください。とんでもない事を言うかもしれませんが、最後まで聞いてください。いいですか?」

「分かったわ」
 
ルイーダが頷くのを見て、徹はゆっくり口を開いた。
選択は自分の身の上を話す。
もしここがファンタジー溢れる世界なら、世界から世界への移動、そういう技術もあるかもしれないと思ったからだ。
ならば、元の世界に帰るためにも、まずは自分の立場というものを知ってもらった方が良いと思ったからだ。


*****


「なるほど……君は『渡り人』か……」

徹の話は割りと簡単にルイーダに受け入れられた。徹のほうが拍子抜けするほどだ。

「『渡り人』……ですか」

「又は『迷い人』とも言うわね。わたしのように冒険者酒場をしていると耳にする事もあるわ。本当に稀な事だけど、他の世界からこの世界に来たって言う話」

「じゃあ、元の世界に戻ったっていう話は……」

「残念ながらそこまでは知らないわ。わたしも話として知っているだけで、直接会ったわけじゃないから。そもそも君の事も半信半疑よ。でも『渡り人』自体は否定するつもりはないわ。そのぐらいあっても可笑しくないもの。でもそう考えると、あなたが苗字もちでも不思議な事じゃないのね」

「苗字もち……ですか?」

「ええっ、ここでは苗字があるのは王侯貴族や英雄って言われる一部の人達だけなのよ。
君は服装や道具が見たことないものだし、特に服はデザインも手触りも初めての感じのものだったから、何処かの貴族の御曹司が家出でもしてきたのかと思ったわ。珍しい事だけど今まで例がないわけでもないしね。でもまさかそれより珍しい『渡り人』だとは思わなかったわ」

そう言いながらルイーダは徹に笑いかけるが、徹のほうは、何とも微妙な引きつったような笑みを浮かべるしかなかった。

信じてもらえた事は良い。ただこれからどうすればいいのかは、さっぱりだ。
半ば覚悟はしていたが、何も分からないというのは辛い。
徹はルイーダがずっと自分の面倒をみてくれるとは思っていない。
先ほどルイーダ自身が話したように、これは彼女の好奇心がもたらした偶然に過ぎない。すぐさま見捨てられるとは思わないが、ずっと世話をしてくれるわけでもないだろう。
だが、今のところ徹が頼りに出来るのは、ルイーダしかいない。ならば今の内になんとかしなければいけない。
出来れば直ぐにでも帰れる方法があれば良いのだが、それはルイーダも知らない事だ。ならば今はこの世界で生きていく術を持たなくてはならない。そうでなくては、帰る方法を探ることも出来ない。

徹はルイーダを見る。その表情は真剣そのものだ。

「あの……急なことですけど、ここで働かせてもらえませんか。今後の目途が付くまでで構いませんから。お願いします」

徹はルイーダに頭を下げる。

「君の言いたい事は分かったわ。とりあえず頭を上げて。それじゃあ話すのも苦労するでしょ」

「あっ、はい」

「それでさっきの話だけど、雇うこと事態は難しいことじゃないわ。でもね本当にそれでいいの?」

「いいのかって言われても、今のこの良く分からない状況でどうすれば良いんです。帰る方法が分からないんじゃあ、とりあえず様子見するしかないじゃないですか。そのためにはこうするのが良いと思ったんです」

「君の言いたい事は分かるわ。だけど話を急ぎすぎよ。もう少し落ち着きなさい。さっきの話にはまだ続きがあるのよ。わたしは『渡り人』が元の世界に戻ったのを聞いた覚えはないけど、世界を渡る方法に心当たりがないとは言っていないわ」

「えっ」

「この街にある塔にはあらゆる願いを叶えてくれる神龍様がいられるわ。もし君が元の世界に戻るのを望むなら、神龍様に会いに行けば良いのよ。冒険者になって」

それは確かに魅力的な言葉だった。先が不安な徹にとっては、暗闇に差し込んだ一条の光にも感じられた。
もっともその光の先は、必ずしも天国に続くとは限らないのだが。
とりあえず道の一つは示された。

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