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「【SO2】主役はクロードですがメインは綺麗なルッシーです」
(第0部)[1/3]

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 よしだもろへ先生の漫画版スターオーシャン2セカンドエヴォリューションを読んで思いついたネタ。
 後から掲載する設定を読まないと何が起こっているのかわからない不親切設計。
 続かない予定だった。
 第2話を読む前に作品解説を読むことをおすすめします。


 天気は快晴であった。
 太陽は真上で燦然と輝いている。
 巨大な岩が柱のように乱立する合間を縫う形で雑草が緑を敷いていたが、岩肌が反射する日光は時に目を焼きそうな程鋭かった。

 元からこの時期気温は高い。加えて、地にあるモノを炙ろうとしているようにすら思える光の強さで、空気は揺らめいて見えた。
 だからだろうか、ここラスガス山脈に足を踏み入れた時から見えていた水流に水を汲みに来て、道を間違えてしまったのは。

 銀河連邦で少尉の位に就くクロードは、皮袋を握り締めたまま突き当たった行き止まりで溜息を付いた。


 サルバ坑道で出会った双剣の剣士、アシュトン・アンカースに押し切られる形で行うこととなった憑き物落としの第二目的地。
 早朝クロスを出発してから歩き詰め。過酷な山道を登り始めてそう経たずに昼が来たので、休憩も兼ねて昼食を取ることになった。
 いつもなら持ち歩いている完成品を食べるのだが、折角水があるんだし、ということで、調理して出来立てを食べることとあいなったのである。

 調理係はアシュトンとレナ。アシュトンは男だが独り身が長かった為か、レナと匹敵する程の、ひょっとしたらそれ以上の腕を持っている。

 女性だがトレジャーハントに命をかけるセリーヌは、調理より紋章術の方が得意らしい。食事を作れなくても野営の時火を点けたりと、何気に細々とした方面で特技を生かすことが多い。

 クロードはこのパーティーでリーダー役をあてがわれている。
 最終的に大まかな行動の指針を決めるのは彼の役目。
 他にも木の枝を集めに行ったり、体を使う仕事は率先して引き受けている。
 今回も女性であるセリーヌを気遣って、クロード自ら水の補給役をかって出た。

 そこまではよかった。
 彼等が煮炊きをする場所から川は近いように見えたので、クロードは視覚を頼りに進めば問題ないと考えた。

 誤算はすぐ発覚する。
 整備された登山道から外れてしまえば、そこにはもう道などない。
 入り組む岩。大きな物は視界を遮り、半端な背丈の物は道を塞ぐ。体を横にして岩同士の隙間を通れるならまだ良い方、最初は広く開いているのに最後は腕しか抜けられないような狭まり方をしている場所もあった。
 岩肌が反射する光に満足に目を開けられない状態を強いられ、静止していても汗が滴る外気に常より頭がぼうっとすることも手伝って、クロードは見積もった時間を大分オーバーし、ようやっと目的地に辿り着いた。


 さらさらと耳をくすぐる流水音。
 濃い水の匂い。
 歩を進めていると、ふと石柱の壁が途切れた。
 あいた空間を覗き込むと、捜し求めた川が姿を現したのでクロードは深く安堵の息をつく。
 川というより水の通り道と表現したくなるほど細い量だが、補給には問題無さそうだ。
 ここまで来るのにどれだけ時間を要しただろう、すぐに戻ってくるという範囲で無いことは確かだ。きっと皆心配している。早く水を汲んで戻ろう。通った道は全て覚えているから、帰りは来た時よりも時間をかけずに戻れるはずだ。

 つらつらと考えながら皮袋の栓を抜き、苔むした岩肌に膝を付く。
 苔が蓄えた水分が布地を通して膝を塗らす感覚を感じながら、澄んだ川に袋の口を付ける。

 ふ、と、光が遮られた。
 手元と視界が暗くなる。
 雲が太陽の下にかかったのかと思ったが、影はクロードだけを覆っているようだった。
 人の形をしていた。

 飛び退いた。
 皮袋を投げ出すのとは逆の手で剣を引き抜き、影に戦闘態勢を取る。

 魔物と遭遇したのだと思って構えたクロードの正面にはしかし、パイルシェリーともコボルトキングとも違う姿があった。

 相手は川の対岸に佇んでいた。
 顔は見えない。
 全身を覆う深緑のローブは風化した砂のようにかすれた色合いをしている。
 被ったフードで目元が隠れている為表情は読めない。
 口元は晒されているようだが、クロードには逆光で見えなかった。
 かろうじて体格だけわかる。
 細身の男のようだった。

 人。
 おそらく、旅人。

 少なくともクロードにはそのように見えたので、彼は慌てて武装を解いた。

「すっ、すみません!魔物かと思って…」

 旅人が他者との突発的な遭遇の際に武器を構える・構えられるということは少なくない。
 昔から野盗はいたし、魔物が凶暴化した昨今では更に珍しくなくなった。
 普通ならこういう構図になる。

 しかし今目の前に立つローブの男はクロードが構えてから謝るまで、微動だにしなかった。
 クロードも無反応にはどうしたらいいのかわからない。
 剣を持つ手を下ろしたまま、どうしよう、と内心困り果てる。

 さらさら、と水の音。

 ローブの男は動かない。
 クロードも動けない。

 沈黙を破ったのは、耐えかねたクロードの方だった。

「あの」

 発した瞬間、男に動きがあった。
 息を吸い込む音が耳に届く。
 喋る直前の動作だ。

「クロードーっ」

 聞こえたのは、仲間の声だった。

「アシュトン?」

 振り返ると、クロードが来た道とはまた違う方向からこちらに向かってくるアシュトンの姿があった。
 彼は遠方から岩の間を縫うようにこちらへやってくる。

「どうしたのさー、皆心配してるよー」

「ごめんごめん、ちょっと迷っちゃってさ」

「クロード、君って案外抜けてるとこあるよね」

「アシュトンに言われたくない」

「え、それってどういうこと。ん?あれ皮袋は」

 この時点でようやっとクロードは、自分とアシュトンの他に人が居たことを思い出した。
 慌てて正面を向くと、そこにもう人影はない。
 熱せられた空気に遠い景色が揺らめくばかりで、ローブの男は影と霞と消えている。

 クロードは首を傾げた。
 アシュトンとの短い会話の間に彼は何処かへ行ったのだろうか。
 対岸は均されたような平たい岩の地面が続いており、少し先は崖になっている。
 崖のふちは緩い曲線を書いて、石柱は左右どちらともかなりの距離を置いてしか立っていない。
 近場に隠れる場所などありはしないし、下は足音のしやすい岩の地面だ。悟られることなくこの場を去ることは不可能に思える。
 崖のように見えて崖ではないかもしれないと川を跨いで対岸へ渡ってみたが、クロードが覗き込んだ途切れた地面の下は直角に近い崖だった。

 ぐるりと辺りを見回す。
 人影は何処にも無い。

「クロード、本当にどうしたのさ。魔物でもいた?」

 アシュトンは投げ出された皮袋を拾いあげた後クロードの隣まで来て彼の不可解な挙動について問うたが、返事がすぐに返されることはなかった。
 答える側も今会った相手が人なのか魔物なのか、暑さが見せた幻なのかわからなかったからだ。


 結局人影は見つからなかった。
 クロードは道すがらアシュトンに今あった出来事を話し、女性陣のもとに戻って心配の大分入り混じった怒りと呆れの言葉を受けた。
 予定より遅くなった昼食を食べながら、二人にも不思議な遭遇劇を話す。

「蜃気楼じゃありませんこと?」

 卵サンドを銜えたままセリーヌが喋る。
 彼女はお嬢様のような口調で喋り持つ雰囲気もそうだが、トレジャーハンターでもあるので多少の行儀の悪さなら気にしない。
 野宿のときは時を選ばず魔物が襲ってくるので、食事中に戦闘になることもある。
 旅をしていれば自然と完全な食事のマナーというものは失われていくのかもしれない。

「多分違うと思う。凄くはっきりしてたし、初めに彼に気付いたのは影が差したからなんだ」

「でもアシュトンは人影なんて見なかったんでしょ?」

「そうなんだけど、クロードを見付けたらその周りなんかよく見ないですぐ呼びかけたし、その後走り寄ったときも剣は出してたけど戦ってる様子もなかったから、周りには注意してなかったんだ。正直自信ないよ」

「んもう、頼りになりませんわね」

 じろりとセリーヌがアシュトンに睨むような視線を向けるが、彼女は別にアシュトンに悪感情があるわけではない。
 この女紋章術師は男が優柔不断な態度を取ると厳しい所がある。

「ギョロとウルルンはどう?」

 レナが双龍に水を向けるが、答えたのは憑かれた方だった。

「帰り道で訊いたけど、魔物がいないかどうか他の場所を見てたからわからないんだって」

「結局見たのはクロードだけってことですわね」

「幻じゃないなら、魔物か旅人か野盗ってことかな」

「魔物か旅人か野盗、かあ」

 南瓜のコロッケを齧りつつ、クロードは記憶を反芻する。
 確かに野外で人に会うならこの三択だが、記憶の人物は野盗というには雰囲気が違うような気がした。
 暴力で人を襲う者には独特の空気のようなものがあるし、彼らは獲物を値踏みする。
 男がこちらに寄越した視線には、そういった価値を推し量ろうとする邪なものや俗世的な欲は感じなかった。

「野盗じゃない思うんだよな。そんな風に見えなかった」

「甘いですわよクロード。世の中には悪人に見えない悪人なんてごまんといますわ。先に人の良さそうな仲間を接触させて、隙を作らせて一斉に襲い掛かる。なんて常套手段ですのよ」

 ちっちっとセリーヌが指を振る。
 クロードは苦く笑った。

「でも話しかけられもしなかったんだよね」

「うん。セリーヌさんが言うような相手ならなんらかの接触があると思うけど、それも無かったんだ」

「じゃあ魔物か旅人ってこと?でもこの大陸に緑のローブの魔物なんていたっけ?」

 人型の魔物というのは実は珍しくない。
 コボルトのようにシルエットだけなら人に近いものから、マギウスやチンケシーフのように人にしか見えないものもいる。
 彼らが魔物と定義されるのは、人と見れば例外無く襲い掛かってくる特性と、どの個体も寸分狂いなく同じ外見・能力を持つという特徴、文明を持たず野に生息するといった生態からだ。

 クロードが遭遇したという人影を魔物の基準に当てはめるなら、まず襲われなかったということが不可解だ。
 長くクロス大陸を旅しているが、同一の外見の魔物に遭遇したことはない。
 ラスガス山脈に入ってからあまり時間が経っていないので、この場にのみ出現する魔物という可能性も残されているが、やはり襲ってこなかったという点が解せない。

 クロードが、ここでふと思い出した。

「そういえば、彼、何か喋ろうとしてたっけ」

「え、喋ったんですの」

「いや、実際は喋らなかったんですけど、喋ろうとしたんです。彼が喋る前にアシュトンから声がかかったから聞かなかったんですけど」

「喋る魔物なんているのかな。ソーサリーグローブが落ちる前からいるギョロとウルルンだって喋らないのに」

「フギャ」「ギャフギャフ」

「いるけど、凄く少ないって。よっぽど高位で知能が高くて、人と頻繁に接触してたような魔物じゃないと無理だってさ。ギョロとウルルンも、片手で足りるくらいしか知らないみたい。全部ソーサリーグローブが落ちる前の魔物らしいよ」

 アシュトンという男は背中の龍の通訳としての位置がすっかり定着してしまっている。

「じゃあやっぱり旅人かしら」

「それが一番可能性は高いんじゃないかな」

「一人でここに来るなんて相当腕に自信があるんだろうね。もしかして、その人も魔鳥の涙を狙ってるんじゃ…どうしよう!」

「まだそうと決まったわけじゃないって」

「話そうとしていたのでしたら、野盗の線は捨て切れませんわよ。アシュトン」

 クロードとセリーヌに続いて、背中の龍もフギャフギャとアシュトンを宥めているようだった。
 祓う側と祓われる側の一人と二匹は妙に仲が良く、パーティーでも疑問に思う者はいない。

「まあ、魔物か野盗なら襲ってきても返り討ちにしてやればいいだけのことですし、旅人でしたらそう害はないんじゃないかしら。でも、アシュトンの言う通り魔鳥の涙が狙いならやっかいですわね。先を越されない為にも早めに出発しましょう」

 セリーヌの一言を最後に、不思議な人影の話題は終わった。
 適当に雑談をしながら残り少ない昼食を片付け、短い時間胃を落ち着けてから、四人は登山を再会した。


 平らな石で出来た急な坂道が途絶え、先頭を歩くクロードは足を止めた。
 道そのものは一本で距離もそう長くなかったが、その末にこのようなものがあるとは。

 四人全員で空を仰ぐ。
 正確には、空にほぼ垂直に伸びる岩を仰ぐ。

 多様な凹凸がありわずかに傾斜も付いているので無理をすれば登れそうだが、これ登るの?と思わず誰かに訊いてしまいそうなほどの高さだ。
 つい訊こうとして後ろを振り向いたクロードが見たものは、岩の天辺であろう辺りに目を向けうんざりしている三人の顔だった。

 一応クロードは三百六十度見回してみたが、目前の岩以外先に進めそうな場所はない。
 進む、というより這い登る、のだろうが。

「これ、登るんですの」

「他に行けそうな道なんてないし、そうじゃないかな。道じゃないけど」

 セリーヌは登る前から声に若干の疲れが見られる。
 ただでさえ女性なのに、露出の多さを考慮すると彼女が一番大変かもしれない。

 言っていることに積極性はあるが、声色に積極性が無いのはクロードだった。
 クロードは登りたがっていないが、ここまで来たんだし行かなきゃ駄目だよね、という思考もある。

「まあ相手は鳥だし、こんな岩のてっぺんにいてもおかしくない、よね」

 レナもちょっと引いている。
 アシュトンが三人の間に微妙に流れ出した「やめとかない?」という空気を察して慌て始めた。

「ちょっとちょっと、ここまで来たのに祓い落さないなんて言わないでよ!ちゃんと責任とってよね!」

「わかってるわかってるって。じゃあ、僕が最初に登って危ない箇所が無いか確かめます。アシュトンは僕の次に登りますから、レナとセリーヌさんは最後に来てください。登りづらい箇所があったら、アシュトンが引っ張りあげます」

「え、僕?」

「当然だろ。ギョロとウルルンがいるんだから。二匹に体を支えて貰うか、レナとセリーヌさんを引き上げて貰うかすれば安全じゃないか」

「クロードってギョロとウルルンを僕の一部だと思ってない?」

「はははそんなことないって。じゃあ行くよ」

 アシュトンとのじゃれ合いをとっとと切り上げて、クロードはぐいぐいと登り始める。
 実際にやってみれば足をかける場所も手をかける場所も豊富にあって、登る前の印象よりずっと楽だ。
 いくばくも行かないうちに踊り場のような休憩ポイントもあり、これは意外に容易かもしれない、と息をつく。

 二つ目の踊り場に立って下を覗くと、一人と二匹は言われた通り女性陣のサポートをしていた。
 といっても、二人ともそれほど難儀はしていないようで、セリーヌはアシュトンと同じく一つ目の踊り場に辿り着いている。
 アシュトンも今登っている最中のレナが助けを必要とするか、様子を窺っているだけのようだ。
 今なら集中を乱すことにはならないと判断し、クロードは声をかける。

「アシュトン、今居る場所から少し登った所にも」

 踊り場がある、と続くはずだった言葉は、突然の爆音に遮られた。
 閃光、衝撃。
 びりびりと岩が振動して、レナが小さく悲鳴を上げる。
 アシュトンが咄嗟に身をのり出してすぐそこにあったレナの手首を掴み、ギョロとウルルンが宿主が落ちないよう近くの岩に齧りついた。
 セリーヌは咄嗟にしゃがんで壁際に寄る。
 クロードも下を向いていたのでバランスを崩しかけたが、落ちることは無かった。

 遅れて、バラバラと落下物が降って来た。
 岩や木の破片など。
 大体は遠くに落ちたし大きいものも稀だったが、視界の端を人と同じくらいの丸太がかすってぞっとする。

 何が、と仰ぎ見たクロードの目に、タイミング良く石柱の最上部で起こった爆発のようなものが見えた。
 爆発、と断言出来ないのは、爆ぜた光が緑色をしていたからだ。
 すぐにもう一度振動と轟音が来たが、先ほどよりはまだ大人しく、岩肌に縋りつかなければ落ちてしまいそうな程ではない。
 落下物も一回目と違い、量も大きさも飛距離も小さい。

「一体何!?」

 レナの声がした。
 一番危なそうな位置にいたレナが無事なことに、クロードは頂上から目を離さないままほっとする。

「何か、上で」

 アシュトンの返事に被せるように、バサリ、と今度は鳥の羽ばたく音がする。
 すう、と四人を撫でるように過ぎた影は、大きな翼の形をしていた。

「上で誰か戦ってる!急ごう!」

 その結論に至ったクロードは、ひっしと上に続く岩肌に縋りついた。

 このパーティーは何故か目の前に危ないことがあると首を突っ込みたがる傾向がある。
 そして誰がそういう行動を取っても、大抵突っ込みが入らず残り全員で後続する。
 今回も例に漏れなかった。
 もう一度最初と同じ規模の爆発が起こったらどうするんだ、と誰も言い出さないことと、そのことに疑問を感じる人間が居ない時点で、このパーティーに突っ込みがいないことが窺い知れる。

 クロードは大急ぎで岩を登った。
 道中も落雷の音や何かが岩に打ちつけられるような音がし続けたが、岩登りの妨げになる振動がほとんど無かったことは幸いだった。
 大した時間もかからずに、クロードは頂上の縁に手をかけることが出来た。

 両手に体重をかけて全身を引っ張りあげる。
 顔を出した場所は、大きくひらけていた。

 奥には人より大きな雛が入りそうな鳥の巣があるが、端が巨大な何かで抉られたように欠けている。
 巣とクロードの間には何も無く空間があいているが、今そこはまさに戦いの場となっていた。

 見たこともないような怪鳥だった。
 白と紫と橙に彩られた体は大きい。
 広げられた翼は片方だけでもクロードよりも長さがあり、佇まいも王者の名を冠するに相応しい堂々たる姿形。
 あちこちに裂傷がはしり血を滴らせているにもかかわらず、翼をゆるく上下させて空中に静止する様は、今まで見たどの鳥よりも人を威圧する凄みがある。

 一目で格が高いと知れる魔鳥と向き合うのは、相手と比べてちっぽけともとれる存在だった。
 全身を長い時に晒したようなローブで覆った人影。
 今見える唯一の部位は、登っている最中に見た閃光と同じ色の光球を浮かべる白い手のみ。

 川で会ったあの男だった。

「さっきの!」

 無意識に発したクロードの言葉で、初めて男は第三者の存在に気付いたようだった。
 光球はそのままに、フードで隠れた顔がはっと声のした方を向く。

 布の影に隠れた目とクロードの目がほんの一瞬、絡み、

 そしてその姿勢のままで、男はこんなあからさまな隙を見逃すほど甘くない魔鳥の体当たりを受け、重さを感じさせないほど軽々と吹っ飛んで石柱の頂上から消えた。

「―――――――――――ッ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」

 クロードは声も出なかった。

 男が落ちたのは登ってきた方向とは真逆。
 あちらはラスガス山脈を縦に割ったような絶壁の崖であったはずだ。
 自分が声をかけたせいで人が崖に落ちた、とか、落ちた先がどう考えても助からない、とか、様々な考えが脳をぐるぐると回る。
 取り返しの付かない事態だ。
 硬直から復活したクロードはとにもかくにも男の落ちた先を覗こうと走り出し、大きな羽ばたき音と風圧を感じてその場から飛び退いた。
 今まで立っていた地面が巨大な嘴に抉られる。
 攻撃を当て損ねた怪鳥が、鋭い猛禽の目でクロードを睨んだ。

『貴様、奴の仲間か』

 低い、貫禄のある声だった。
 声帯の中で反響して折り重なる音は、人にあらざる響き。
 魔鳥は道中話題に出た喋る魔物らしい、と、クロードは僅かに驚嘆する。

『まあいい。誰であろうと人は滅すのみ。我が棲みかを荒らしに来た愚行を後悔しながら死んでゆけ!』

 喋り終えた後、魔鳥は高々と鳴いた。
 びりびりと肌を震わす刺激は鳥類の声だけではない。
 怒りに圧縮された殺気がクロード一人に向けられる。

(クソっ、駄目だ。崖を覗き込んでる暇なんかない)

 そんなことをすれば命がない。
 クロードは剣を構えて全身を緊張させた。
 まずこの魔鳥をなんとかしないとどうしようもない。
 そもそも自分一人では五分に渡り合うどころかあまり持ちそうもない、と、対峙する敵に集中しながら、後続の三人が一秒でも早く来ることを祈った。


 セリーヌのエナジーアローがジーネに突き刺さった瞬間、魔鳥は甲高く鳴いて地に伏した。

 クロードとアシュトンが、剣を地に突き刺して崩れ落ちそうになる体を支える。
 四人の息は荒い。
 全員ぼろぼろだった。
 レナの回復魔法が無ければ、全滅していたに違いない。
 周囲の岩も割れたり抉れたりと、戦闘の激しさを物語っている。

『何故だ…』

 ジーネが呻いた。
 声は一番初めに聞いた時の力強さを失い、どれほどこの鳥が弱っているかを物語っている。

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