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「まりもちゃん他」
(第0部)[1/1]

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「この時期に新任!?」
横浜基地副指令、香月夕呼――腐れ縁の友人でもある――から話を聞かされて私は思わず、声を荒げてしまった。
「そ、しかも今時貴重な男よ〜。よかったわね」
のほほんとそのようなことをのたまう。
文官の出だからか、はたまた彼女自身の本質によるものなのか、恐らくは後者であろうが、夕呼は大事なことを、さも軽いことであるように話す癖がある。
敬礼をされることを嫌がることから分かるように、夕呼に掛かれば軍規も何もあったものではない。
彼女の奔放な一面を私は良く知っていたが、それでもこの命令は酷いと思う。
「ちょっと、待ってよ。新任なら何も私が受け持たなくてもいいでしょ」
そうだ。私が受け持つ必要はないのだ。
今私が指導している分隊は二度目の総戦技演習に向けて大事な時期なのだ、もう後が無い彼女達は教官の私の贔屓目を抜きにしてもよく頑張っている。
新人が入ったことで隊の不協和が更に育ってしまうようなことがあっては、ならない。
「だ・か・ら、よ。207B分隊だから。……この意味分かるわね」
問いかける口調ではあったが、これ以上の問答は不要とばかり会話を切り捨てた。

207B分隊。
今現在私が受け持っている訓練兵。
先の総合戦闘技術評価演習で早々と合格を決めた207A分隊と落ちたB分隊の間に、隔絶した実力の差というものは存在しない。B分隊の分隊長である榊と命令無視上等の彩峰の不仲は問題ではあるが、それを差し引いても余りある実力をB分隊の面々は持っていた。
いや、個人の実力・才能という点で見たならば、A分隊よりも遥かに優れていると言っても過言ではない。
しかし、B分隊は不合格だった。
背景には彼女達の“複雑な事情”が絡み合っていたことも否定できない。

だから、なのかもしれない。
夕呼は次の総戦技演習で、また彼女達を不合格にするために尤もらしい理由を付けるためにこの時期に新任を押し付けたのかも、と私は考えた。
私は、教え子に生きる術を教えている。それと同時に軍のあり方も。
軍とはそういうところだ、命令は絶対だ、それを教える私が疑問を持つなど彼女達が知ったらどう思うだろうか。
教え子が可愛くない教師などいない、彼女達には合格して欲しいと切に願っている。
なのに、軍が、彼女達の事情が、それを許さない。
そして、私はそれに従うほか無い……情けない、何時までたっても自分の無力さを自覚するたびに自分に腹が立つ。
我知れず、自嘲する様に笑っていた。

「…はぁ。まりも、辛気臭い顔止めてよ。私は今すごく喜んでいるのよ?」
夕呼が人の神経を逆なでするような性格だと知っていても、いや、知っているからこそ私は激昂しかけた。
「ゆうこ!」
問い詰めようとした私を制したのは彼女の笑みだった。
長い付き合いだ、夕呼の表情の種類はよくわかる。
彼女は本当に喜んでいるように見えた。
夕呼は自由奔放な性格で無理難題を平気で言い、科学者らしく効率重視のともすれば非人道的と捉えられかねない程の人間であるが、その根底となる人間の本質まで酷くは無い、慈悲深い一面もあると私は知っている。
伝統や歴史などに重きを置かない彼女の考え方からすれば、優秀な人材をただ訓練兵として遊ばせておくことを時間の無駄と捉えている。
むしろ、積極的にさっさと任官させてしまい彼女達の背景を逆手にとって、現場の衛士の戦意高揚のために彼女達をプロパガンダとして利用しようと考えるはずだ。
なら、今回の人事も裏があっても当然不思議ではない。
「……もう、決定事項なんでしょ?何があったか知らないけど、あなたにとってその新人を入れることがよっぽど重要な人事ってことなのはよぉくわかったわ」
振り上げた拳の下ろし方は心得ている、彼女と接するには必須技術である。
もしも、私の性格が大人しい世界であったならば、彼女と対等に付き合うことはなかっただろう、等と益にもならないことを知り合った当時はよく考えたものだ。
「そうね。白銀が重要かどうかはこれから、と言ったところかしら」
真剣な顔で夕呼が呟いた。
最近、夕呼の研究が行き詰っていることは彼女の振る舞いからそれとなく私も感じていた。
しかし、今の夕呼の目の輝きはどうだ。
まるで待ちに待った遠足の日が、とうとうやって来た時の子供のように希望に満ち満ちている。
「しろがね?それが新しい訓練兵の名前?」
「正式な人事通達は後で行くけど少し教えておきましょうか。名前は白銀武。歳は20前後、さっきも言った通り男。生まれも育ちも……未定ってことにしておくわ」
未定。それは経歴が白紙だという意味なのだろうか。それとも……
どちらにしても、その白銀という男の重要度が窺える。
「それは私には教えられない、ということでいいの?」
「ま、そう考えてもらってもいいわ。そうね、経歴不明。ふふ、謎めいていて素敵じゃない。ねぇ、まりも?」
「どこが素敵なんだか……怪しいだけじゃない。夕呼のセンスは私には理解できないわよ」
「天才だからね〜」
「…… ふふ、よく言うわね」
彼女の得意の“天才”と言うお決まり台詞を言わせるように会話を仕向けて、この場はお開きと言うことになった。
これは、私達の一種の確認作業の様なものだ。
厭な空気になった時や、真実をわざと軽く語る時、夕呼に対しての一種の空気清浄装置の働きを期待してのことである。
鋭い夕呼のことだ、それを理解した上でこの茶番を続けてくれているのだと思う。

一通り談笑を終えた後。
「では、失礼いたします香月博士!」
私は服の裾を引っ張り、皺を伸ばして直立不動の姿勢を取った後、ピシッ!と音が聞こえて来そうなほど見事な敬礼を夕呼に捧げ、部屋を後にした。

私の後姿を見て、夕呼はさも言い忘れたとばかりに、
「そうそう、白銀は“特別”だから、ね。それだけ覚えておいて頂戴」
付け加えた。




夕呼が非常に重要な立場にいるのは、彼女の頭脳と研究内容が人類存亡の鍵を握っているからに他ならない。
でなければ、如何に人材不足とはいえこの歳で極東最大の国連軍基地の副指令に収まることなど出来ない。
その夕呼をして特別な人物と言わしめる男に興味を覚えないと言えば嘘になる。
いや、正直に私自身の気持ちを吐露すれば、その白銀という男に大変「興味」が湧いた。
夕呼の言った特別と言う言葉の言外の意味を推察するなら、白銀の行動には目を瞑るようにと私に釘を刺した、もしくは…特別優れた者だから期待していろ、と言うことか。

私は未だ会ったこともない白銀武という男に、何か言い知れぬ期待感を覚えていた。













結論から言おう。私が甘かったと。


なぜ、夕呼の言葉をあれほど素直に信じてしまったのか、あの時の浮かれた私が恨めしい。
ああ、確かに“特別”だった。
白銀は信じられないほど、特別と注意書きが必要な程に無能な男だった。

たった数キロの行軍にも根を上げる、鬼教官と呼ばれた私に対して「まりもちゃん」呼ばわりをする、教官である私に対して平気で意見をぶつけてくる、覚悟も無い、銃の組み立てすら知らない、口調が変、等など数え上げればキリが無いほどのダメ男ぶりを遺憾なく発揮してくれた。

あ、頭が痛くなってきた。
白銀のことを考えれば考えるほど私には理解不能な生物に思えてくる。
おかげで、最近は生理痛と偽って頭痛薬を処方してもらっている。
回数が多いせいで、救護班の女性からは「生理不順なんですか?またフラれたんですか?」等あらぬ疑いを懸けられる始末。
夕呼め、どうでもいいことを吹聴するのはヤメテとあれほど懇願したのにッ!
くそぅ、なんだって天才や特別って奴は常識と言うものがないのだ。
あぁ、そうか。
白銀が誰かに似ていると思っていたら夕呼に似ていたのだ。
ベクトルは違うが、常識を持たないもしくは常識を無視するという点においては同類だ。
夕呼が二人…白銀が二人……私の体持つかな?
ううぅ、泣きたくなってきた、だって女の子だもん。

ふらふらとした足取りで通路を歩いていると、噂の白銀を見つけた。
白銀の方もこちらに気づいたようで、下手糞な――それでも以前と比べれば随分とまとも―――敬礼で私に挨拶した。

「お、おはようございます。まりも…あ、ヤベ、えぇっと教官!」
お、お前と言う奴は〜〜!!
「白銀〜〜!!!!」




今日も今日とて横浜基地には私の怒声が飛ぶ。














総合戦闘技術演習の後、白銀の“特別”が発揮されることになるまで、私の頭痛が止むことは無かった、とだけ付け加えておきたい。
私の苦労・労力と白銀の名誉の為に。


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