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「その血は蒼く、愛に染まりて【サガフロ・アセルス編】15禁」
(第0部)[1/1]

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 深い闇がある。

 蝋燭のシャンデリアで僅かに照らされた闇の中に浮かび上がる、更に深い闇がある。

 人とは違うもの、それを妖魔と呼ぶ。

 彼らは人とは違う青い血を流し、永遠の命を生きる。

 老いる事を知らず、それ故に享楽を求め、そして転生を許されない故に、死を恐れる。

 根の国の君、針の城の君、魅惑の君オルロワージュを淘汰したファシナトゥールの新たなる主。

 妖魔の頂点に立とうとするアセルスは、妖魔としての魅力を極めた故に持つ、凄絶な美貌と狂気を孕んだ妖魔だ。

 ありとあらゆる妖魔を滅する力を持ち、人と機械とモンスターに対して絶大な影響力を持つ。



 アセルスは大広間を見下ろすテラスに立っていた。

 緑の髪、緋色のドレス。かつて勝気な意志に湛えられた瞳は、狂気の彩りを帯びている。


 だが――美しい。


 魅惑の君の力を授けられ、ついにはそれを上回る力を身につけたアセルスは、あらゆる外見的特徴や、

“美しいと感じる理由”を超越した魅力を持っている。

 それは魅了の強制であり、故にそこには意思が介在しない。

 アセルスは目を細めた。

 視線の先には上級妖魔たるゾズマが捉えられていた。

 ゾズマは妖魔として非常に高い実力者だ。

 いかにアセルスの従者であるラスタバンが力ある存在だとしても、逃げ回る事に専念したゾズマを捕らえる事は出来ないだろう。

 彼は連行されてここに来たわけではなく、アセルスの名により、逃れ続ける事が出来ないと悟り、自らこの場に来た。

 あらゆるリージョンも、あらゆる時空世界も彼女から逃れる事は出来ない。

 ゾズマは自分の運命を悟ったのだ。

 死か、アセルスを乗り越えるか、許しを請うか。

 しかしゾズマ一人では、妖魔の君となったアセルスは倒せない。

 アセルスがまた、一人ではオルロワージュを倒せなかった様に。

 オルロワージュの力すら吸収したアセルスと対等な闘いが出来るのは、ムスペルニブルの指輪の君、ヴァジュイールくらいのものだろう。

 忠実なる部下、上級妖魔のラスタバンが頭を垂れた。

「アセルス様、ゾズマを連れて参りました」

「うん、ご苦労様」

「…………アセルス様、僕をどうしようってつもりだい?」

 ゾズマが下を向いて首を振った。

 様々な性質を持つ妖魔の中でも変わり者といわれるゾズマの髪は、彼の意思を示すように尖り立っている。

 テラスからはその髪が良く見えた。

「さてね、私はお前を殺すつもりだった……」

 ビクリ、とゾズマの体が震えた。

 例え死を覚悟していても、宣告は身に堪える。

 唱えるアセルスの声は浪々と響き、甘美に耳朶を震わせる。

 妖魔の君が持つ悦楽の響きがある。

「だけど、お前の顔を見ていたら、少し気が変わった」

「そうか。それは良かった……」

「迷宮へと赴き、白薔薇を救いだせ。出来なければお前を殺す」

「……だけどあそこにはどうやって行けば良いんだい?」

「私が送る。自分も助かりたければ誰か道連れを選ぶんだな」

「わかった」

「早く行け。準備が出来れば直ぐに戻って来い」

 ふぅ、と諦観の溜息を吐くと、ゾズマの姿が掻き消えた。

 上級妖魔は基本的に開放されている全てのリージョンを行き来する事が出来る。

 そして入り口さえわかれば、如何なるリージョンに移動が可能だ。

 ヴァジュイールが時空の君へと送り出す事が出来たのは、その為だ。

 アセルスとラスタバンだけとなった広間、ラスタバンはアセルスに疑惑を感じていた。

「全ての棺は閉じておけ、とのことでしたが」

「彼女は特別だ……。零姫も、もし生きていたのなら金獅子姫も」

「つまり、新たに目覚めさせる必要は無い、ということですね」

「そうだ。私にはジーナがいる。そしてこれから寵姫の数は増えていくだろう」

 彼女は広間の奥へと一度身を移した。そして豪奢なドレスに覆われたジーナを連れてくる。

「アセルス様」

「ジーナ、私の隣に来なさい」

「はい」

 ジーナの顔には喜びが見て取れる。

 物陰から白薔薇の話を聞いたからかもしれない、とアセルスは思った。

 白薔薇の生還を命じたのは、ジーナの懇願が理由だった。

 彼女の願いを叶えて良かった、とアセルスは思った。

 アセルスもまた、白薔薇には多くの恩がある。

 だが、ベッドの上で彼女が乞わなければ、果たして自分は白薔薇を助けようとしただろうか、とアセルスは自問した。

 まだ闇の迷宮に二人が閉じ込められてから時の浅い話だ。

 だというのにその存在は余りにも遠く感じられる。

 これが妖魔になるという事なのか。

 それともファシナトゥールという場所が、時に隔離された場所だからか。

 かつてラスタバンは言った。

『このファシナトゥールは時の止まった、よどんだ世界だ。誰かが、その時を刻まねばならん。私は貴方に期待しているのです、アセルス様』

 そして白薔薇も言った。

『ファシナトゥールにいる限り、時の流れは意味を持ちません。それに、アセルス様にショックを与えたくなかったのです』

 はたして今もそれは変わりがない。

 ファシナトゥールは時が止まり、空気は澱んでいる。

 下級妖魔の全ては妖魔の君アセルスに魅惑され、同時に恐怖を覚えているだろう。

 最初、アセルスに妖魔としての生きる術を教えたイルドゥンはもう、この世界にはいない。

 彼は自らの意思でこの場所を去った。

 その事にほんの少し、残念に思っている自分がいることを、アセルスは気付いた。

 この国には多くのモンスターと下級妖魔がいる。

 彼らは等しく魅了され、恐怖に縛られながらアセルスの為に働いている。

 上級妖魔であり宵闇の覇者と呼ばれたイルドゥンは、アセルスの魅了が効いていない。

 だからこそ彼は自分の思うがままに行動している。

 何時かあいつとも話をせねばならないな、とアセルスは思った。

「ラスタバン、下がれ」

「はっ」

 ラスタバンが自室へと下がった事で、広間にはアセルスとジーナ以外の気配が消えた事になる。

 いかにゾズマでも、その日のうちに準備を整える事は難しいだろう。

 アセルスはジーナの腰を抱きとめた。

 華奢な腰は折れそうなほどに細い。

 だが、ドレスの下には豊満な肉体があることをアセルスは知っている。

 何度も貪り喰らった肢体だった。

「あっ、アセルス様?」

「ジーナ、しよう」

「このような場所でいけません」

「人払いは済ませた。誰にも見られないよ。いいじゃないか」

 幾度こうして迫った事だろうか。

 恥じらいを忘れないことがアセルスには嬉しい。

 そして、最後には決して拒絶せず自ら求めてくる事も。

 永遠の闇の世界、二人だけの閉じられた愛。

 妖魔の君と、寵姫の宴は、長らく続くことになった。



To Be Continued

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