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「【完結】Chaos;an onion HEAD(Chaos;HEAD×ネギま!)」
(第0部)[1/2]

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―――西條拓巳、という一人の少年が居た。


「三次元に興味は無いよ」と言い切り、老朽化し始めたビルの屋上に設置された基地(ベース)と呼ぶコンテナハウスで、大量の美少女フィギュアに囲まれながら生活する、引きこもり一歩手前の高校二年生。
人との直接的なコミュニケーションを嫌い、最低限の外出しかしないネット依存症の少年。

「疾風迅雷のナイトハルト」というハンドルネームで一日中ネットゲーム―――エンスパイア・スウィーパー・オンライン、通称「エンスー」―――をプレイし、学校は出席日数を計算して必要以上に出席しない。
引っ込み思案で、人と話せば必ずと言って良いほどに呂律が回らず、それが女性だった場合には最悪パニック状態に陥ってしまうほど。
周囲からは引きこもり、もしくはキモオタと認識されているが、引きこもりの部分だけは本人的には違うらしく、それを否定している。

強い妄想癖があり思い込みも激しく、しばしばネガティブな方向へと思考が暴走し被害妄想に陥ってしまうが、逆に辛い現実から逃避し只管自分に都合のいい妄想をしてそれに浸ることもあり、常に情緒が安定しない。
その妄想力の強さたるや、自分の好きなアニメ作品―――ブラッドチューン・THE ANIMATION。通称「ブラチュー」―――のキャラクター、自称「僕の嫁」の【星来オルジェル】を脳内に投影し、その自立した人格との会話が可能というレベルにまで達していた。
所謂、空気嫁、もしくは脳内嫁である。

他人から見れば、情けないキモオタ。
自らの意に沿わない現実に直面するとすぐに逃げ出し、しかもその原因を他人の所為として責任転嫁するダメ人間。


……それが、西條拓巳という少年―――その、【設定】だった。








「―――あなたは、おにぃ」








しかし、そんな彼にも一つの転機が訪れる


―――【ニュージェネレーションの狂気】……通称、ニュージェネ。


彼の住む渋谷で起こった、連続猟奇殺人事件。
西條拓巳は自らの意思とは何ら関係なく、その吐き気すらをも催す程の狂気に巻き込まれる事となったのだ。

……否、巻き込まれたのでは無い。
【西條拓巳】がその事件に関わることは、最初から決まっていたのだ。

―――彼が【ニシジョウタクミ】としてこの世界に産まれた時から、既に。









「―――あなたは、にしじょうくん」









彼が狂気に触れる発端となったのは、エンスーのプレイヤー間で行われているチャットだった。

親しい友人であった【グリム】との会話中、突然チャットに参加してきた【将軍】というハンドルネーム。
その【将軍】から、成人男性が壁に十字の杭で張り付けられて殺されている画像が送られてきたのだ。


……後に、ネットで「張り付け」と呼称される事となるニュージェネ第三の事件。
この時点では未だ起きていない事件であり、誰も知りえるはずも無い殺害現場。犯行予告とも取れる画像。

それが、拓巳の日常が非日常へと姿を変えた、きっかけ。


―――この時に初めて【西條拓巳】は、【将軍】という存在を知ったのだ。








「―――きみは、たくみ」







自分の過ごしている日常が、足元から徐々に崩れていく錯覚、少しづつ深まっていく不安。
鬱々とした気分で学校から下校していた最中、近道にと通った路地裏で―――彼は目撃してしまう。


【将軍】から送られてきた画像に瓜二つの殺害現場。そして、血塗れでその死体を見つめる少女の姿を。


産まれて始めて見た、人間の死体。
人間だと咄嗟に認識出来ないほどに杭で滅多刺しにされ、壁に張り付けられた凄惨な光景。
壁から地面まで飛び散った真っ赤な血液と、臓腑と、そして、その返り血を浴びながら、冷静のまま佇んでいる美しい少女―――



―――拓巳は、恐怖した。



悲鳴を上げ、脂汗を流し、現実から目を背け、その場から逃げ出した。

体力の続く限り足を動かし、粘つく唾液を飲み込み、パニックになりながらも必死に、只管に、只管に、ただ只管に走り続けて―――
拓巳はしばらくの間、死への恐怖に怯え続ける事となる。








「―――あなたは、たくみしゃん」







悪魔女―――事件現場で目撃した少女が、自分のことを追って来るのではないか? 殺しに来るのではないか? 途轍もなく残虐な方法で殺され、自分もまた「張り付け」にされてしまうのではないか―――?
……そんな恐怖に怯え続け、ネガティブな妄想により精神が疲弊していく中、拓巳は一人の少女と出会う。

少女の名は楠優愛。
拓巳と同じ翠明学園に通う三年生であり、キモオタである拓巳にも偏見無く接してくれる穏やかな少女。

彼女の存在に拓巳の心は救われて……短い時間ではあったが安らかな時間を共に過ごし、彼は彼女から様々な事を教わった。


拓巳は、優愛によって初めて人の優しさと言うものを知り、
拓巳は、優愛によって初めて他人と会話することの楽しさを知り、
拓巳は、優愛によって初めて信頼の尊さを……人との繋がりの大切さを知り、

拓巳は、優愛によって初めて人を好きになると言う事を知りかけて―――


―――そして拓巳は、優愛によって初めて人から裏切られる絶望を知った。


他人に対して心を開きかけていた拓巳の心は再び堅く閉ざされて、猜疑心と、疑心暗鬼と、被害妄想の闇に包まれ―――


―――物語は、加速を始める







「―――おまえは、にしじょう」







―――ゴシックバンド・ファンタズムのボーカルである岸本あやせとの出会い。

―――蒼井セナとの邂逅。

―――転校生である折原梢との【会話】。

―――妹である西條七海との触れ合い。

―――数少ない友人である三住大輔とのやり取り。

―――ニュージェネ事件を捜査している刑事、判安二と諏訪護の訪問。




―――そして、悪魔女こと咲畑梨深の突然の出現と、和解。








「―――あなたは、たく」







最初は、彼女に恐怖しか感じなかった。
あの現場を目撃した自分を殺しに来たのだ――拓巳はそう思い、梨深から距離をとろうと必死になっていた。

殺されたくない、殺されたくない、殺されたくない……!

……しかし、梨深はそんな拓巳の恐怖とは裏腹に、彼に優しく手を差し伸べてきてくれた。

最初、拓巳は何の罠かと思い、梨深に対して邪険な対応をし続けた。
しかし、彼女は気にせずに拓巳に優しく接し続け、その結果、優愛の一件で人間不信になっていた拓巳の心は、優しく解きほぐされていく。

拓巳は献身的な梨深に対して、徐々に心を許していった。

本当に辛い時、何も言わずに一緒に居てくれた、彼女。
怖くて怖くて仕方が無くて、心が擦り切れそうになった時、優しく抱きしめてくれた、彼女……

……最初に感じていた「恐怖」という感情は、梨深と接するうち徐々に鳴りを潜め、彼女が「張り付け」の現場に居たことは自分の妄想だったと思うようになり―――拓巳は、梨深に惹かれていったのだった。



だが、そんな拓巳の心とは裏腹に、事件は更に展開していく。



―――終わりを見せないニュージェネ事件による猟奇殺人。

―――「ヴァンパイ屋」の殺害現場に記された言葉、【その目誰の目?】

―――世界の可能性を殺した数式、【fun^10×int^40=Ir2】

―――嘗ての恩師が犠牲となった、「ノータリン」

―――岸本あやせ、蒼井セナ、折原梢による、妄想の剣【ディソード】の顕現。

―――渋谷を襲うセカンドメルト。


様々な出来事に巻き込まれていく中、拓巳は【ギガロマニアックス】という存在を知る。

妄想を現実化することの出来る、一種の超能力とも言うべき力を持つ人間達。
……心の壊れた少女達の扱う、常識の外側にある能力の存在を。





「―――ぼくはぼく」





妄想に次ぐ妄想と、狂気に満ちた現実と。
自分の心が妄想に犯されていく妄想に呑まれて。
妄想と現実の境界が曖昧となり、何が真実かも分からなくなって。

何も分からぬまま、拓巳は進んで行く。
望む望まざるに関係無く、拓巳はゆっくりと事件の真相に近づいて行く。


……そして、拓巳は辿り着いた。



―――【将軍】の正体に。

―――【将軍】の願いに。

―――【ノア?】の存在に。

―――それによる、世界の危機に。

―――梨深の思惑に。

―――自分の、出自に。




――――――自分という存在の全ては、【西條拓巳】の妄想から生まれた【設定】だったと言う事に。








「―――ぼくは、妄想のそんざい」







絶望に打ちひしがれ、拓巳は自らの死を願う。
事故死する事を妄想し、他殺されることを祈り、自殺に失敗し、自暴自棄に陥った。
全てが色を失い、価値をなくし、自分の中に響く星来の声にさえ反応出来なくなっていく。


―――そんな最悪な状態の中で行われた、【将軍】との対話。


余命が幾許かも無い事を自覚している所為なのか、達観した印象を受ける皺だらけの少年。
拓巳は、暴徒と化した渋谷の住人達が渦巻く交差点で放つ彼の言葉を聞き、梨深が捕らわれた事を知り、自分の心と向き合い、そして……唯一つの解を得る。




―――僕は、梨深の事が好きなんだ




その気持ちを自覚した瞬間、彼は覚醒した。
一人のギガロマニアックスとして。【西條拓巳】として。



―――妄想の存在が恋をするなんて、キモ過ぎる

―――僕みたいなキモオタが梨深みたいな可愛い女の子を好きになるなんて、身の程知らずにも程があるよ

―――自分のキモさに、笑いしか浮かばない

―――……でも


―――でも、こんなキモオタでも、彼女のために出来ることがあるのなら―――






「―――僕は、存在する」






彼は、決意する。
【将軍】の願いとか、世界を救うとか……そんな物の為ではなく。


―――ただ、自分の好きな女の子を、梨深を助ける為だけに―――ノア?を破壊する。と。







「―――僕は、西條拓巳」






自らが掴み取ったディソードを構え、拓巳は疾走する。


ポーターを切り裂き、【グリム】の正体を白日の下に晒し、サードメルトを耐え抜いて。

あやせを助け、優愛を赦し、七海に背中を押されて。

セナの願いを不器用な形で聞き届け、梢の心を救い上げ、「張り付け」を妄想の渦に叩き込み、殺して。

妄想攻撃として襲い掛かる星来オルジェルを貫き、腕を叩き潰され、アバラを折られながらも、まっすぐに。

そしてノア?の眼前にて、事件の主犯、野呂瀬玄一と相対する事となった。


―――しかし、その差は圧倒的。


拓巳は満身創痍の身体を酷使し戦うも、胸を切り裂かれ、梨深を犯す妄想をぶち込まれ。

【三日間】にも及ぶ【一秒】の拷問を受け、自分の形を保てなくなり、意識と世界が混濁し、消え落ち、そして―――西條拓巳は、「人」という存在から外れる事になった。



……だが、





「―――僕は、」





―――六人のギガロマニアックスの、想い。


これまでに拓巳と関わってきた少女達の祈りを受け、拓巳は「自分」を取り戻すことができた。
そして野呂瀬から受けた妄想を取り込んで、人の身体を超越し、【妄想から産まれた人間】は【妄想から産まれた化物】と変貌した。

痛覚を遮断し、身体を両断されようとも、脳を潰されようとも身体の中から無尽蔵に湧き出る塵から無限に再生する、化け物。
他人の妄想を取り込み、自分の物とし、決して死ぬことの無い、反粒子すらをも自在に操るギガロマニアックスとしての最極地に至ったのだ。


……そうして


―――英雄なんて柄じゃないし、そもそもヒロインからして高嶺の花にも程がある。


西條拓巳は、一人の人間として、ただの一介のキモオタとして。
たった一人の、自分が想いを寄せる少女のために、ノア?を。


戦争の無い未来、争い事の存在しない楽園。

選ばれた少数により管理された、無味乾燥な乾いた未来を―――






「―――僕だ―――!」







―――野呂瀬諸共、破壊した。










そして、ノア?が破壊されたことによる爆発が収まった後、梨深は必死に拓巳の姿を探したが―――終ぞ、その姿を見つけることは出来ずに終わる。


そう―――――――――【西條拓巳】は、この世から、跡形も無く消え去ったのだ。






******************







―――感じたのは、物凄い光。次いで、衝撃。


ガタガタと上下左右前後斜め縦横、全ての方向に身体が揺さぶられ、シェイクされる。
衝撃のほか、光さえもが圧力を持って僕をぐちゃぐちゃに押しこねるけれど、痛覚を遮断しているためか痛みは全く感じない。
……その代わり、耳鳴りが酷くて音が何にも聞こえないけど。


一体、何が起こったんだっけ?


……ああ、そうか。僕はノア?を破壊した後に起きた爆発に飲み込まれたんだ。きっと。

音も熱さも痛みも、何一つ感じることは出来ないけど、感覚的にそう感じる。
爆発に巻き込まれるなんて奇特な経験は「僕」にも「彼」の記憶にも無いんだけれどね。


……僕の攻撃は、ノア?を破壊することが出来たのかな。


こんなに凄い爆発が起こっているんだから、完全破壊には至らなくても、8割9割は破壊できたと思いたかった。
そうでなくちゃ、何のために命を捨てたのか分かったもんじゃない。


―――って、妄想に命があるとか、僕は何を考えてるんだ。


下らない事を考えた、と自嘲の笑みが浮かぶ―――いや、無理かな。
多分、今の僕の身体はそれはそれは酷い状況になってると思うから、顔もぐちゃぐちゃで表情なんて浮かべるべくも無い。


手も、足も、首も、目も、肺も……身体全体がぴくりとも動かすことが出来ず、ただあるのは身体が光の中に吹き飛び、散らばり、溶け、蒸発していく感覚だけ。
吹き飛んだ身体の断面から塵が溢れ出して欠損部分を再生させようとするけど……その塵自体が光に押し流されて、瞬時に吹き飛び光の中へと溶けていく。


―――再生が、追いつかない。


サードメルト時には渋谷を丸々廃墟に変えたほどのノア?だ、内蔵されているエネルギーは膨大なものなのだろう。
少なくとも、今の僕を消滅させられる程には。


…………でも、良かった。


僕がこのまま死んでいけば、梨深の大切な人である将軍の余命がほんの少し伸びる。
僕という負担が無くなれば、梨深は将軍ともっと長く一緒に居られる。
七海だって、この一年間本当の兄貴に会えなかった間の時間を、少しでも埋められるはずだ。


―――何より、この件が終わったら梨深に殺してもらうか、それか自殺しようと考えていただけに、思いのほか楽に死ねそうで助かった―――


……不意に、おかしくなった。

ディソードを手に入れて少しは変わったかなと思ったけど、僕のヘタレな本質はそう簡単には変わらないらしい。

少し自分が情けなくなったものの、心は穏やかに凪いでいた。


咲畑梨深。
僕の一番の友達で、僕の一番好きな人で、僕の大切な人。


……僕の、片思いの相手。


僕みたいな妄想の存在が、キモオタが。彼女のために何かを成して死んで逝ける。
これほど良い死に様、そうは無いんじゃないかな。


―――凄く、清清しい気分だ……


自分がこれから死に望む事も、そこに意味があると分かっているのなら―――恐怖なんてあんまり感じない。


七海の事は気がかりだけど―――きっと、将軍が何とかしてくれるだろう。
だって、七海は僕の妹である前に将軍の妹なんだ。何とかしないはずが無いさ。

僕がギガロマニアックスの力で痛覚を遮断できたのなら、きっと、将軍も同じようなことが出来る筈。
七海の手首をリアルブートする事も、造作も無いに違いない。


……そう、信じたい。



―――…………



……そろそろ、考えることを止めようか。


今の僕には、もう出来ることなんて何にも無い。
この化物染みた力も、あと数分もしないうちに使えなくなるだろう。


―――ならば、あとは静かに死を待つだけ。


これ以上考えを巡らしてしまえば、死への恐怖が蘇ってきてしまいそうで。
……始め、死にたくないって喚いていた時の事を思い出して、心中で苦笑。



(――――――……)



僕はゆっくりと、意識を沈めていく。


深く、深く、深く……。


そのうちに思考も白く染まっていき、何も考えられなくなって。


穏やかな気分の中、最後に梨深の姿が脳裏に浮かび―――




―――あれ? 梨深は、無事なのかな。




ふと、心配事が脳裏をよぎって、沈みかけた意識が浮上した。

そうだ、梨深もこの場に居るんだった。


……爆発に、巻き込まれていないかな?
せっかく野呂瀬から解放したのに、全てが終わってみれば命を落としてました―――なんて、そんなのは嫌だ。


そう思って、周囲を確認しようとした瞬間―――ぶつん、と。
視神経がぶち切れる感覚。視界が真っ白から真っ黒に塗り変わった。



……どうやら、僕の身体はもうそろそろ限界らしい。
でもそんな事情とは裏腹に、頭の中が梨深の事で一杯になっていく。




―――せめて、梨深に迷惑をかけずに居なくなりたい。




そう、思って。




―――僕は、妄想することにした。





梨深が助かることを、妄想。


この爆発は、梨深の元にまでは届かないって。


強く、強く妄想した。


将軍には負担をかけてしまうかも知れないけど、そこは許して欲しい。


僕の、最後の妄想だから。


光に溶けて行った僕の身体が、爆発の衝撃を押さえ込む。


梨深の元まで爆風を届けないように。


今の僕なら出来る。


そう、思い込んで。


人では無くなった、今の僕ならば。


身体が完全に消える前に。


妄想しろ。妄想しろ。


強く。


強く。


強く―――!



―――強く!!







――――――――――――妄想した。

――――――――――――ノア?から溢れでたエネルギーと、僕の身体が混ぜ合わさる感覚を。


――――――――――――妄想した。

――――――――――――【僕】というエネルギーを、無理矢理押さえ込む感覚を。





――――――――――――妄想した。







――――――――――――梨深が無事で居るという、世界を――――――――――――









妄想は、現実となる。


現実は、妄想に置き換わる。


エラーが、現実化する。


肉体は、消滅する。


意識が、裏返る。


再び、僕が僕で無くなる。

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