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「プロローグ『平賀才人』」
(第1部)[1/1]

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 気が付くと、俺は知らない場所にいた。どうしてここに居るのかも、いつここに来たのかも記憶に無い。僅かな青い光に包まれた不思議なムードの漂う部屋。俺はそこで椅子に座っていた。
 目の前には小さな机がある。花瓶が置いてあるけど中身は空っぽ。その向こうにはソファーがあり、やたらと鼻の大きな老人が座っている。

「ようこそ、ベルベットルームへ」

 老人はしわがれた声で歓迎の言葉を紡いだ。俺はどういう訳か、その老人が人間では無い様に感じた。異質な存在であると感じた。
 部屋の怪しい雰囲気のせいかもしれない。老人はこの部屋を“ベルベットルーム”と呼んだ。改めて、室内を見渡す。部屋の面積はそんなに広くない。窓の外は濃い霧が出ているらしく、何も見えない。
 部屋を観察している内、部屋全体が微かに揺れている事に気がついた。耳を澄ませると、スクリュー音のようなものも聞こえる。
 どうやら、ここは船の中みたいだ。

「ほう……。これはまた、変わった“運命”をお持ちのお客様がいらしたようだ。私の名は、イゴール。お初にお目にかかります」

 イゴールはそう言うと不気味に微笑んだ。

「ここは夢と現実、精神と物質の狭間にある場所……。本来は、何かの形で“契約”を果たされた方のみが訪れる部屋……。貴方には、近くそうした未来が待ち受けているのやも知れませんな」

 イゴールの謎めいた言葉に混乱が更に深まる。

「フム……。まずは御名前を伺っておくといたしましょうか」

 促されるままに俺は名乗った。イゴールの放つ怪しげな雰囲気に呑まれたのかもしれない。

「フム、なるほど……。では、貴方の未来について、少し覗いてみるとしましょう」

 イゴールは目の前の小机に不思議な絵柄のカードを置いた。占いでも始めるつもりなのか、そう考えていると、イゴールは俺の心を読んだかの様に微笑んだ。

「占いは信じませぬか? 常に同じカードを操っている筈が、常に違った結果を呼び寄せる。その在り方……、まさに人生の様ではございませぬか」

 イゴールのミステリアスな言葉を聞けば聞くほど、俺は不思議な感覚に包まれていく。朝のニュースの占いなんて、誰にでも当て嵌まりそうな事を適当に並べているだけだから信じていない。だけど、目の前の老人の占いなら信じてもいいかもしれない。
 いつの間にか、自分の中の好奇心が沸き立っている事に気が付いた。この不思議な空間の不思議な住人に、興味が湧いている。

「ほう……。近い未来を示すのは、“力”の逆位置。どうやら、貴方を必要としている方がいらっしゃるようだ。そして、その先の未来を示しますのは“運命の輪”の正位置。これは、運命の別れ道を意味するカード。どうやら、貴方はそう遠く無い未来に運命の別れ道に遭遇する事になるらしい」

 運命の別れ道。それがどんなものなのか想像すら出来ない。今迄の短い人生の中でも、あの時、ああすれば良かったと思う事はある。けど、そんなものが運命を左右するとは思えない。

「近く、貴方はなんらか“契約”を果たされ、再びこちらへおいでになる事でしょう。運命の日に貴方は選択を迫られる。貴方の選択によって、一つの世界が滅びへ向かうやも知れません。選択によっては、貴方の未来が先の見えない霧に包まれる事になるやも知れません。私の役目は、お客人が選択なさった未来を無事歩んでいけるように手助けさせて頂く事でございます」

 イゴールが軽くカードの上で手を振る。すると、机の上のカードが煙の様に消えてしまった。けれど、それを不思議な事とは思わなかった。目の前の老人なら、このくらいの事を出来て当たり前の様に感じる。

「おっと、紹介が遅れましたな」

 イゴールはやたらと長い指で部屋の片隅……、影になっている部分を差した。
 そこには息を呑むような美女が立っていた。これ程の美人はテレビや雑誌でも見たことが無い。

「こちらは、アン。同じく、ここの住民でございます」

 アンは僅かに口元を歪ませて固い笑みを浮かべた。俺は美人に弱いが、あの女性は苦手だと感じた。

「詳しくは、追々に致しましょう。では、その時まで、ごきげんよう……」

 イゴールの声が急に遠ざかっていく。同時に目の前が真っ暗に――――……。

ゼロのペルソナ使い プロローグ『平賀才人』

 目を覚ますと、俺は薄暗い船室などではなく、柔らかい自室のベッドで寝そべっていた。全身から汗が噴出していて、着ていたシャツがビショビショだ。
 外を見ると、太陽が完全に真上に上がっている。どうやら昼まで寝ていたらしい。誰か起してくれればいいのに、そう愚痴りながら、今日はノートパソコンを取りに行く予定だった事を思い出した。
 夢の事を思い出しながら、出掛ける準備をする。謎の部屋に謎の老人と謎の女性。運命の別れ道。思い出すと段々恥しくなってきた。所謂厨二病全開な夢。幾ら何でも、本気にしたら頭が逝っちゃってる人の仲間入りだ。どうしても頭の隅で気になってしまうが、俺は無理矢理忘れる事にした。
 家には誰も居なかった。母さんは近所のスーパーに買い物に行ってるらしい。父さんは仕事だ。俺はさっと風呂に入って、新しいシャツとジーンズに着替えた。さすがに汗でびしょ濡れなシャツを着て外に出たくない。青いジャンパーを上に羽織ると、携帯と財布とお気に入りの楽曲を入れたMP3のヘッドホンを首に掛けて外に出た。春休みに入ったばかりだけど、外はまだ結構肌寒い。
 駐輪場所に向かい、自慢の愛機に跨る。ヘッドホンを装着して、MP3の音楽を再生した。ノリの良い歌を聴きながらペダルをこぐ。
 家からノートパソコンを預けた電気店までは駅三つ離れているけど、電車は大きくカーブしていて、自転車で一直線に行ってしまった方がずっと早い。
 電気店に到着すると、ノートパソコンを引き取った。少し古い型だけど、ずっと使っていて愛着がある。ついでに買い物をしていこうと思った。
 この電気店は総合ビルの六階にあって、総合ビル内には大抵の店が揃っている。家電製品の売り場に行ってみた。家電製品って、見てるだけでちょっとワクワクしてくる。
 カメラのコーナーに脚を向けると、デジタルカメラが安くなっていた。そう言えば電気店のポイントは相当貯まっていた筈。俺は安くなってるカメラの中で画素数の一番高いのを選んだ。ちょっと古い型だけど、機能が豊富で直ぐに気に入った。ついでにメモリーカードとノートパソコンに繋げるアダプターを一緒にポイントで購入。すると、店員さんがくじを持ってきた。どうも、キャンペーン中だったらしい。俺は気合を入れてくじを引いた。引いたくじを店員さんに渡すと、何だか奇妙な熊のヌイグルミを渡された。
 どうも、この人形はお腹に電池を入れて、背中のソーラーパネルに太陽光を当てると充電してくれるらしい。変な形の充電器だったけど、ありがたく貰っておく事にする。
 電気店を出てから、俺は本屋に向かった。お気に入りの漫画の最新刊が発売されてる筈だからだ。漫画とついでに学校用のノートを買い足して外に出た。

「お、りせちーだ!」

 街角の大型ビジョンにトップアイドルの久慈川りせの出演しているCMが流れていた。少し前に突然休業を発表して、かなみんって言う若手のアイドルに人気を奪われちゃったんだけど、しばらくして復活してから怒涛の追い上げで一気にかなみんを追い抜いてトップアイドルの座に再臨した。
 俺も大ファンだったんだけど、最近になって一歳年上の彼氏が居る事が判明して物議を醸した辺りから醒めてしまった。それでも、たまに見かけるとやっぱり目が行ってしまう。これがトップアイドルの魅力のなせる業なんだろう。
 だから、俺は目の前に突然現れたソレに気づくのが遅れてしまった。進行方向の先に、鏡の様な物が浮かんでいたのだ。
 信じられない光景に慌ててブレーキを掛けたけど、自転車の先が鏡に飲み込まれ始めた。思いっきり引っ張るけど、どんどん引き込まれてしまう。

「なんだよ、これ!?」

 切羽詰って叫ぶが、周りの人は突然鏡に飲み込まれていく少年と自転車という構図に凍り付いていた。このままだと鏡の中に吸い込まれてしまう。そう頭で理解すると、脳裏にあの老人の言葉が浮かんだ。

『運命の日に貴方は選択を迫られる』

「それって、この事か!? 幾ら何でもその日の内に来るなんて急過ぎるだろ!!」

 夢の中で見た老人に大声で悪態を吐きながらも、俺はどうしたらいいか迷った。目の前の鏡の先に何があるのか。好奇心が刺激された。それに、イゴールが言っていた。
 自分を待っている人が居る。

「俺を待ってる人が居る……?」

 平凡な人生を歩んで来た。今まで、誰かに必要とされた事など無かった。だから、自分を必要として待っている人物ってのに興味があった。
 迷っている内に、自転車は完全に鏡の中に入ってしまい、俺の両腕も鏡の中に沈み込んでしまった。

「やべえええええ!」

 もう手遅れだった。腕を引っ張っても、ズブズブと体が鏡の中に引き込まれる。そして、俺の全身は鏡の中に入り込んでしまった。

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