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「【SO4】幸せの花束【連作短編】」
(第0部)[1/2]

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 フェイズ×アミナの本編後連作短編です。
 時系列は基本上から下で、当然ですが、アミナ(黒き民の少女)生存捏造です。


 


 純白の雪がはらはらと舞い散る冬。人気のない平原に微かな機械音が響いた。
 それは遠い空から聞こえ、静かに地上に降り立つ。だが、傍目からはそこにはなにもない。
 なにもない空間から、一人の青年が姿を現した。
 冷たい風に翠の髪を靡かせ、肩に巻いた黒いマントが舞った。
 青年は地に降り立つと共に、マントを強く握る。この地で起きた出来事が、彼にそうさせた。
 息を吐けば白くたなびき、やがて虚空に消え去る。
 青年は軽く目を閉じると、すぐに歩き出した。人気のない平原を迷うことなく真っ直ぐに。

 白く染まった平原を歩きながら、青年はふと昔のことを思い返していた。
 昔といっても僅か一年ほどではあるが、青年には途轍もなく長い時が流れたように感じていた。
 約一年ほど前、青年はこの地へ初めて降り立った。
 そこで青年は生涯の中で忘れられない出会いをし、深い悲しみを背負った。
 その悲しみは青年に道を踏み外させ、狂わせた。
 真っ直ぐで、純粋で、優しい青年が、大きな過ちを犯してしまった。それほどまでに、悲しみは大きかった。
 だが、青年は救われた。尊敬していた仲間達に。決して最後まで青年を見捨てる事をしなかった、勇敢な青年に。
 青年が足を止める。

「あなたは、いま、なにをしていますか?」

 蒼く澄み渡る空を見上げ、微かに微笑んだ。

「エッジさん」

 紫水晶の輝きを持つ青年の瞳の奥には、一年前の出来事がまるで昨日の事のように思い返されていた。



   幸せの花束〜Faize side〜





「フェイズ――――!!」

 耳に響く叫びを聞きながら、フェイズは深い闇に飲まれていった。
 横をがらがらと崩壊しながら落ちていく破片とは違い、まるで浮いているような浮遊感に包まれながら、確かに落ちていた。
 もう、光は見えなかった。
 前後左右に火尖るのは闇。ただそれだけ。
 このまま死ぬのだろう。
 そう思いながらも、フェイズは心地良い感覚に溺れていた。
 これでいい。そう思っていた。
 ただ、一つ心残りはあった。

「きちんと供養を……してあげたかったな」

 視界の端にチラつく黒いマント。それを強く握り締めれば、銀色の光が弾けたような気がした。
 自分の力が及ばなかったがために救えなかった人々。思い返すだけでも、まだ胸は張り裂けんばかりの痛みを訴えてくる。
 もう一度会いたかった。話がしたかった。だが、それも叶わない夢だ。
 せめてこの先に待つ未来で逢瀬を果たしたいと願うが、大罪を犯した自分が、あの純朴で清らかな少女と同じ場所に行けるはずはないと、フェイズは一人自嘲的な笑みを零した。

「――僕は」
 このままどこへ行き、どこへ消えるのだろうか。
 そうフェイズが呟いたとき、

「え?」

 眩い、そして柔らかな光が黒いマントから煌々と放たれた。
 無意識のうちに手を伸ばす。温かかった。優しかった。綺麗だった。

「この光……まさか」

 黒いマントを纏った少女の顔が浮かぶ。
 だが、

「いや、違う……」

 なにかが、違った。あの少女の力ではない。
 この光は、

「そうか……君なんですね」

 光を掴む。
 闇に魂を売った自分には相応しくはないと思った。だが、光は決して拒まなかった。
 全てを包み込んでしまうような光の中へ吸い込まれていく。

「温かい」

 柔らかな紋章の光に包まれながら、フェイズは心地良い感覚に溺れていた。
 二つの力が、二人の少女が、手を自分へと差し出している気がして、フェイズは躊躇いながら手を伸ばした。
 ふと、黒い少女がフェイズが包まれた光の外を指差したような気がした。
 フェイズはその方向へと顔を向け、目を開く。
 一人の青年が、深い闇の中へゆっくりと落ちていく。

「エッジ……さん」

 まさか、とフェイズは眉を下げる。
 腕を伸ばそうとするが、決して届かない。
 そうしている間にも、エッジは闇へと飲まれていった。

「駄目だ……!」

 その時、フェイズは咄嗟に腕を伸ばした。
 そして、

「お元気で」

 光が全てを支配した。
 二つの暖かな光に手を取られながら、フェイズは光に溶けた。



※ 



 フェイズが目を覚ました場所はどこか見覚えがあり、懐かしさが残る場所だった。

「ここは……?」

 背中に当たるのは柔らかな草の感触。真上に浮かぶ太陽の眩しさに、フェイズは目を細めた。
 手に力を入れて体を起こすと、辺りに広がるのは穏やかな平原。やはり、懐かしいと思える場所だ。

 しばらく緩やかな風に身を任せていたフェイズは、ゆっくりと立ち上がった。
 気になることはいくらでもあった。だが、とりあえずは現状を把握しなければならない。
 フェイズの頭はいつもに増して冷静だった。
 それから少しばかり歩いたフェイズは、小さな村に辿り着いた。
 そこで、フェイズは知ることとなった。
 ここに、見覚えがある理由を。

「ここが、レムリック」

 フェイズがいた場所は、リムルが居た星だった。

「無意識に、ここを選んでいたのでしょうか」

 マントを見る。あの時フェイズの体を包んだのは、確かに転送魔法の光だった。
 術者は間違いなく、リムル。思い出残る生まれ故郷を転送先に選んだのは故意か、無意識のうちか。
 少女の術と、リムルの力。それを受けて、今ここに命を永らえている。

「僕は幸せ者ですね」

 小さくフェイズが笑う。

「さて、これからどうしようかな」

 蒼い、蒼い空を見上げる。

「旅に出るのも、いいかもしれないですね」

 優しい二人の少女の力によって救われた命。一度は死を覚悟したが、また捨てるつもりはない。
 フェイズには一つ知りたいことが出来た。
 どうして一度は裏切った仲間を簡単に許し、信じられるのか。
 エッジの行動の意味をフェイズはまだ理解できていない。それを理解したとき、また少しエッジに近づけるのではないか。

 その想いを胸に抱えながら、フェイズは旅に出ることを決めた。
 数々の星を回っては、新たに制定された未開惑星保護条約に触れないように接触する。時に人助けを、時にはただ事の成り行きを見守った。
 学ぶ事は沢山あった。それでもまだ、エッジに近づけてはいないような気がした。

 そして、そんな中でも決して欠かさないことは、時折ロークに訪れる事。
 言うまでもない。黒き民の供養をするためだった。
 未遂に終わった魔王復活。だが、決して犠牲はゼロではなかった。
 捧げられた黒き隠者達。
 ほんの少しの間話しただけではあるが、とても温かい人達だった。
 魔王復活こそ成功しなかったが、彼らを助けることは出来なかった。一足遅かったのだ。
 目を閉じれば、透き通るような銀糸を持った少女の笑顔が浮かんでくる。とても優しく、まるで太陽のような少女だった。
 ポケットから小さな髪留めを取り出し、それを指先で撫でた。

「これも……今日こそ埋めないといけませんね」

 一年前、バロックダーク崩壊後再びこの地に降り立ったフェイズが真っ先に向かった場所は、パージ神殿の最奥だった。
 そこで黒き民達の遺体を運び出し、タトローイ付近の、彼らが最後に駐留した場所の傍に埋めた。
 黒き民はそれほど人数が多い集団ではなかったが、それでも遺体と全ての遺品を回収するとなると、あの遠い道のりを何度か往復する必要があった。
 わざわざ原始的に運ばなければそれほど手間はかからなかっただろう。だが、フェイズは敢えて苦労する道を選んだ。
 埋葬も全て自身の手でやり、別室に置かれていた彼らが生涯を共にする黒い装束も一緒に埋葬した。
 そのマントを見るたびに得もいえぬ悲しみが込み上げてくるのは、今も同じだ。
 フェイズが持っているのは、彼らの遺体が入った祭壇の後ろに落ちていた少女の髪留めだった。
 左側で結った長い銀糸を纏めていた髪留め。これだけは、どうしても埋める気にはなれなかった。
 彼女の死を認めたくなかったのか、自分の罪への戒めなのかはわからない。だが、これを手にするたびに、墓の前に立つたびに、フェイズの心は暗く翳った。

「でも、このまま持っていたら、あなたも戸惑ってしまうでしょうか」

 これほどまでに大きな未練。満足に成仏できないかもしれない。
 なんという非科学的な考えだろうと自嘲しながら、フェイズは髪留めをポケットの中にしまいこんだ。
 墓へ行く前に、タトローイの花屋へと足を運ぶ。普段は摘んでくることの方が多いが、この時期咲いている花は少ないため、店で買うのだ。
 店主である気前のいい主婦が、フェイズに爽やかな笑顔を向けた。

「ああ、あんた。毎度ありがとうね」
「ご無沙汰してます。いつものをお願いします」

 此処へ来るのは何度目だろうか。どんなに忙しいときでも、月に一回はロークへと行く。
 時には日帰りで、時には数日間滞在するときもあった。
 滞在と言っても特にする事はなく、墓参りをするか、シュドネイ教が目立った動きをしていないかの動向を探るくらいだ。
 花屋の主婦が丁寧に花を選んでいく姿を見つめながら、フェイズはマントを触った。
 ふと視線を横に走らせると、ガラスの入れ物に差された多くの花の中に、一際目立つ薄銀色の花を見つけた。花は小さいが、陽の光に照らされ煌く姿は神秘的だった。
 それを手に取り、主婦に声をかける。

「この花は?」
「ああ、少し前に行商人が運んできた花でね。銀色の花なんて珍しいからさ」

 くるくると紙で花を包んだ主婦が微笑む。

「綺麗だろう」
「ええ、とても」

 フェイズの顔が綻ぶ。その中にある小さな悲しみには、主婦は気付かない。

「じゃあ、それオマケするよ」
「いえ、代金は払いますよ」

 慌てて手を振ったフェイズだが、主婦は快活に笑って丁寧に纏められた花束を押し付けた。

「いいっていいって。あんたはお得意さんでいつも助けてもらってるからね、たまには私からもなにか返さないとさ」

 この花屋へ通うようになってから、フェイズはときたま主婦の頼みを聞いて小さな雑事などを引き受けることがあった。
 それを苦だと思ったことも、恩を感じさせるためにやったことでもない。
 当たり前のことだと思っていた。
 だが、今のフェイズにとってそんなことはどうでも良かった。
 主婦の言葉が、何度も何度も頭の中で繰り返され、少しずつ形を変えていく。


 ――私たちも旅をしていて親切を受けることがあるわ。それを別の誰かに返すのは当然でしょう?

 
 心に響くこの言葉は、誰のものだったか。
 あの、名も知らぬ少女のものだ。

「どうしたんだい?」

 黙り込んだフェイズに、主婦が心配そうに声をかけた。
 フェイズははっと我に返ると、主婦から花束を受け取って頭を下げる。

「いえ、なんでもありません」
「そうかい。ならいいんだけれどね」
「では、この花は有難く頂きます」

 小さなバッグからこの国の通貨を取り出して支払いを済ませ、主婦に一声かけてタトローイの街を歩く。
 灰色の石畳を歩く足は、いつもにまして重かった。
 フェイズの視線は、ずっと手に持った銀色の花に落とされている。

「未練がましいな」

 いつまで引き摺って生きていくつもりだろうかと、フェイズは声なく笑った。
 だが、おそらくずっと死ぬまで引き摺っていくのだろうとも思っている。深く、深く根についた感情の名前を、フェイズはまだ知らない。

「眩しい……」

 見上げた空はあまりに蒼く、あまりに眩しかった。



 
 その後、フェイズはいくつかの店を回りお供え物にする食べ物を買い、街を出口へと向かって歩いていた。
 片手に紙袋を抱え、もう片方の手に花束を持ち、銀色の花は花束の上にちょこんと乗せている。
 一人で街を歩いていると自然と出た溜息。
 首をもたげた際に手まで傾いてしまったようで、紙袋に入れていた小さなお菓子が一つ地面に転がり落ちた。

「あ……」

 ふぅと、一息つき、紙袋と花束を同じ手に持って腰を曲げた。
 手をお菓子へと伸ばし、指先がそれに触れたとき、

「さっき、珍しいもん見たよ」
「珍しい?」

 何気ない街行く人の会話が耳に入り、フェイズはお菓子を拾って顔をあげた。

「ああ、バーニィに乗った女の子」

 フェイズの目が見開かれる。

「バーニィに? 黒き民か?」
「かと思ったんだけどな。違ったよ」
「言い切るな」
「あいつらっていっつも黒いマント身につけてるだろ? その子は普通の恰好してたんだよ」

 話をしていた男が肩を竦める。フェイズも同時に肩を落とした。

「最近めっきり見なくなったし、どうしちまったのかね」
「なんでも一族揃って魔界にいっちまったって噂もあるな。ほら、あいつら不思議な力を使うだろ?」

 黒き民が魔王復活の生贄とされたことは伝わってはいない。
 なにしろシュドネイ教徒の大半は自害したか、もしくは姿を潜めているからだ。おそらくまた陰で魔王復活の算段を立てているのだろう。
 そして、黒き民の一族は旅暮らしの根無し草。姿を消したとしても、別段不思議がるものもいない。
 置き去りにされたテントは不審がっていたが、それもフェイズが片付けたことで誰も気に留めなくなった。
 シュドネイ教徒以外の当事者であるエッジたちは、もうこの星にもいない。そして、フェイズも口外するつもりはなかった。

 そう、黒き民の痕跡はもうどこにもない。
 彼らの末路は誰にも知られず、人々の記憶から消えていくのだ。
 静かに拳を握り締めるフェイズをよそに、会話は続いていく。

「で、どんな子だったんだ?」
「そうだなあ。銀髪の可愛い子だったよ。こう、左側に三つ編みがある……」

 いままで饒舌に話をしていた男の声が止まる。
 突然横で聞こえた何かが落ちる音に反応して目を向ければ、まだ年若い変わった服装の青年が驚愕に染まった目でこちらを見ていたのだ。

「ど、どうした、兄ちゃん?」
「どこで?」

 足元に無残に散らばったお菓子には目もくれず、フェイズは男に詰め寄った。

「どこで見たんですか?」
「は?」
「その人をどこで見たかと聞いているんです!」

 フェイズの剣幕に男が身を竦ませるが、今のフェイズに人を気遣う余裕はない。
 男の腕を強く掴み、早く言えと言わんばかりに揺さぶった。

「お願いします! 教えて下さい!」
「こ、この街の外に墓が建てられてるのは知ってるかい?」

 フェイズが頷く。
 当たり前だ。自分が立てたものなのだから。

「その傍をうろうろしていたよ。なにかを探しているようだったが」

 その言葉を聞くなり、フェイズは落とした荷物には目もくれずに走った。
 片手に握った花束を握り締め、全力で走った。
 まさか。まさか。まさか。
 頭の中はまるで無数の糸が絡み合ったかのように混乱していた。

「生きている……!?」

 どうして。そんなことは有り得ない。

「だけど……」

 もし、もし生きているのなら――

「もう一度!」

 会いたい。
 会って、謝りたい。
 守ってあげられなくて、間に合わなくて申し訳なかった、と。

 過ぎ去る景色は目に入らず、足はいつになく軽かった。
 街を出て、すぐ傍にある場所へと向かう。近いはずの距離が、酷く遠い。
 目的の場所に近付くたびに心臓は張り裂けそうなほど鼓動を速め、手に持った花束から花弁が散った。
 視界にようやく目的地が見えたと同時に、フェイズは体中に電流が走るような衝撃を感じた。
 足を止める。乱れた息は白く空を流れ、頬から一滴の汗が伝う。
 フェイズが立てた質素な墓の前に立つ一人の少女。農紺色のマントを羽織った後姿に、フェイズは息を飲んだ。

 肩より少しばかり長い銀糸が風に踊るように舞う。
 まるで時が止まったような感覚だった。足は地面に縫い付けられたように動かず、口もその機能を果たそうとはしなかった。
 動くという行動を忘れてしまったかのように固まるフェイズに気付いたのか、少女の足が動く。
 そして、

「やっぱり、あなただったのね」

 向けられた瞳は、あの時と変わらない。
 少し成長した少女の顔が、そこにあった。
 長い三つ編みがゆらゆらと揺れ、少女はそれを片手で押さえながらフェイズに微笑んだ。

「まだ、そのマントつけててくれたんだ」

 少女がフェイズに歩み寄る。
 フェイズの目の前で立ち止まり、手でフェイズと自分の身長を比べるように計った。

「背、ずいぶんと伸びたのね。もうそのマント丈が合わなくなってるわ」

 一族の象徴である漆黒のマントを、少女は羽織ってはいなかった。
 なんとも言えない表情を浮かべたまま少女を見下ろすフェイズに、少女は首を傾げた。

「どうしたの? あ、もしかして覚えてな……」

 少女が言い終わるよりも早く、フェイズは崩れるようにその場に座り込んだ。
 へたりと座り込むフェイズに、少女は慌てて屈み込む。

「だ、大丈夫?」
「……た」
「え?」

 掠れたような小さな声は耳に届かず、少女は聞き返した。

「ごめんなさい。よく聞き取れなかったわ」
「……生き、てた」

 少女の目が軽く見開かれる。
 涙の跡が残る頬を冷たい風が打つ。少女は一度視線を逸らすと、困ったように笑った。

「そう……シュドネイ教徒の企みを止めてくれたのも、あなたたちだったのね」
「……」
「ありがとう。おじいちゃんたちの命を、魔王復活なんてことに使わせないでくれて」

 少女がフェイズの手を取る。
 その手から伝わる微かな震えに、少女はフェイズの顔を覗き込んだ。
 翠の髪から覗く瞳は、悲痛なまでに歪んでいる。

「あなた、顔真っ青よ?」
「すみ……ません」

 かたかたと震えるフェイズの唇から、蚊の泣くような声が零れ落ちる。
 少女は言われた意味が分からず、ただ首を傾げるだけ。

「僕がもっと早く駆けつけていれば……黒き民は」

 ようやく事情を飲み込んだ少女が、整った細い眉を下げた。

「あなたが悪いことなんて一つもないじゃない」
「でも、僕は助けられたかもしれないんですよ」
「それでもよ」

 フェイズが顔をあげる。
 少女の大きな瞳は、真っ直ぐにフェイズを映していた。その瞳に、憎しみや恨みの欠片は一つもない。

「それでも私はあなたを恨んでなんかない。あなたがなんと言おうと、これは変わらないわ」
「ですが――」

 フェイズの言葉は、伸びてきた少女の人差し指によって遮られる。

「いいの」

 その言葉は短く、だが力強かった。
 たったの三文字で片付けられるはずがない。済ませられるはずがない。
 だが、少女は言い切った。自分の為、そしておそらくフェイズの為に。

「どうして……」

 フェイズの紫の瞳から、涙が落ちる。

「どうして、あなたもエッジさんも……そんなに簡単に人を許すことができるんですか?」

 エッジ。初めて聞く人名に少女は戸惑うが、聞き返すことはしなかった。
 代わりに柔らかく微笑み、フェイズの手を両手で包む。

「許すもなにも、最初から恨んでなんかないって言ってるじゃない」
「僕にはわかりませんよ。その考えが」

 フェイズは拳を握り締めた。
 なにを言っているのだろう。言いたかった事は、伝えたかった事はこんなことではないはずなのに。
 そう思いながらも、フェイズは聞かずにはいられなかった。
 エッジも、この少女も、どうして人を簡単に許すことができるのだろうか。
 それがわからなかったから、理解できなかったから自分は道を外れた。それはわかっているのに、どうしても理解できなかった。

「あなたは優しいのね」
「え?」
「そうね。なんて言えば納得してくれるのかはわからないけど……」

 少女がフェイズから手を離し、足元に散らばる花の中から一輪の銀色の花を取った。
「憎しみを生まれさせるのも人間。でも、許すことができるのも、人間じゃないかしら」

 銀色の花は柔らかな光を浴び、真っ直ぐに太陽へ向けて顔をあげていた。

「私もまだ憎しみが消えたわけじゃない。シュドネイ教徒は憎いし、大嫌い。でも」

 少女が一度言葉を切る。

「でも、ここで私が彼らを憎んで、復讐しようとしても……なにも変わらないから」

 それに、と少女は続ける。

「彼らも姿を消しちゃったみたいだし、復讐のしようがないわ」
「だったら、僕にぶつければいいじゃないですか」
「……おじいちゃんがいつも言っていた」

 少女はフェイズの言葉には答えず、手に持った銀色の花を見下ろした。

「辛いとき、人に当たってしまえば一時は楽になれる。でも、その先に待つのは永遠の苦しみだって」

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