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「始マリハ突然ニ」
(第1部)[1/1]

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 四つの異世界と隣り合う世界、リィンバウム。
 魂の行き着く理想郷とも言われる世界にある大国、帝国の領内のアドニアス港は今日も賑わっていた。

 荷卸しのためか、木箱を抱えて忙しなく動く男たちの横を興味なさげに過ぎ去る少女は金色の髪を揺らしながら、その青い瞳で何かを探しているようだった。
 鼻孔をくすぐる潮の香りと、水揚げされた魚の生臭い香りに眉を顰める少女は、何やら思案しながら歩いている女性が視界に入ったのに気づく。
 どうやら少女は人探しをしていたようで、その女性の姿を観察する。
 赤い髪に、青い瞳、白いマント。
 帝国屈指の貿易商である少女の父から聞いた特徴と一致していた。
 大豪商マルティーニ家の嫡子である少女、ベルフラウはようやく見つけた目的の人物を呼び止めるべくその足の動きを少し速くする。

「そこのあなた!」

 ベルフラウに呼びかけられた女性は自分が呼ばれたことに気づいていないのか、歩みを止めない。

「あなたに声をかけているのよ!」

 女性の前に出たベルフラウが両手を腰に当てながらそう言うとようやく女性は気づいたようだった。

「あ……えっと、あなたがマルティーニのご当主様の手紙にあった……私が家庭教師をするっていう……」

「そうよ、私がお父様の娘。ベルフラウ・マルティーニよ」

 ベルフラウが父から聞いたことは女性の言った通り、ベルフラウの新たな家庭教師を雇うということだった。
 ベルフラウが自身の家庭教師の姿を上から下まで観察しているとその視線を感じたのか女性は委縮してしまっている様子。

「ほら、私が名乗ったのだからあなたも名乗ったらどうですの?」

「そうですよね、ごめんなさい。私はアティといいます。以前は帝国軍に所属していました」

 ベルフラウに促され、自己紹介をした女性──アティにベルフラウはあまり興味をもっていないようだった。

「元軍人、ね。一つ言っておきますけど、あなたは私の師である前にマルティーニ家に雇われた使用人であるわけです。軍隊ではどうだったかは知りませんが、そのあたりを弁えて行動しなさい。いいわね?」

 なにやら微妙そうな顔をするアティにベルフラウは鼻を鳴らすと、これから乗る船へと足を向ける。
 アティはそれを見て慌てて追いかけるのだった。



 ベルフラウたちの乗った船の行先は工船都市バスティス。
 そこには帝国軍の軍学校があるのだ。
 そもそもベルフラウの父がアティを家庭教師として雇ったのは、その軍学校の試験に合格するためだった。
 船内の客室では一癖も二癖もあるらしい生徒と打ち解けようとしたアティだったが、ベルフラウは『気分が悪い』の一言で突っぱねる。

 今まで、ベルフラウの家庭教師をしていた人物は何人かいた。
 しかし誰も長続きしなかった。
 誰もがベルフラウをマルティーニ家のお嬢様としてしか見ようとせず、ゴマをすってご機嫌取りを取ろうとした。
 ベルフラウ自身を見ようとしない家庭教師に腹を立てたベルフラウは今までの家庭教師たちを首にしてきたのだ。
 気落ちした様子で部屋から出ていくアティの背中を睨んだベルフラウはその姿が見えなくなるとため息をつく。

 ──どうせ、今回もあいつらと一緒なのだろうと。



 アティがベルフラウのいる客室から出て行った後、遠くから轟音が聞こえたかと思うと突然船が揺れ出した。
 不安に駆られるベルフラウだったが、心配して戻ってきたアティが扉を開けて飛び込んでくると安堵する。
 アティはベルフラウの手を掴むと、船から脱出するべく甲板へと走り出した。



 どうやら船は海賊に襲われていたようで、甲板へと出たベルフラウたちの目に入ったのは既に客船に乗り込んできていた海賊たちだった。
 ベルフラウを後ろに庇いつつ戦い、脱出用のボートを探すアティだったが、海賊たちの中から金色の髪の男が進み出るとその顔を険しくした。

「よぉ、嬢ちゃん。ウチのを可愛がってくれたみたいじゃねぇか」

 その男の筋肉質な太い腕と立ち振る舞いから苦戦が予想される。
 不安げに瞳を揺らすベルフラウを庇いながらなのだから余計にだ。

 ──だがその戦いが行われることはなかった。

「なっ……潮の流れが変わった!?」

 男の上げた声がベルフラウたちの耳に届いたのと時を同じくして、船が突然の嵐に襲われたからだった。
 大きく船が揺れ、甲板が傾く。

「なっ……こんな傾いて……きゃあああ!?」

 雨で濡れた床に足を取られ、傾きにしたがってベルフラウは滑ってしまう。
 そのまま甲板から投げ出されてしまったベルフラウは浮遊感に顔を青くし──海の中へ落ちていった。



 ベルフラウは何度か瞬きをすると、自分が生きていることに気が付いた。
 砂浜から身を起こしたベルフラウは、景色に見覚えが無いことに気づく。
 どうやら見知らぬ島に漂着してしまったベルフラウは茫然としてしまう。

「あの人……あの家庭教師は!?」

 辺りには家庭教師どころか人の姿すらない。

「まったく、こんな時にあの使用人は何をしていますの……」

 つい愚痴を言ってしまうベルフラウだったが、このまま途方に暮れているわけにはいかず、海岸を歩き始めた。

「あら……あれは……!」

 海岸を歩いていたベルフラウの視界に入ったのは複数のゼリー状の召喚獣とそれに囲まれている小さい白い蟲のような召喚獣だった。
 ふよふよと浮遊している白い召喚獣にじりじりとにじり寄っていくゼリーたち。
 その雰囲気は険呑であり、ベルフラウには寄ってたかって白い蟲の召喚獣をいじめようとしているようにしか思えなかった。
 その光景を見たベルフラウは思わず駆け出す。
 その光景の末路を想像して……結果自分に訪れるであろう末路は想像せずに。

「あっちへお行き! 弱い者いじめなんて恥ずかしいとは思いませんの!?」

 ゼリーと白い蟲の召喚獣の間に割って入ったベルフラウは気丈に声を上げると非難するような目でゼリーたちを見据えた。

「ギリギシィ!?」

 ゼリーと白い蟲の召喚獣の間にはいったベルフラウに驚いたのか、白い蟲の召喚獣は鳴き声をあげる。

「大丈夫。私が、あいつらを追い払ってあげます。絶対に……!」

 そうは言ったもののベルフラウはゼリーたちと戦う手段を持っておらず、このままではゼリーたちの獲物が増えただけだ。
 視線をゼリーたちへと向けたままベルフラウはどうするべきか思考を巡らせる。

「プギャア!?」

 すると突然、ゼリーたちの一体が悲鳴を上げる。
 ベルフラウが辺りを見渡すと赤い髪の女性、ベルフラウの家庭教師アティがゼリーに石を投げつけていた。

「あなたたちの相手は私です!」

 自分に注意を引きつけるため、アティは声を上げる。
 しかしアティはベルフラウが船から投げ出されたあと、後を追って自ら海に飛び込み武器を失っていた。
 大人とはいえ丸腰、状況が好転したとは言い難い。
 ベルフラウが素手で立ち向かう覚悟を決めたところで、辺りが碧の光に包まれる。
 光が治まると碧に光る剣を携え、髪を白く染めたアティがそこに立っていた。
 


 そこからは圧倒的な戦いだった。
 碧の剣を使い、ゼリーをいとも簡単に倒したアティが安堵の溜息をつくと碧の剣がその手から消える。
 アティは状況の変化に困惑するベルフラウに駆け寄ると抱きしめた。

「もう……大丈夫ですからね……」

「先生……」

 抱きしめられ、恐怖から解放されたベルフラウの緊張と感情が決壊した。
 胸の中でベルフラウが泣き出すとアティは抱きしめる腕の力を少し強くする。

 その2人の姿を白い蟲の召喚獣は何も言わず、ただ見つめていた。



 繭世界<フィルージャ>。
 四界ともリィンバウムとも違う世界で、全ての世界の存亡を賭けた決戦が行われていた。
 様々な可能性世界から集められた名だたる勇者たち。
 そして勇者たちと対峙しているのは禍々しい黄金の竜。
 その竜こそ、様々な可能性世界を跨ぎ世界を喰らい続けてきた存在。
 世界が崩壊を始めた原因、その張本人──異識体<イリデルシア>。
 異識体と対峙する勇者たちの一人、槍を持った青年が駆ける。

「俺たちには仲間がいる! ひとりぼっちのお前には負けない!」

「愚カッ! 愚カナ贄ガッ! 仲間ナドトイウ不確カナモノデ、圧倒的戦力差ガ覆ルトデモ思ウタカ!」

 黄金の竜の大口に魔力が集まり、青年の存在を消去するべく一撃を放とうとする。
 青年は渾身の力を振り絞り、槍を突出し──。

「お前に世界を好きにはさせるかよぉ!」

 ──黄金の竜の腹部に浮かぶ赤黒い球体を貫いた。

「オ……オオ……オ……! アリ……エヌ……完全……タル……我……ガ……」

 異識体の言うとおり、それはあり得ないはずだった。
 世界を喰らい、千眼の竜をも喰らい、その力を取り込んだ異識体は界の意志<エルゴ>をも超越した存在。
 例え勇者たちを集めようと勝ち目のないはずの戦い。
 覆ることのないはずの戦力差。
 だが……勝ったのは勇者たちだった。

「我ハ……何ヒトツ……存在……証ヲ……残セ……ナカッ……」

 その言葉を残し、爆発とともに光に包まれた異識体は繭世界から消滅した。



 ──敗れた。
『仲間』などという、他者に依存する不完全な者たちに。
『仲間』がいるから負けないなどとのたまった、不快な者たちに。
 何故敗れたのか……理解できなかった。
 自身は完全なる個であったはずだったのに。
 千眼の竜を喰らい、絶対無敵となったはずの体が爆発していく。
 そして体が光に包まれ──何かに、喚ばれた。



 喚ばれた先は、繭世界ではない世界。
 異識体が召喚されたのは砂浜であった。
 そしてその体は『核』にあたる部分──白い蟲の姿となり、あの不快なものたちよりも小さい体へと縮小していた。

「ギィィィ……?」

 辺りにはかつて贄と呼び見下していたものたちと同じ目線となった異識体の困惑した声と、海岸の波打つ音だけがただ響いていた。



 現状を把握すべく、海岸沿いをふよふよと移動していた異識体だったがゼリー状の下等生物に囲まれてしまっていた。
 本来なら気にも留めないような存在。
 だが現在の体は小さく、その魔力も本来のものとは比べるべくもなく小さい。
 異識体が下品な鳴き声を上げて近づく下等生物に対して取れる手立てはなかった。

「贄ニモナラヌ、下等ナゴミガ……」

 しかしそのゴミたちに敵うかわからないのが現在の異識体の身体である。
 ゼリーたちが慎重に距離を詰めてくると異識体が後退するが、背後には岩がありこれ以上後ろへ下がれそうになかった。

「あっちへお行き! 弱いものいじめなんて恥ずかしいとはおもいませんの!?」

 小さな影が走ってきたかと思うと少女が突然、異識体とゼリーの間に割って入って叫ぶ。
 異識体が見たところ少女からは何の力も感じられずゴミたちに敵うとは思えない。

 ──理解できなかった。明らかに無駄、自殺行為。
 他者のために敵うはずもない相手に対峙する。
 ──それはまるで自身に挑んだあの不快な者たちようで。
 異識体は少女の背中を見つめる。
 その背中は小さく、簡単に壊れてしまいそう。
 だが──あの不快な者たちと同じ、『何か』を感じた。



 ゼリーたちは少女を助けに現れた女性によって倒された。
 異識体は少女と少女を抱きしめる女性を見つめる。
 今の体と魔力は矮小なものであるが故、今の異識体には加護者が必要だ。
 そして、確かめる必要がある。
 あの不快な者たちが何故完全な存在である自身を倒せたのか、その理由を。
 あの少女から感じた『何か』。
 その『何か』を知るため、異識体は少女たちについていくことにした。
 自身を打倒したその力を確かめ、理解し、その力を取り込み今度こそ唯一無二、絶対無敵の存在となるために。




 少女は邪神と出会い、その運命は変わり始める。
 ここから始まるのは小さな少女と強大な異識体、不釣り合いな二名の物語。
 本来居ないはずの招かざる来訪者を加えた、名も無き島での物語。



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