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「星の精霊 」
(第0部)[1/1]

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「なあ、忠夫」
その日いつにもまして真剣な顔をした両親を前に、牡丹鍋をつついていた横島忠夫は箸を置いた。
「お前は、吸血鬼なんや」

第一夜 とある夏の日の真実

かったるい。それがその日、朝一番に思ったことだった。
蝉がうるさいその日は、太陽すら元気で、紫外線と赤外線、その他もろもろを地上に送り出し、オゾン層は少しばかり早い夏休みの真っ最中ではないのかと疑うほど暑かった。
かったるい。先ほど思ったことを違う目線で見てまた思う。わいわいがやがやと熱気は何処に言ったと言わんばかりにはしゃぐ少年少女たちに、それでも小学五年生なのかと問いかけ、だからこそ騒がしいのだと愕然とした。そしてその中に自分も含まれることが更にテンションを下げる。
夏は嫌いだった。それはもう年頃の少女たちが台所に出没するGなる生き物を蛇蝎のごとく嫌うように。
そもそも、この炎天下にプールではなく態々京都の海に行くと言うのが信じられなかった。
海と山、どちらがすきかと聞かれればどちらも同じだと答え、あえて言うならば空と答える横島にとって、海はそれほど好むものではなかった。尤もこれが海水浴ではなく、船に乗り糸たらす船釣りだったならば話は別だっただろう。色気よりも食い気。本来ならばそろそろ異性に対し何らかの自意識を持つころあいであるにもかかわらず、横島にはそのような感情がないのではないかと思うほど無関心だった。
性格は遺伝しないと言うことなのか、父、大樹は女好きで、母、百合子にぞっこんだと言うにもかかわらず最後まで行く気がないのに女を口説いている。男としての魅力もあり、放っておいても女は寄ってくるほどの父は、決定的な浮気をしないほどには女好きであった。母もそれを分かっているからこそ、目くじらを立てないのだが、その性格は全くと言っていいほど受け継がれていなかった。
だからこそ、年頃の男子ならば妄想を掻き立てられる請け合いの夏の砂浜に向かうと言うのに、いっそすがすがしいまでに無関心、無感動だった。
加えて憂鬱なのは弁当ではなく海の家で昼食を取るとのこと。早い、美味い、安いが本来食事所に求められる条件である。にもかかわらず海の家はそれを真っ向から否定するがごとく存在する。寧ろ、暑い、不味い、高いが存在意義だといわんばかりに手を抜きに抜きまくっているのだから、海岸に興味の無い横島にとっては冗談ではなかった。
だからこそ、横っち元気ないなぁ、と小学校に入学して以来ずっと同じクラスの銀一と夏子に心配されても空元気一つ出ないのだ。
かといって休むわけにも行かなかった。息子の趣向は全て知っているといわんばかりの父と母。父はともかく母は学校行事なのだから参加しなさいと、ミイラになりたくなかったらと言う脅しを込めて送り出した。ミイラになっても死ぬことはないが、回復に時間がかかることは必至。さらにはまだ成熟していないことから夏休み一杯はそれで時間を潰すだろうと理解していたが故に、限りない憂鬱さを背負い参加した。
もうどうにでもなれ。それが偽り無い気持ちだった。

輝く海! 白い砂浜! ピッチピチのあられもない女の姿! 目の前の光景を見たらまず間違いなく言葉にするだろう父を思い出しながら、準備体操をして海に入る。ライフセイバーが見守る中、誰一人沖に行こうとしないのは野生というものがめっきり減退したとはいえ人間が地球の一生物である事を明確に表していたのだろう。その原因が明確に分かる横島は、まあこれも修行かと一人誰にも悟られること無く海にもぐった。
潜行する横島は手足を動かすことなく進んでいった。目にはテレビで見るような、あるいはプールで潜り水面を見るような輝かしさはない。あるのは光もそこから生まれたという闇が広がっていた。
そこまで深い深度ではないのだが、暗いのは光量の問題ではない。暗い暗い、宇宙のそれよりも尚暗い生きるものが生み出す怨嗟がそこにあった。
暗い闇は、そっと糸のように漂うと、横島の手に足にに絡み付こうとした。そんな行動を眺め見て、かったるい、ともう一度愚痴る。絡み付こうとした闇の糸は、白い肌に触れた瞬間霧散した。
それにいきり立ったがごとくうごめきだす周囲の空間。それを知っても尚横島はめんどくさそうな、あるいはだるそうな光の無い、寧ろ周囲の闇に同化でもしているような暗さを漆黒の瞳に宿し、ただ成り行きを見つめる。
先ほど言ったように横島は釣りは好きだ。だが稚魚などは海に返すが、キャッチアンドリリースは決してしない。現在欧米ではやっているバスつりは暇人がやるものだとバカにしている。釣りは獲物を食ってこそなんぼと思っているからだ。
今の状況は釣りだ。横島、つまり抵抗力の弱い幼子を餌に、この時期現れるものを釣るさおの無いつり。
だが、横島は全く楽しくはない。獲物が食べれるものではないからだ。これでは夜の街に出かけるほうが効率がいいと、うんざりする。それでも見つけたからには成さねばならぬと、僅かに力を発現させた。
暗い闇の中にぼんやりと淡い青色の光がともる。霊気と呼ばれるそれを両目にまわした横島は、ニタリと笑うどころか、だるそうに肩を落とした。
雑魚だ。それが思わず漏れた本音。目の前には既に頭蓋しか明確な形を残していない霊魂の姿があった。
まるでクラゲのように幾つもの霊絡を伸ばすそれは、姿こそ巨大であったが霊格があまりにも低すぎた。
これは”死”んでるわ、ともともとから低かったやる気が更に降下した。霊が死んでいると言うのは当たり前だが、視線がかち合っても襲ってこない悪霊というのはどうだろうか。霊として存在するには、エネルギーが必要だ。それは霊脈からのエネルギーだったり、魂だったりと様々だが、それが無ければ霊は”死”に掻き消える。そして目の前の存在がまさにそれだった。
厄日やろか、と呟きながら、無造作に手を突き出し、手が消えた。正確には特定の別次元、あるいは異空間に手を入れたのだ。そして一瞬で出された手に握られていたのは小さな小瓶だった。コルクで蓋をされた瓶のなかには、墨のように真っ黒でいて実体の無い何かが詰まっていた。
そしてふとあごに手を当てる。明らかに目の前の存在は薄い。どうすればより濃くなるだろうかと思案し、ひらめいた。薄いなら圧縮してしまえばいいではないかと。
気が付いたならば後は簡単だと、瞬時に空間を掌握する。そして開いていた左手を、
「ギョアワァッァァッァア」
握った。

だるい、だるい。ああだるい。帰って来た横島は明らかに憔悴していた。バスから降り、わいわい騒ぐ同級生を見つめ、若さっていいね、と黄昏た。
死んでいる悪霊を小瓶に詰め、他にいないかと回ったのだが、浮遊霊一つ存在せず諦めた。食べたのはチャーシュー一つ無いラーメン。不味かった。二度と食うもんかと心に決めた。
寧ろ何で元気なのと、問いかけるべきだろうかと思い、止めた。母の命がなければ行く事もなかったのにと。
「忠夫、あんたGSには会わなかったのかい」
そんな憔悴した横島を迎えたのは、呆れ顔の母だった。GS。ゴーストスイーパー。エクソシスト、退魔師、除霊師、祓い屋、呪い屋。そんな超常現象を起こすことの出来る集団の中で一定以上の力あるものに国際免許を与えることで統一した呼び名だ。
だからこそ、その一言で分かってしまった。母はGSと戦わすつもりだったのだ。
どんな海水浴場であっても必ず一度はあること、それが溺死事件。それは積もり積もって怨霊となる。クラゲのような死んでいたのも怨霊の成れの果てだ。
おかしいと思っていたのだ。いくら小学校が行くほど安全だといっても、あそこまで死んでいる悪霊は居ない。恐らくGSが祓った後だったのだろう。
海という言葉から、そういった悪霊の蒐集することを課したのだろうと思っていた。だが漸くそれをもとに集まってくるGSとの正体を明かさないようにする戦いをやって来いという意味で行かせたのだと、母の意を悟った。
「やっぱ厄日や」
だから頭を抱えて天を仰いだのも無理は無かった。

マントをたなびかせ空をはしる。天空に輝くのは今では空気が薄いからこそ見える二世紀以上前では当然のように地上からも見えた輝く星々。
「やっぱ空はええなぁ」
高速で進みながら和んでしまうのも無理は無いだろう。それほどまでに星々は美しく、天を舞うのは心地よかった。
航路が開け、飛行機が登場したこの世界。地球のいたるところに人間が住み着き、人類の繁栄は約束されたも同然のように見えた。だがその人類をしても体一つで空を舞うことなどできはしないのだ。
横島はこの瞬間が好きだった。何もかもを、母なる大地ですら振り切って泳ぐ一切の束縛の無い自由な空間。まるで世界と一つになったかのようだといつも思う。
ただ不満なのが身に纏っているマント。ハーフマントの付いた襟の高いそれは、自分のセンスとピタリと一致していた。しかしそれは自分のものではなく、父のお下がりで、小さなこの身には大きすぎるのが難点だった。防御力を初めとした付属性能がとても高いことは知っている。未だ幼い自分を守る盾の代わりだという事も。だがそれでも身体にマッチしたものを着たいと思うのは無理からぬことではないだろうか? 尤も蝙蝠を操りぶかぶかのマントとしている知り合いに比べればまとものようにも思えないことは無かったが。
そんなことを考えつつ大阪最大の繁華街上空に到着した。眼下に見えるカラフルなネオンの塊。それに口の端を吊り上げ笑った。
火を、そして電気を得て夜の闇を切り開いた人間は、本来の姿を忘れ去っている。切り開き自らの領土と思い込んでいる宵闇は、当然のごとく人間の領土ではない。
人類の限界をはるかに超えた視力で、繁華街の路地裏に踏み入った一人の女性を捕らえた。考えたのは一瞬。音速を超えされど音は無く急降下し、物音一つ無く降り立った。
そう、人間は忘れているのだ。
「こんばんわお嬢さん」
ハッと振り返る女性の顔を見てうっすらと笑う。そう闇が覆い尽くすこの時間は、夜の一族の領土だと。
「子供? え、うそ!」
女性は確かに横島を見た。そう人間ではありえない宙に浮かぶ少年を。その顔に浮かぶ子供は決して浮かべることの無い冷たい笑みを。
「どんな声で」
驚愕する女性の後ろを取り、片手で口を覆い露出したうなじに顔を近づけそっと囁く。
「なくのかな」
尖った犬歯を首筋に突き刺すその瞬間。高揚を覚える自分は確かに吸血鬼なのだと、今更なことに狂喜した。

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