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「エヴァ様に告白するSS」
(第0部)[1/4]

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<プロローグ>

「エヴァ様マジで愛してる。どうか俺と付き合って下さい!」

 麻帆良学園の最も奥まった位置にある女子校エリア。その一角に所在する、麻帆良学園本校女子中等部にほど近い、小綺麗な赤い煉瓦敷きの幅広い通りでのこと。

 同学園本校高等部三年、豚田猛夫、十八歳。一世一代の告白の瞬間。

「あぁ? 誰だオマエは」

 しかしながら、相手は彼を知らなかった。

 名前を知らない、顔を知らない、そもそも一度として言葉を交わしたことがない。

「エヴァ様の為なら、俺、なんでもできますっ! 愛してますからっ!」

「……茶々丸、知り合いか?」

「いいえ、存じません」

「そうか」

 周囲には他に行き交う生徒も多い。場所が場所なだけあって、大半は十代中頃の年若い女性ばかり。その只中に彼は、声高々に愛を囁いては、頭を下げていた。もしもこれで外見に優れたのなら、他に反応があったかも知れない。けれど、豚田の風貌はと言えば、クラスで下から八番目くらい。

 自信を持ってフツメンと言えない、いわゆる普通のブサメン。

 日本人男性の三割から四割を占める、主要層の一端だ。

 より具体的に言うならば、高校時代は勉学に励み、良い大学を良い成績に卒業して、日立やトヨタ、NTTといった一流企業に就職。課長昇進を目前に控えて、年収一千万に手が届こうかという三十代後半。一回り年上の男遊びに疲れた専業主婦志望の低所得アラフォー女と、辛うじて結婚を許されるレベル。

 いわゆる人間ATM候補生。

「エヴァ様ぁっ!」

 当然、必死の形相に吼えるも、響くは虚し。

「行くぞ、茶々丸」

「はい」

 告白対象は彼を完全に無視だった。

 豚田とは対照的な、その優れた容姿を鑑みるに、異性からのアプローチにも多分に慣れがあるのだろう。彼など歯牙に掛けるまでもないと言わんばかりの対応だ。

「あ、あのっ! 俺の告白ぅっ……」

 豚田が何を言おうとも我関せず。

 少女は友人と連れ立ち、その脇を通り過ぎていった。

「あ、あのっ! せめて、せめて何か返事くらいっ!」

 これを不憫に思ったのか、気遣うような声が傍らより発せられる。

「マスター。よろしいので?」

 けれども、少女の応じる様は変わりない。

「いいから黙って歩け。相手をするのが面倒くさい」

「はい」

「ったく……」

 歩みを止めたのは一瞬のこと。

 二人連れだった少女たちは、早々のこと彼の前から去って行った。

 その姿は早々のこと、建物の影に隠れて、見えなくなってしまう。

 代わりに、ザワザワ、あちらこちらから囁き声が届く。今し方の告白を目の当たりとした、他に周囲を行き交う学生たちの話し声が。

「マジか……」

 これが豚田猛夫の彼女に向けた、最初の告白だった。







<チャプター1>


 同日の晩、学生寮の一室に響く声があった。

「お、おいっ! ちょっとどうなってんだよっ! ぜんぜん駄目だったんだけどっ!? お断りの言葉はおろか、まともに視線すら合わせてくれなかったんだけどっ!?」

「まっ、お前にはあれくらいが限界だろな……」

 豚田が吠える。

 これに応じるのは、ルームメイトである池照面男だ。

「ちょっと待てよっ! 俺の告白に協力してくれるって言うから、お前の言ったとおり勢い持って突っ込んだってのに、ど、どうしてくれんだよっ!? 今日ので絶対に変なヤツだと思われただろっ!」

「今日のアレがお前のベストで、最高で、これ以上にない告白で、それが無理だったんだから、諦めろってことだろ? まあ、殴られたり警察呼ばれたりしなかっただけ、マシなんじゃないか?」

「ひでぇ……」

 豚田が普通のブサメンであるのに対して、池照はイケメンだ。

 それも顔面偏差値七十超の高級イケメンだった。

 本来であれば交わる筈のない二人が、こうして夜中に人の好いた嫌ったを語らい合うような関係にまで至ったのは、ひとえに同室の寮で寝起きするルームメイトであるからに他ならない。

 二人が腰掛けるのは、部屋の壁に寄せて並び置かれたベッドの縁。ベッドとベッドの間には少しばかり空間を置いて、足の短いちゃぶ台が。また、ベッド脇には各々勉強用のデスクが並ぶ。二人一部屋、十畳一間の洋室だ。

「まあ、これで来週の卒業式も、サッパリと迎えられるだろ?」

「だからってよぉ……」

「どだいオマエじゃ無理だったんだよ。諦めろって」

「けど、流石にあれはねーだろっ!? 悲しすぎるって!」

「女なんて興味の無い男にはあんなもんだろ。っていうか、マジで可愛い子だったのな。オマエの勝手な妄想だとばかり思ってたけど、あんなに可愛い子がうちの中等部に居たとか、ぜんぜん知らなかったわ」

 どうやら池照は豚田の告白のシーンを影から窺っていたらしい。

「お、おいっ、ちょっとオマエ……、まさか狙ってるとか言うなよな?」

「あ、バレた?」

「おいこらぁあああああああああああ!」

「冗談だよ、冗談。俺、オマエと違ってロリコンじゃねーし」

「ロリコンで悪かったなっ!」

「最悪だよな」

「うっせぇっ!」

「あまり強くは言えないけど、あの子、十分に自分の魅力に気づいているよ。それを前提の上で、近寄ってくる男をえり好みするタイプだ。オマエみたいな見てくれの悪い奴は百年かかっても相手にされねぇよ」

「おいこらっ! 勝手にエヴァちゃんにいちゃもんつけるなよっ!?」

「俺の品評って、良く当たるって評判なんだぜ?」

「その上から目線がマジでむかつくは。イケメンとか死ねよ」

「ははっ、絶対に死んでやらねぇ」

「このクソ野郎っ……」

「まっ、なんにせよ、エヴァちゃん云々はこれでもう終わり。これ以上は引きずるなよ? お前だって地道に頑張ってりゃ、いつかきっと良いことがあるだろうからさ。それに失恋なんて誰でも一度は経験するもんだ」

「だ、だからうっせぇよ。もう寝るっ! 俺は寝るっ!」

「おう、おやすみ」

「くっそっ」

 声も大きく吼えて、自らのベッドに潜り込む豚田。彼の姿を眺めて、やれやれだとばかり、池照もまたシーツに身体を横にする。

 それはどこにでもある、至って普通な男子高校生の日常風景だった。



◇ ◆ ◇



 そして、翌日の放課後。

 豚田は言った。

「俺、やっぱり、もう一度だけ確かめてくるわ」

 学校帰り、池照と共に帰路を歩んでいた際のことだった。何かを覚悟した様子で、酷く真剣な眼差しに拳を握りながらのこと。

「は?」

「だからほら、昨日のヤツだよ」

「いや、お前さ、それは止めとけって言ったろ? お前じゃ絶対に無理だって。それこそ竹槍で戦闘機を落とすようなもんだって。玉砕必至だわ。どんだけ確認しようと結果は変わんねぇよ」

「だったらせめて、謝るくらいはいいじゃんか。ほら、オマエのアドバイスのせいで妙な告白になっちゃったし、やっぱり、自分の思いは自分の言葉で伝えないと駄目だろ」

「なにキモイこと言ってんだよ。んなもん意味ねぇって!」

「いいから、ちょっと行ってくるっ!」

「あ、おいこらっ!」

 池照の静止を聞かず、豚田は走り出した。



◇ ◆ ◇



 向かった先は、昨日と同じ場所。

 そこで彼は待ち伏せた。物陰に隠れて待つこと三十分ばかり。時刻が午後六時を回った頃合で、目当ての相手はやって来た。

 授業を終えてから、茶道部に顔を出して、帰宅するまで。愛する女性の放課後の予定を、彼は事前に掴んでいた。おかげで昨日も告白の機会を得たのである。

「きたっ……」

 その瞳の輝きは、年若い青年の情動というには激しく、既に変態の域だ。

 視線が見つめる先には、二人組で歩み来る女子中学生の姿がある。この片割れ、背丈の小さな方が、彼の求める愛しの女性である。

「……よし」

 覚悟を決めて歩み出す。

 通りの影から飛び出して、一直線、相手の下へ向かった。

「マスター」

「ああ、分かっている」

「如何しますか?」

「面倒だが、また来られても叶わん」

「分かりました」

 一方で相手もまた、彼の動向には気づいていた。豚田が飛び出すに同じく、連れだった二人の少女の間に交わされる言葉。そこには露骨な嫌悪が感じられた。

 が、恋するブサメンには、まさか知る余地も無いところ。

「え、エヴァちゃんっ! 少し良いですか?」

 昨日とは打って変わってちゃん呼ばわり。

 だからだろうか。

「……様はどうした、様は。おい」

「え?」

 反射的に返された言葉にうろたえるのが豚田。

「耳が聞こえないのか? 様はどうした? あぁ?」

「あ、いや、えっとぉ……」

 激しく惚れている相手ではあったものの、まともに言葉を交わすのは今日が初めてである。だからだろう。少女は彼が想定していた以上に激しい性格の持ち主であった。一瞬、今に聞いた言葉が、目の前の相手から出てきたものなのかと、疑問に思ったほど。

「どうした? 日本語も分からないのか? オマエは馬鹿か?」

「に、日本語は分かるよ、分かるが故に困っているんだよ、エヴァちゃん」

「なら言おう。私はオマエが嫌いだ。こうして相手をするのも面倒だ」

「き、昨日のことなら、あれは友達に助言を貰ったから、なんか変なテンションだっただけで、生まれて初めての告白だったから、だからその、ほら、妙だっただけって感じなんだけどさっ! だから、もしもウザかったらごめんっていうかっ……」

「だとしても嫌いだ。この上なく嫌いだ。オマエは最高にウザいよ」

「……そ、そう、ッスか」

「これで満足だろう? じゃあな」

「…………」

 少女は語るだけを語ると、早々のこと踵を返す。

 そうして豚田の前から去って行った。

「……ま、マジか」

 ボソリ呟いて、豚田は確信する。

「ロリでサドとか最高じゃんか……」

 生まれて初めての失恋。

 けれども、より一層のこと恋心を燃え上がらせるブサメンだった。



◇ ◆ ◇



「お前、なにやってんだよ」

 その日の晩、自室でハァハァと息を荒げる豚田の姿があった。これをベッドに横たわり、冷ややかな眼差しに見つめるのが池照である。

「え? 筋トレ」

「んな中坊みたいな真似を十八で始めるか? もう来週には卒業なんだぞ?」

 呟く調子は酷く呆れたもの。

「いやほら、俺って顔が悪いから、せめて身体くらいは鍛えないとさ……」

「……激しくウザいな」

 豚田は只今、床に仰向けで寝転がり、必至に上体起こしを行っていた。

「三十九、四十、四十一……」

「いきなり回数やると逆に悪影響があるぞ?」

「それはほら、あれだよ、俺のエヴァちゃんへの愛の証? みたいな。この肉体の痛みすらも彼女を思えば心地の良い快感に変わるっていうか」

「うっわ、マッハうぜぇ。マジで殴りてぇ」

 ハフハフと呼吸するブサメンを眺めて、本気で拳を握る池照だ。

「っていうか、フラれたんだろ? どうしてだよ?」

「フラれたかもしれないけど、それでも俺と彼女とは同じ世界に生きている訳じゃん? それなら万が一ってやつがあるかもしれないじゃんか。それにさ、仮に万が一が起こらなかったとしても、俺は彼女と同じ空気を気持ち良く吸う為に、自分をより高見へ向けて向上させる義務がある」

「どっから出てきたよ、その義務は」

「俺の内側、この熱く滾る恋心から」

「ねーよ。カギ掛けてしまっとけよ」

 流石の池照も、これには呆れたのか、ハァと溜息を吐いた。

 そのままベッドに横となり、天井を眺めるがままに口を開く。

「お前、大学へ進学するんだろ?」

「ああ。っていうか、お前だってそうだろ?」

「だったら他にやることがあるだろ? 女子中学生にかまけてる場合じゃねーだろ。大学に入ったら、女の子とも関わるシーンだって増えてくるし、今更になって十やそこらのガキ相手に本気になってどーすんだよ」

「分かってねぇなぁ。女は歳じゃないのよ」

「じゃあなんだよ?」

「内からあふれ出るカリスマ? みたいな」

「……まあ、分からんでもないけどさ」

 これは根が深そうだと、殊更に溜息を大きくする池照だ。

「だろ?」

「お前がそこまで言うなら、もう俺は止めないけどさ、でも、あんまり入れ込むなよ? 世の中、女なんて沢山いるんだ。お前にだって、いつかきっと相応しい相手が現れるだろうからよ」

「それが今なんじゃないかと思うんだけど」

「ねーよ」

 ねーよ、ねーよ。連呼する池照。どうやら口癖のようだ。

「と言う訳だから、筋トレ邪魔すんじゃねぇよな」

「ったく、勝手にしろ。あと頑張りすぎて部屋を汗臭くするんじゃねーぞ」

「分かってるよ」

 こうして、彼らの日常はまた、一日、ゆっくりと過ぎてゆく。



◇ ◆ ◇



 翌日は土曜日。学校はお休み。

 その日、豚田猛夫は街へと繰り出した。何故に街かと言えば、衣類を購入する為だ。何故に衣類を購入する必要があるのかと言えば、意中の相手に少しでも自分を良く見て貰う為だ。

 真正面から切り捨てられて尚、彼は諦めていなかった。

 両手に衣類の詰まる袋を下げて、街を歩む。

 その懐には昨晩の内にネットを駆使して調べ上げた、女子にモテるゾ☆キレイめ系モテコーデ、のいろはがメモ帳に示されてビッシリと。予算もこれまで貯めてきた貯金を一気に放出して、つまるところ、全力だった。

 地図の表示された端末を見つめながら、右へ左へ。

 次々と目的とする店舗を探しては通りを歩む。

 伊達に学園都市として、世間に謳われていない。彼の向かう先には、飲食店やら映画館やら、賑やかな店舗が並ぶ。探せば風俗店なども少なからず見つけられる。

 これまでの彼であれば、その多くは関係の無い場所。興味の至らない地点。決して意識を向けることはなかった。店舗前を通り過ぎても、まるで気にしなかった。

 しかし、今の彼はと言えば、その一軒一軒に目を光らせながら、より良い衣服を手に入れるべく動いている。その眼差しは必至。どこか飢えて思える。

 そうして、一日中を商店街に過ごして以後、帰路に着いたのは、既に日も暮れて、完全に夜となってからだった。夜の九時を過ぎて、いよいよ学園内を走る電車も数を減らし始めた頃合のこと。

 自宅最寄り駅を後として、寮へ向かい歩んでいた最中。

 細い路地の一角で、それは起こった。

 他に人通りもない道の傍ら、キィン、甲高い音が響いた。

「え?」

 金属と金属を打ち合わせたようだった。

 かなり大きな音であって、自然と彼の意識はそちらに向いた。

 通りと通りの交わる一点に、誰か、人の気配があった。

「……あ」

 彼の瞳は捉えた。

 そこには豚田が求めて止まない女性の姿があった。

「エヴァちゃんっ……」

 彼が呟くに応じて、少女の身体が動いた。

 まるで目に見えない糸にでも引かれたよう。地を蹴ったかと思えば、次の瞬間、その小さな肉体が空を舞い、十数メートルの距離を一息に移動する。まるで映画のワイヤーアクションのようだった。

「え? なにそれ」

 これを目の当たりとしては、彼も呆然。

 歩みを止める。

 豚田が見つめる先、少女は何かと争っているようだった。殴り合い。蹴り合い。飛び道具のようなものを飛ばし合い。いずれにしても詳しいところは知れないが、漫画やアニメに眺めるSFファンタジーの一節だ。

 少女の他、彼の視界に移るのは、頭に角を生やした赤黒い肌の誰か。

 人間のようで人間でない、それこそ化け物のような何か。二メートルを超える巨大な体躯の持ち主であって、その拳が振り下ろされた先、路上に敷き詰められた煉瓦が砕けては、大きなクレーターが生まれる。

 彼女はこれと喧嘩をしているようだった。

「スゲェ……」

 思い人の姿と。普通でない光景と。

 好奇心を刺激されて、気づけば彼は足を動かしていた。

 少しでも近くへ。

 距離にして十数メートル。

 その身を路上脇に植えられた茂みに隠しながらのこと。

「あっ……」

 そして、いよいよ身の危険を感じるほどに接近したあたり。

 彼の目前で勝敗は決した。

「これで終わりだっ!」

 少女が吠えるに応じて、その手のからフラスコのようなモノが放られる。これを頭部にぶつけられて、角の生えた赤黒は、悲鳴を上げる。ギャーと吠えて、その身体は氷が熱に溶かされるよう、何処へとも消えていった。

 どうやら勝負が付いたようだった。

「お、おぉ……」

 これを豚田は見つめていた。

 思い人の格好良いシーンを目の当たりとして、思わず身を乗り出す。

 その瞬間、彼の足が枯れ枝を踏み抜いた。

 パキリ、乾いた音が静かになった夜の町並みに響く。

「誰だっ!?」

 少女が吠えた。

「俺だっ! エヴァちゃぁん!」

 豚田は間髪置かずに姿を現した。

「なっ……」

 少女は絶句した。

 ここまで元気良く、飛び出てくるとは思わなかったのだろう。

「き、貴様はっ……」

「エヴァちゃん、エヴァちゃんは、ま、魔法少女だったんだねっ!」

「あぁっ?」

「格好いいよっ! 最高だったよっ! さっきのアクション、格好良すぎるっ!」

「…………」

 一方的に囃し立てる豚田。

 これを少女はどうしたものか、面倒なものでも眺めるよう、見つめていた。



◇ ◆ ◇



「魔法生徒?」

「そうじゃ」

 夜の学園、思い人との予期せぬ出会いは、豚田の身柄を学園長室へと向かわせた。今、彼が同室に共とするのは、部屋の主である学園長と、つい今し方にハリウッド顔負けのアクションを披露した少女の二名。

 夜遅くあって、他には誰の姿も無い。

 そこで彼は学園長から、摩訶不思議な説明を受けていた。

「それじゃあ、やっぱりエヴァちゃんは魔法少女だったとっ!」

「まあ、言い方を変えれば、その通りじゃな」

「よっしゃっ!」

「おいこらっ! 勝手に人のことを妙な肩書きで呼ぶんじゃ無いっ!」

「でも正しいんだよね?」

「黙れ小僧がっ。数多の世界に闇の福音として恐れられたこの私が、魔法少女などという軽々しい存在であって堪るかっ! 生きとし生けるものに恐れられる、悪の魔法使い、それが私だっ!」

「なにそれ格好いい。まじラブいんですけど」

「こ、このクソガキは……」

「まあ、いずれにせよ記憶を修正する必要があるのぉ」

 吠えるエヴァンジェリンとは対照的、学園長は淡々と呟いた。

「ならついでだ、コイツの記憶から私の存在そのものを奪え」

「そうじゃのぉ。その方が確実と言えば確実かのぉ」

「え? ちょ、ちょっと待って下さいよっ!」

「なんじゃね?」

「それはつまり、俺の中に滾るエヴァちゃんへの思いも、一緒に失われてしまうってことじゃないですかっ!? その姿も、声も、匂いも、存在感すらもっ!」

「そういうことになるのぉ」

「いやいやいや、そんなの嫌ですよっ!」

「これもルールじゃ。魔法に関する説明は先にしたとおり、これは君自身を守る為の措置でもある。下手に首を突っ込めば、命を危険に晒す羽目にもなるじゃろう。ここで全てを忘れることは、今後の人生を順当に歩む上で、必ず必要なことじゃ」

「んな阿呆なっ! エヴァちゃんの記憶を失った世界なんて、そんなもん生きてる価値なんぞあるものですかっ! 他の全てを忘れたとしても、俺はエヴァちゃんだけは絶対に忘れないぞっ!」

「……とかなんとか言っておるが、随分と愛されとるのぉ?」

「だまれジジイっ! こんな際物に好かれたところで嬉しくもなんともないわ」

「そうかのぉ?」

「当然だっ!」

「うっ……」

 呆気からんとした少女の物言いに、少なからずダメージを受ける豚田。けれども、それで諦める彼では無かった。必死の形相に学園長へと向き直る。

「お願いですからっ、どうか記憶だけはっ!」

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