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「1話 アムネジアでも軽トラは運転でき、ない」
(第1部)[1/1]

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 昔、何となしにテレビを点けていて、こんなのを見たことがある。

 細長く切ったアルミ箔の中央に爪楊枝をテープで取り付ける。
 この爪楊枝の両端は指で摘まめる程度の余裕があり、それを針金で作った二つの台の間に乗せ、そしてアルミ箔の片方に電灯の光を当てるとクルクルとアルミ箔が回転する……といったモノだ。
 おそらく見ていたのは教育番組で、光にも圧力があるということを実験で示していたのだろう。

 なんでこんな話をするのかというと、光には確かに圧力というモノがあってオレは目覚ましのアラームが鳴るよりも早く日光で起きているからだ。
 おかげで寝坊したことは一度も無いが、夏の季節になると寝不足でも5時頃には自然と目が覚めてしまうので自身の敏感さを恨めしく思うことがある。
 だけど今回に限っては感謝すべきなのだろう。太陽の光を感じて目蓋を開けると、雲一つない青空が広がっていた。そのまま寝ていたら確実に日焼けしていたハズで、もう教育番組を見るほど若くないのだからスキンケアは大切だ。


 ――いや、そうじゃない、なんでオレは天井のないところで寝ているんだ!?


 慌てて身を起こすと、感触から固く凹凸のある鉄板の上に……どうやら軽トラックの荷台で寝ていたことに気付く。

 何で軽トラの荷台で寝てたんだ?
 今オレが着ているのはポケットがやたらと付いているツナギだが……この状況から考えるに、何かの作業中に疲れて寝てしまったのか?
 けど、そこに至る記憶が全くない。
 血圧は低くないから寝ぼけるということはあまりないんだが、今回に限っては頭に霧がかかったような感じですっきりしない。

 仕方がない、少し散歩でもすればボケた頭もスッキリするだろう。
 その前に靴を履かないとな……って、オレは靴を履いたまま寝てたのか? しかも安全靴って、よくこんなモノを履いて眠れたもんだ……日本人としてあり得ないだろ。

 ますますワケの解らないシチュエーションに困惑されつつ、トラックの荷台から降りる。
 土は固く、雑草がまばらに生えていて……ここが都市部じゃない事は確かだ。
 周りを見渡すと、同じように固そうな土と雑草、少し離れたところには澄んだ池がある。特に道はなく、近くに田んぼや畑はない。
 もう少し先に視線をやると100mほど先に結構な高さの岩場があり、オレが立つ場所を中心に円形に広がって視界を遮っている。

 うーむ、あそこへ登って先に何があるかを調べるのは後にしよう。反対側には何かないか――っと、これは……鳥居だよな?
 なぜ今まで気付かなかったのか、寝台にしていた軽トラの隣にはオレの身長ほどしかない、小さな鳥居と社があった。

 この地形で神様を祀る社があるのなら、もしかしてこの場所は……。

 オレは周りを囲む岩場で、唯一視界が開けている場所に向かって歩く。
 雲が全く無くて空が近い。
 痩せて植物があまり育っていない地面。
 周囲にはせり出した岩とくれば――
 そこへ近付くにつれてオレの推測は確信へと変わっていく。


「山頂か、それも随分と標高が高い。なんでオレはこんな処で寝てたんだ……」


 眼下に広がる雲海を目にしても全く記憶が蘇らず、オレは頭を抱えるしかなかった。



---



 なにはともあれ現状確認だ。

 頭を抱えていても何も解決はしない。何処かに行くにしても、助けを求めるにしても行動を起こさないと。
 そして行動を起こすには指針が必要で、指針を定めるには自身の事を含めて状況を正しく把握しないと始まらない。
 しかし困った。
 おかしな事に、起きてからそれなりの時間が経っているのに記憶が蘇らない。
 寝ぼけているのでなければ……記憶喪失か? そんなマンガみたいな事が起きるなんて信じられないが――現に今のオレにはこの状況に至った記憶がない。
 更には何処に住んでいたのか、何歳なのか、名前さえも、いるはずの親族に友人知人……全くもって頭の中に浮かんでこない。


「なんなんだこれは、何なんだこの状況……」


 まるで見知らぬ世界にたった一人放り込まれたような孤独感にオレは震えた。
 だ、大丈夫だ、ここには鳥居も社もある。誰かが作った軽トラもある……オレ以外にもヒトは存在している!

 ……どうやら記憶がないという事と、近くに誰も居ないという状況は精神的によろしくないようだ。いつもであれば妄想で済むような笑い事が、変な真実味を帯びて襲ってくる。
 こういうときはそう、いつもと変わらない青空を見れば少しは気が晴れるかも知れない。
 オレはトラックの荷台に尻を乗せると、背を反らして空を見上げた。

 やはり青空はいい、オレの馬鹿みたいな思い込みを吹っ飛ばしてくれる。大きく白い月が浮かんでいるのもグッドだ!
 ……あれ、月って4つもあったけか? まあいい、少し落ち着いたから現状確認を進めよう。

 着ているツナギのタグを見ると「Maid in Japan」とある。見慣れた漢字とひらがなによる洗濯に関する表示があって、こんなのを着ているのだからオレは日本人なのだろう。
 尻を乗せている軽トラックも日本の自動車メーカーのロゴがあるし……そう言えば、さっき寝るのに靴を履いてるのは日本人じゃないとか自分でも呟いていた。
 それに今までの思考は全て日本語だから、これは確定だな。

 次は所持品を確認しよう。
 着ているツナギには40箇所くらいポケットがあって、そのいくつかには何かが入っているようだった。
 試しにポケットの一つを開けてみるとやたら大きな多機能ナイフが入っていて、展開するとナイフ以外に20個くらいツールが出てきた。
 使い方が解れば便利なんだろうが、知識の無い自分には豚に真珠というヤツだ。
 もしかして他のポケットにもこんなのが入っているのだろうか? PHSかスマホが入っていたら連絡を取れて助けを呼べるんだろうけど……。

 しかし、残念ながら全てのポケットを探してみても通信機能を持つモノは出てこなかった。代わりに出てきたのはターボライターに、LEDライトや警笛、虫除けスプレーに携帯食など、野外キャンプに必要なサバイバルグッズだった。

 はて、作業用のツナギを着ているもんだから、てっきり何処かの作業員だと思っていたけど、実は山頂キャンプに来ていた登山者というオチなのだろうか? しかしそうなると……オレは山頂に軽トラックで乗り上げた非常識でバカな登山者になってしまうぞ?

 襲ってくる脱力とそれ以上の焦りに突き動かされて、オレは軽トラックの運転席を探ってみることにした。
 ドアはロックされていたが、ドアノブに手を掛けると自動でロックが解除されて同時に畳まれていたドアミラーが開く。
 軽トラックにこんなオプションを付けられたかな、と訝しみながらも運転席に乗り込み、助手席側のグローブボックスを開いた。
 普通はここに車検証や保険証を入れていて、そこには車の所有者の、おそらくはオレの名前が記載されているハズだ。

 しかしながらグローブボックスの中には車検証は入っておらず、代わりに……何か変な機械? が入っていた。

 グローブボックスにぴったり入るその機械は、のっぺりした表面にカードを差し込むような口が開いており、そこには既にカードが深く入っていた。
 大抵のカードには何らかの情報が書かれているはずだが……しかし、手では引っ張り出せず、取り出す為のスイッチらしきものもない。
 下手に分解して戻せなくなったら困るし、それは最終手段にしておこう。

 他にも収納できる箇所を探してみたけれど、なにせ軽トラックだから収納スペースは少ない。あってもそこにはグローブボックスに入っているモノと同じような機械が入っていて、車検証も携帯電話のような通信機器は入っていないようだった。

 ……仕方ないか。
 山を下りる道すがら、誰かに会ったら素直に記憶喪失であることを伝えて助けを呼んで貰おう。
 軽トラックで山頂まで来たことについては大目玉を食らうだろうし、せめて自分の名前だけは分ればと思っていたけど、いつまでもこうしてはいられない。
 何もない山頂で夜を越すなんてやりたくないからなぁ……そう言えば腹も空いてきた。今は何時頃なんだ?

 自分の左手首に視線を向けると、そこには黒色の腕時計が巻かれていた。
 少し大きめで、時刻を示す箇所とベゼルが深い青色の金属で彩られている。いかにも高級そうな時計で存在感もあるのだが、あまりにも軽く、着けている感覚が薄いので気にしていなかった。
 その腕時計が示す時刻は午後の3時。冬の季節であればそろそろ陽が赤くなってくる時間だった。

 これはマズイ。早く下山しないと降りている途中で暗くなってしまう。
 山を車で下りるなんてやったことはないが、いくら4WDの軽トラックだとしても運転を誤れば横転してしまう未来が目に見えている。
 オレは急いで軽トラックのエンジンを掛けようとして……車の鍵がないことに気付いた。というかこの軽トラック、鍵を刺す鍵穴がない。

 えぇぇ、なんだこの軽トラック!? もしかして今流行のスイッチ式だろうか?

 そう思って探すと、ハンドルの左側にエンジンスタートスイッチがあって安堵する。あとは鍵だけど……うん? よく見ると左手に巻いた腕時計の文字盤が光っていた。どうやらこの腕時計が車のキーになっているようだ。
 何だが無駄にハイテクだなと思いつつもエンジンスタートスイッチを押すと、目の前のパネルに電気が灯り、各メーターが車の状態を教えてくれる。

 よし、何はともあれ発進だ。
 サイドブレーキを解除し、アクセルペダルを踏んだのだが……全くもって前に進む気配がない。訝しんでアクセルペダルをベタ踏みしても全く手応えがない。
 これはもしかして……

 車の各メーターが示されている箇所、その燃料タンクのメーターに注目すると、エンプティを示す箇所にメーターの針が来ており、オレは全力で脱力するしかなかった。


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