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「オリ主先生ドロま!」
(第0部)[1/2]

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「オリッシュハー・ネルトキー・ガイ・ヤルキナイネンくんは居るかい?」

 ヨーロッパの深い森の奥地にて。白髪を逆立てたスーツ姿の中年男性、高畑・T・タカミチは、童話に出てくるオーソドックスな魔女の家の前で、使い魔の黒猫に話しかけた。
 黒く鬱蒼と生い茂る静かな森で、現代的な格好をしたタカミチは油のように浮いていた。
 家の前で寝ていた黒猫は、短く鳴くとガラスが割れている丸窓の縁に飛び移り、建てられてから優に一世紀は経過しているであろうボロ屋に入ってゆく。
 それから北欧の寒冷な空気の中で待たされること五分。腐りかけた木製の扉が、古びた音を立てて開いた。
 果たして、魔女の家から現れた人物は、長い銀髪を枝垂れさせた美しい男だった。ヨレヨレの黒いローブを纏い、整いすぎた目鼻立ちを笑顔で飾った男は、甲斐甲斐しい声で言う。

「お待たせして申し訳ございません。こちら何でも屋『テンセ・イシャ』。お客様、本日はどのようなご用件で?」
「先日も伺ったときと同じで、ウチで教師として働いて欲しいんだ」
「帰れ」

 扉が閉まる。あまりの勢いに扉の亀裂が深まり、木屑が散った。音もけたたましく、静謐な森に響き渡った騒音に動物たちが悲鳴をあげた。
 タカミチが扉をノックする。ささくれが肌に刺さった。

「はい。どうしましたか、お客様」
「麻帆良学園で教師になってみないか」

 今度は無言で扉が閉まった。再び扉をノックする。返事がないので扉が壊れる限界を見極めて強めに叩いた。

「帰れって言ってんだろこのボ――ぐはぁっ!?」
「あ、ごめん」

 ノック中に急に扉が開いたため、タカミチの拳が男の鳩尾を直撃した。腹をおさえて悶絶する男をタカミチが介抱する。
 決してわざとではないんだよ、と念を押す。そのどさくさに紛れて、室内に入ることに成功した。
 リビングは八畳ほどの広さであり、座ると派手に軋む古びた椅子と丸テーブルが置かれているだけで、それ以外は年季が入っている洋室という印象しかなかった。
 テーブルを挟んで対面に座る男――オリッシュハー・ネルトキー・ガイ・ヤルキナイネンは、椅子にふんぞり返って、横柄な態度で鼻を鳴らした。

「じゃぱにーず・ごー・ほーむ」
「最初はとても丁寧な対応をしてくれたのに、お茶も用意してくれないなんてひどいじゃないか」
「店と客は対等な関係なんだよ。どうしても飲みたいならセルフで飲め」

 指を指した方を向くと、ホコリを被ったティーセットが無造作に食器台に置かれていた。タカミチはお茶を諦めた。

「さて、本題に入りたいんだが」
「何度言われようと、オレは教師なんてやらねえぞ。オレは教師って生き物が大嫌いなんだ」

 腕を組み、端麗な容姿を嫌悪で歪めた。よくよく見れば、青と緑のオッドアイでアスナくんと同じだな、とタカミチは益体のない感想を懐いた。
 タカミチはカバンを漁ると、一枚の紙を取り出した。

「ここに契約書があるんだけど、内容に目を通して欲しい」
「あん? だからやらねえって――」

 ちらりと目を移したオリッシュハーの顔が、ムンクの『叫び』みたいに驚愕に染まった。
 しかし絵画ほどの悲壮感はなく、目が希望に満ち足りた色に輝いている。
 紙面とタカミチの顔を交互に視線が行き来し、やがてピタリとタカミチで止まった。

「……え? マジで?」
「学園長は、無事に任務を果たしたら、額面通りの報酬を渡すと仰っていたよ」

 世界的な不況の煽りをもろに食らい、金銭的に充実した仕事がなかった何でも屋『テンセ・イシャ』がこれまで稼いできた金額を遥かに上回る金額が提示されていた。
 仕事は一年間と長期だが、働きぶりによっては更なる上乗せも考える、とある。マジか、黄金の国ジパングは現代でも健在なのか。ごくりと生唾を飲む音が響く。

「――ハッ!? だ、ダメだ! オレは教師って奴が大嫌いなんだ! オレには昔、オレの才能を妬んだ教師に嫌がらせをされた悲しい過去が……!」
「衣食住もついて可愛い女の子がたくさんいるよ。隙間風も吹かない家も、温かい料理も、ブランド物の洋服もあるよ」
「よし、契約成立だ」

 サラサラっと契約書にサインするオリッシュハー。悲惨な過去もプライドも、目先の幸せの前には勝てなかった。
 手紙で打診した際には全く折れなかったくせに、出向いたらこんなにもあっさりと……
 タカミチの胸に安堵と拍子抜けした落胆が混じる。もう少し仕事らしい交渉を頭に描いていたのに、こんなに俗っぽい男で本当に大丈夫なのか。
 現代のぬらりひょんと名高い学園長の判断が正しいものか不安になる。

「よし、そうと決まれば出発だ! こんなボロ屋引き払ってさっさと日本に発とう! 待ってろよ、黄金郷!」
「やる気があるのはいいけど、君、パスポートはあるのかい?」
「……パスポート?」
「あと、その髪は社会人としてふさわしくないから、ちゃんと切ってきてきてね」

 伸び放題の銀髪は足元に届くまでになり、傍から見て不審者だった。
 オリッシュハーは叫んだ。

「個人の自由を尊重しない日本はクソだッ!」

 オリッシュハー・ネルトキー・ガイ・ヤルキナイネン。フィンランド生まれ、ウェールズ育ち。
 日本の麻帆良学園へ。










「ここが麻帆良学園か……」

 麻帆良学園に降り立ったオリッシュハーは、西洋風の建物で統一された麻帆良学園都市を見渡した。
 新調したダークスーツ姿の銀髪外国人は、行き交う生徒の視線を集めていた。細身のスーツは彼の長い手足とスタイルの良さを強調し、美麗な容姿と相俟ってモデルすら霞む。
 登校ラッシュで騒々しい生徒の波の間に立つオリッシュハーは、新天地を一望し、ふっと息を吐くと、

「気持ぢ悪い……」

 口を抑え、キャリーバッグに体重を預けた。オリッシュハーは、人のあまりの多さに酔っていた。

「なんだこの人混みは……混みすぎだろ……揺れすぎだろ……」

 人の気配の全くない森の中で暮らしてきたオリッシュハーには、日本の通勤ラッシュは地獄だった。
 ちょっと動くだけで人にぶつかる、揺れると隣の人に体重をかけられる、人で揺れる。かつて住んでいたウェールズは閑静な田舎町で、ここまで人口密度は高くなかった。
 噂には聞いていたが、さすがにこれは予想外だった。吐き気を堪え、キャリーバッグを引きずりながら歩き出す。
 ピークは過ぎたようで、人の去った麻帆良学園都市内を観光気分で見て回る。
 麻帆良学園都市はヨーロッパの街並みを参考に作られたようで、耐震性も考慮された造りの新しい煉瓦造りの建造物が多い。
 歴史も風情もヨーロッパに住んでいた自分には感じられないが、気分に浸りたい人には十分に思えた。

「しかし、アースクエイクが頻繁に起こるなんて、物騒な国だな。いま地震が起きたら吐いてしまいそうだ」

 朝の清涼な空気を吸って、ようやく気分が落ち着いてきたが、これから毎日あのラッシュを味わわなければならないのか、と思うと顔が曇る。
 麻帆良は自然を増やそうと努力はしているようだが、森で暮らしていたオリッシュハーにとっては空気も不味い。
 文明化の匂いがした。日本は恐ろしい国だ。オリッシュハーが戦慄していると、

「ヤバいヤバい遅刻遅刻―っ!」
「ぐおっ!?」
「あ、アスナ! 外人さん倒してしまったえ」

 曲がり角で女子学生とぶつかってしまい、その勢いに負けたオリッシュハーはバレエの如く二回転してから蹲った。
 文字通り疾走していたツインテールの少女は、道を引き返すと、蹲るオリッシュハーに声をかける。

「す、すいません。急いでて気づきませんでした。あの、大丈夫ですか?」
「日本語通じるんかなー?」

 ぷるぷると震えて応答のないオリッシュハーを心配し、相談する二人をよそにオリッシュハーは徐ろに立ち上がった。
 そして吐いた。

「おろろろろろろろろろろ」
「きゃああああああああああああああ!!!!!」
「アスナがゲロまみれにーっ!?」

 日本での教訓その一:人間は急に止まれない。





「災難やったなぁ、アスナ」
「ホントよ! 新年早々から、頭にあんなものかけられるなんて!」

 麻帆良学園でシャワーを浴び、吐瀉物を洗い落とした神楽坂明日菜は、ジャージで憤慨していた。
 朝から不快な液体をアスナに吐き掛けた外国人は、どうやら学園長室に案内して欲しかったらしく、非常にすっきりした顔で二人についてきた。
 その間、自分がぶつかった経緯があるから強めに出られないアスナは、酸味のある汚臭に耐えながら早足で歩いていた。
 制服のクリーニング代は出すと言われても、うら若い乙女に汚物をぶっかけた慰謝料は請求できない。
 アスナは未だに鼻にこびりついている不快な臭いを払うように鼻を鳴らす。

「でも、ウチの学園長に用事って何の用なのかしら」
「綺麗な外人さんやったなー。ひょっとしたら新しい先生とか教育実習生かもしれへんで」
「生徒の頭にゲロを吐く先生なんて真っ平ごめんよ。あたしは高畑先生以外認めないわ」

 「あぁ、高畑先生……」と、夢見心地でトリップするアスナを見て、木乃香は愛想笑いを浮かべた。
 彼女の年上好きには、親友で同居人である木乃香にもついていけなくなることがあった。
 教室に入る。彼女の所属する2-Aは問題児が集められたという噂が立つほどに騒がしいクラスだった。
 新年始めの学校であるのに騒々しいことこの上ない。

「皆さん! 他のクラスでは授業をしているのですよ! もう少し静かに自習できないんですか!?」
「固いこと言わない、いいんちょ」
「そうそう。あんまり怒ってばかりいると早死しちゃうよ?」
「あなたたちのせいではないですかっ!」

 いつものことながら、何やってるんだろう、こいつら。教室のドアを開けた途端に広がった光景に、引き笑いを浮かべるアスナに視線が集まる。

「お、アスナにこのか。遅刻だぞー」
「何でジャージなの?」
「正月ボケか?」
「なんか外国人の人と登校してたけど、何かあったの?」

 事件の匂いを嗅ぎつけた朝倉和美を筆頭に、生徒が取り囲む。アスナは落ち着いてシッシッと虫を払うように言った。

「何でもないわよ。道に迷った外国人を案内してただけ」
「英単語ひとつも憶えてないのに言ってることわかったの?」
「うっさいわね!」
「日本語話せたんよ」

 バカレンジャーレッドが英語を話せるわけがない。全員の共通意思に余計なお世話だと叫んだ。

「ははは、相変わらず騒がしいね、このクラスは。あけましておめでとう、みんな」
「た、高畑先生!?」

 そこに担任教師のタカミチが男臭い笑顔で入室したため、全員が蜘蛛の子を散らすように席につく。
 年明けに初めて見たタカミチに見蕩れていたアスナも木乃香に引っ張られ強引に着席する。
 教壇に立つタカミチは、挨拶も早々に切り出した。

「実はだね、今日から新しい先生が来ることになっているんだ」

 何の事前情報もない唐突な話にクラスがざわついた。揚々と盛り上がるクラスメートの中で、アスナの顔が嫌な予感に青ざめてゆく。

「入っていいよ」

 無造作にドアが開き、渦中の人物が登場した。ある者は容姿に見とれ、ある者は記事になると目を輝かせ、またある者は出来る……と瞳を眇め、そしてある者は全身から血の気が引いた。
 肩で切りそろえられた陽光に煌めく銀の髪、白色人種特有の混じりけのない白い肌、美麗な顔立ちと印象的なオッドアイ、非の打ち所がないスタイルを包むダークスーツ。
 思わずため息が漏れる美しい男は、頬にくっきりと紅葉を貼り付けて2-Aの前に姿を表した。

「彼がこれからこのクラスを担当してもらう、新任の先生だよ。自己紹介をして」
「初めまして。今日からこのクラスの担任を任せられたオリッシュハー・ネルトキー・“ガイ”・ヤルキナイネンです。ウェールズから来ました。教師も日本も初めてで、何かと及ばないこともあるかと思いますが、精一杯頑張ります。よろしく」

(寝るとき以外……)
(やる気ないねん……?)
(なぜ関西弁……?)

 何人かの生徒の頭に疑問が浮かんだが、殆どの生徒は新任教師のインパクトに万馬券が当たったかのように熱狂した。
 大歓声が教室を包み込む。他のクラスで授業中の教師が様子を覗き、なんだ2-Aかと帰っていった。

「はい、静かに。他の授業中だからね」
「はい、先生! 質問してもいいですか!?」

 報道部に所属するバイタリティー溢れる朝倉和美が挙手すると、タカミチが首肯して頷いた。

「何歳ですか!?」
「24歳です」
「身長と体重は!?」
「183cm、75kgです」
「学歴は!?」
「オックソフォード大学を飛び級で卒業して自営業をしていました」
「恋人は!?」
「いません。仕事が恋人です」
「好きな女性のタイプは!?」
「お淑やかな女性が好みです」
「その顔の紅葉は!?」
「さっきコケた拍子に源先生の胸に顔を突っ込んでビンタされました」

 和美に便乗して質問が飛び交う。身を乗り出して質問する生徒までいた。
 静かにしろ、と言ったのに万馬券が当たったかのような騒ぎの2-Aにタカミチが苦笑する。
 一時間目はオリッシュへの質問大会で終わってしまった。鐘が鳴り、退室するタカミチが去り際に言った。

「あ、そうだ。僕は出張で忙しくなるから、これからは全権をオリッシュくんに任せることにしたんだ。だからしばらくは会えなくなるね」
「えっ!?」

 アスナが凍りつく。クラスの面々は、寂しくなるねーなど口々に感想を呟いているが、元々タカミチは出張が多く、学校を留守にすることが殆どだったのでたいして変わりないという意見もある。
 だがアスナだけは別だった。彼女にとってタカミチは恋愛対象なのだ。その為にタカミチが顧問を務める美術部に興味もないのに入部したのに……会えなくなるなんて……
 アスナが灰になって散っていく。その間もオリッシュは生徒に絡まれていた。

「なんて呼べばいいんですか!?」
「気軽にガイ先生とでも呼んでくれ」
「なに教えるのー?」
「英語、次の授業だな」

 このままだと質問攻めで休み時間が終わる。時計を見上げて焦ったガイは、まだ質問しようとする生徒を制してクラス委員長のあやかを手招きした。

「委員長は雪広で合ってるよな?」
「はい」
「ちょっと話があるから来てくれ。すぐ済むから」
「分かりました」

 二人が退室する。空気を読んで誰も追ってこなかった。教室から二人が出てから、ガイが首だけを教室に戻して宣言する。

「あ、言い忘れてたけど、次の英語はみんなの実力が見たいんで簡単なテストするから」
『ええええーーーーーーーっ』

 生徒の悲鳴を背に、ガイとあやかが人気のない別教室で二人きりになる。

「んー、こんなところでいいか」
「先生、どんな話でしょうか」
「あー。大勢の前で聞きづらい話なんでな」

 前置きして、心なし小さめな声でガイが雪広に尋ねる。

「このクラスにいじめや不登校の問題はあるか? もしくはお前がされてるとかあるなら、他言はしないから教えてくれ」

 外国人とは思えない心配りの聞いた言葉に、あやかが瞬きした。
 新任の教師らしくない配慮にあやかはしばし驚いたが、すぐに取り繕う。

「いいえ。全員が元気で明るい良いクラスだと思います。その分、多少は騒がしいですが」
「本当か? 留学生が多いから文化的な問題があると思ってたんだが」
「皆さん、とても馴染んでますよ。あ、でも……」
「ん?」
「エヴァンジェリンさんは、けっこう休みがちかもしれません」
「あー、この子か」

 クラス名簿を眺め、白人の少女の無愛想な顔を見つける。

「でも、さっきは居たよな」
「学校には来ているようですけれど」
「なんだ? 保健室登校か?」
「いえ、言い方が悪いですが、サボタージュのようです」
「そうか。問題児だな」

顎に手を添え、何かを思案するガイの顔を見つめ、あやかはクスリと笑ってしまった。

「どうした?」
「いえ、心配症な方なのだと思ってしまいまして」
「日本の学校はだいたい単一民族で成り立ってるが、海外だと人種もバラバラだったりするからな。
 経験上、多民族社会は治安が悪くなるんだよ。ウチのクラスは留学生がいるから不安にもなる」
「ヨーロッパの移民問題ですか?」
「よく勉強してるな。まぁ、これは留学したアメリカでの話だ。興味があるなら聞かせてやる」
「是非、お願いしますわ」

 日本語も流暢で思いのほか気さくなガイにあっさりと打ち解ける。
 担任を任せられるには若すぎて不安だったが、人柄の方は杞憂で終わりそうだとあやかは胸をなでおろした。
 予鈴が鳴る前に教室に戻る。テストをやると聞いて、一部の優等生以外が緊張しているのを見て、テスト用紙を教壇にトントンと落として整え、ガイが言った。

「成績には反映しないから安心しろ。ただオレが英語の習熟度を見たいってだけだから」

 その言葉にバカレンジャーを筆頭に何人かが露骨に嘆息した。それを見てガイが続ける。

「ただし、手を抜いたり、あんまり成績の悪い生徒にはみっちりと指導するからな」

 容赦無い宣告にアスナがフリーズした。教室は阿鼻叫喚の地獄と化した。







「死んだ……」
「やっぱり解けへんかったんか」

 机に沈み、口から魂が漏れだしているアスナにこのかが苦笑した。
 テスト中、隣席のアスナは問題を見るや目を血走らせ、滝の汗を流してから頭を抱えて、その高度が少しずつ下がっていった。
 終わったときには顔が机に埋まっていた。周囲を見ると、成績の悪い面々は頭を抱えたり、難しかったーと叫んだり、顔を曇らせていたりと散々のようだ。
 成績上位者は余裕で平素な態度だったが、それ以外は新任の外国人教師の行う授業に戦々恐々という様子だった。

「くっ……ネイティブな英語で授業をされたら、あたしの学園生活は終わりよ」
「大袈裟やな。日本語上手かったし、その心配はいらんのちゃう?」
「甘いわね、このか。アイツは初対面のあたしにゲロを吐きかける変人よ。対抗策はいくら練っても足りないわ」
「先生に対抗策練ってどうするん」

 どういう努力の方向性なのか。なぜか授業ではなくガイの行動に対するシミュレートをしだすアスナにこのかが呆れた。
 その話を耳聡い椎名桜子や柿崎美砂ら賑やかな面子が嗅ぎつけて集まってくる。

「なになに? アスナぶっかけられたの?」
「嫌らしい言い方するな!」
「でも、あの美形の吐いたものか……」
「アンタらは美形なら何でもいいんか」

 面食いの節があるらしく、美形というだけで思慮に耽る美砂にジト目でツッコむ。
 どれだけ美形だろうとゲロは嫌だ。実体験なのでアスナは断言できた。
 新任教師が新年早々にやってくるというサプライズがあった授業初日は、ガイの話題性もあってか、あっという間に過ぎ去った。
 SHRの時間になり、ガイが教室に入ってくる。新任のくせに、妙に手慣れた様子で必要事項を報告すると、号令が済んでから帰り支度を始める皆を見て、思い出したように言う。

「あぁ、そうだ。神楽坂に近衛」
「はい?」
「なんですかー?」

 名前を呼ばれ、アスナは不審そうに、木乃香はポワンとした笑顔で答える。
 ガイは明後日の方向を向いて、

「学園長が呼んでるから、ちょっと来てくれ。二人に話があるそうだ」
「はぁ」
「じいちゃんが? なんやろなー」

 脳天気な木乃香と違って、アスナは嫌な予感がしてならなかった。
 何というか、ガイと出会ってからろくな目に合わない。第六感とも言うべき彼女の本能が、何故か警鐘を鳴らすのだ。
 そして、その勘は見事に的中する。





「という訳で、ヤルキナイネンくんを二人の部屋に泊めて貰えんじゃろうか」
「何が、という訳だジジイ!」
「何が、という訳ですか学園長先生!」

 場所は学園長室。二人の抗議の声が重なった。黒檀の机に両手を叩きつけて学園長に詰め寄る二人は、こういう時だけ気が合っていた。

「どういうことですか! 今日会ったばかりの成人男性と、おまけに教師と同居させるなんてなに考えてるんですか!?」
「どういうことだ! 未成年の少女、おまけに生徒と同衾させるとか、とうとうボケが始まったのか妖怪ジジイ!」
「これこれ、いっぺんにたくさん怒鳴らんでくれ。ちょっとはこのかを見習って落ち着いてみたらどうなんじゃ」
「これが落ち着いていられるか!」
「これが落ち着いていられますか!」

 一見、正論を言っているのは二人だが、学園長は蓄えた髭を撫で、飄然と笑いながら反論した。

「アスナちゃん。これは儂らだけの秘密じゃが、実は最近、周囲がきな臭くなってきてな。
 このかとアスナちゃんを護るために、教師と護衛の二役をこなせるエージェントを雇うことにしたのじゃ。それが彼なんじゃよ」
「え?」

 アスナが呆然とガイを見る。木乃香の家が凄い名家だということは知っていたが、まさかそれに関係する話なのだろうか、と信じてしまう。
 一方、ガイは「なに言い出すんだこのぬらりひょん」とシラけた視線を送っていた。
 そのガイには、学園長は一枚の紙を取り出し、ペラペラとガイの前でかざす。

「ヤルキナイネンくん。契約書に書いてあったじゃろう。教師の仕事には、『生徒を護ることも含まれる』と、『住居に関してはこちらの指定にしたがってもらう』とな」

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